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2話

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 今日も自分の部屋からベランダへ出ると、真尋は隣のベランダへ向かう。隣、といっても別にベランダの柵を乗り越える訳ではない。そんなやり方をしていたら絶対に佐紅が許してくれないだろう。
 二人が小さかった頃に、誤って隔て板の下を破ってしまったのだ。隣同士を隔てる仕切りになっているもので、ベランダは本来マンションの共有部分なので報告して弁償になるのだが、今もそのままになっている。普段はそこから隣へ移動している。別に玄関から出て隣の家の玄関から入れてもらえば済む話なのだが、いつだって真尋はすぐに佐紅の部屋へ向かいたかった。
 真尋から見た佐紅は昔から面倒見がよく、なんでもそつなくこなす姿はまるでヒーローのような存在だった。社交的で友だちも多い佐紅は、いつも友だちに囲まれていた。
 それに比べて真尋は内気で、人と話すのが苦手だった。そのため友だちという存在も少ない。ただ、佐紅はいつも真尋のそばに居てくれた。それがどれほど嬉しいことなのかは、当然というか未だに口下手な真尋には伝える力はない。

 ……でも、さくは俺の表情を見て気持ちをなんとなくわかってくれる……。

 いつも無表情だと真尋は周りに言われる。怒っているのか、とも言われたことがあるが、意味もなく怒るはずがないし、そもそも真尋の沸点は高い。ぼんやりしているからだとは親だけでなく佐紅にも言われる。

「生意気だとか怒ってるように見えるのはお前が大抵ぼんやりと白けたような目をして、口を堅く閉じてるからだ。せめてもっと口元を上げてみろ」

 中学生の頃、佐紅に一度言われたことがある。その時もいつものように真尋を助けてくれていた。上級生から「生意気だ」といきなり言われて戸惑っているところを間に入って助けてくれたのだが、ため息を吐いた後にそう言われたのだ。よくわからないが言われた通りにしようと、人差し指で口角をくい、とあげると「そうじゃねーよ」と微妙な顔をされた。
 佐紅は社交的なだけあって表情も豊かだ。親からは「小さい頃からずっと佐紅ちゃんと一緒なんだから、表情も擦りこまれてもよさそうなものなのにねえ」と顔をもみくちゃにされたことがある。それを佐紅に伝えると「おばさんってば自分の息子で遊びすぎ」とその時も微妙な顔をしていた。

「口んとこにも筋肉あんだろ。それ使って口元を上げんだよ」

 もちろん佐紅の言葉だから言われた通りにしたかったのだが、必死になって口を動かそうとした挙句、何故かなんとも言えないような顔をしながら「俺が悪かった」と佐紅に謝られてしまった。それ以来、佐紅は真尋に表情をどうこうしろ、とは言わない。ただ、読み取ってくれる。
 真尋もこれでは駄目だなと思うこともあるのだが、とりあえず佐紅にさえ伝わればそれで十分な気もしてしまう。社会へ出た時は出た時だ。
 佐紅には「まひろは内気なんじゃなくて内向的なだけだと思う。合う場所や合うことをすれば絶対いいとこ発揮するやつ」と言われたことがあるが、真尋にはそれらの違いがよくわからなかった。
 中学の頃、といえば佐紅との関係に少し変化があったのも中学生の時だった。
 ある日、友人の誰かが押し付けてきたのか、今までそういったものは全然なかった佐紅の部屋に、それ系の雑誌が置いてあった。真尋も一応多少の知識はあったが実際に目の当たりにしたことはなく、好奇心に負けて佐紅と一緒にそれを読んだ。そして流れで雑誌の真似事のようなことをした。
 もちろん雑誌は男同士でどうこうするような内容ではなかった。ただ、プレイの一環か、男女二人でする自慰行為についてたまたま載っていて、それを見様見真似でやってみたのだ。
 その行為がとても気持ちのいいことだと知ってから、今のような関係が続いている。とはいえ本当は佐紅が止めたがっていることに、真尋は気づいている。
 でも真尋はこの関係を止めたくなかった。終わらせたくなかった。恐れているといっても過言ではない。あの行為をすると、佐紅がとても近く感じるのだ。そしてとても暖かい気持ちになる。大切な存在という感じを味わえる。終わってしまったら、繋がりがなくなってしまうような気、さえした。自分と佐紅はどうなってしまうのだろうと不安が過る。
 もちろん、ただの幼馴染になるだけだろう。幼馴染という関係は消えない。恐らく。
 だが今の関係で感じる近しさがなくなってしまいそうで怖いのだと真尋は思っていた。だから、止めたくない。
 ベランダから部屋への窓はいつも鍵がかかっていなかった。真尋が中へ入ると佐紅は「また来たのか」と少し呆れたように言う。とはいえ真尋を突き放すようなことを言ったりしない。

「ああ、来た」
「そういえばお前、テスト勉強は大丈夫なのか」
「……多分?」

 ベッドにもたれて真尋を見上げていた佐紅がますます呆れた顔をしてきた。

「多分ってお前、今、顔逸らしただろ……!」
「そ、らしてない」
「嘘吐くな」
「……逸らした」
「……ったく。見てやるから勉強道具持ってこい」
「っわかった」

 真尋はコクリと勢いよく頷いて、ノートなどと取りに戻るためすぐに踵を返す。
 もちろん、あの行為だけが目的なわけではない。繋がりを感じられるのなら、テスト勉強を一緒にすることですら、真尋は嬉しかった。
 翌日、教室で真尋はぼんやりと佐紅を見る。今日も佐紅は沢山の友だちに囲まれて談笑している。佐紅も友だちも楽しそうだ。真尋はそんな佐紅を遠目で見ていた。

「つーきしまっ」

 佐紅の友人であり、数少ない真尋の友人でもある相良 雄大(さがら ゆうだい)が佐紅に近づいていくと佐紅の肩を抱いた。

「明日のテスト範囲教えてくんね?」

 すると周りにいた生徒も「あ! 私も!」「俺も」と佐紅に手を合わせてきた。

「ってお前ら俺に対して一斉に拝みだすの止めろよ」
「なんで。いーだろ、神様みてーだろ」

 テストが近くなると皆が佐紅を頼る。真尋はぼんやりとその光景を見ていると何故か胸がモヤモヤとするのに気づいた。痛いというのではない。なんだろうと考えてみるが上手く言い表せる表現が思いつかない。なんだか妙に不安になる感じというのだろうか。
 だが不安になるというのも妙な話だ。テストのことで佐紅が頼られても別に佐紅が真尋を嫌いになるわけではない。
 この気持ちがなんなのか、真尋にはわからなかった。
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