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9話
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ある日突然迷い込み魔物に襲われるという、カジャックとしては非日常的な状況で突然現れたサファルは、また来ていいかと笑いかけてきた。
カジャックは思っていた以上にそれが嬉しかったみたいだ。翌日、もしかしたらサファルは来るだろうかとそわそわした。帰ってすぐに来る訳がないだろう、とその日やって来なかったサファルを思い、自分に苦笑した。
またその翌日、今日は来るかもしれないとカジャックは家の中で出来る作業をした。その更に翌日は、風で揺れた出入口の布をじっと見ていた。
人間が苦手だった筈だ。一人を除いて誰とも会いたくなかった筈だ。
肉親からも恐れられたのか、生まれてわずか数年でカジャックは森の中を一人あてもなくさ迷うことになっていた。自分がどこで生まれたのか知らないし、何歳だったかさえ覚えていない。ただ、その後何となく逆算してみたりして恐らく五歳前後くらいだったのではないかとカジャックは思っている。その前の記憶はひたすら大人からも子どもからも恐れられたものしかない。
森の中でこのまま自分は死ぬのだろうと、死という概念をあまり把握していないまま思っていた。ジンに拾われなかったらきっと予想通りの結果になっていたのではないだろうか。
ぼんやりと過去のことを思い出し、カジャックは呟いた。
「人間は……苦手だ」
サファルの笑顔が浮かぶ。
「友だちになろうって言ってるんですが……」
「あは、確かにちょっと目付き、一瞬怖かったけどあんたがいい人なんで、もう怖くないです」
「……あの、俺はまた遊びに行ってもいいんですよね……?」
そう言っていたが、サファルは来ない。でも、別にいい。人間は苦手なのだから。
次の日にはいつもと変わらない一日を過ごした。森で必要最低限のものを得て、生活に必要なものを作り、そして眠る。それでも余りそうな食料に関しては加工をせずにいつもの場所へ置いておく。翌日、それらが綺麗になくなっていることを確認し、満足する。
そうして少し経ったある日、今日は魚があまり捕れなかったと思いながら戻ってくるとサファルがいた。一旦スッと隠れ、様子を窺うもサファル一人で間違いないようだった。
……来た。
もう来ないと思っていた。
どこかホッとしている自分がいる。カジャックは密かに驚いた。
「いきなり来てすみません。って言ってもいきなりしか来ようがないですけど。俺、カジャックに会いに来ました」
この間のようにサファルがニコニコとしながらカジャックを見てくる。
本当に、来た。
日が空くと、あの日サファルが言っていたことが何もかも現実めいてなく感じられ、カジャックは少し警戒するようにサファルを見る。
「あの、俺、本当にまたあんたに会いたくて……助けてくれたのめちゃくちゃ嬉しかっただけじゃなくて、何かその、そう、嬉しくて」
口にした後にサファルは「……何言ってんだ……」と小さく呟いて顔を手で覆った。
カジャックからしてみれば、巧みでない言葉はむしろ真実味があった。サファルを驚かせないよう、怖がらせないようゆっくりと近づいていく。
「……お前はもう来ないかと思った……」
「えっ?」
だが軽く驚かせてしまったようだ。気配に敏くないのか、顔を覆っている間にカジャックが近くに来ていたことに戸惑っているようで複雑そうな顔をしている。何か言ったほうがいいのだろうかとカジャックが思っていると「好きです」と言われる。
「……またか」
この間もそんなことを言われた。友だちだと言われたことは嬉しいが、その言葉には慣れない。人と人とのコミュニケーションでは今そう口にするのが流行っているのだろうか。それともこれが普通なのだろうか。だとしても人間が苦手なカジャックにはどのみち難しい。サファルは苦手ではないが、それでもそういった挨拶は出来れば避けたい。
淡々とため息を吐きながら思っていると「困りますか?」とサファルに聞かれた。
「……困るというか……俺の認識では挨拶と言えばおはようとかおやすみだ」
「その認識は間違ってませんよ?」
何を言っているんだという風にサファルが首を傾げてくる。
「そう、なのか? だったらお前もいちいちその……ト、モダチ、に対して好きとか言わなくとも……」
言い慣れなさすぎて少し片言になった。
友だち。
友だち。
カジャックは心の中でその言葉を繰り返した。
「あー……そう、ですね。この間はそう言いましたね」
「好きだと言うのは子孫を残す相手に言ってやれ」
今時の感覚は分からない。カジャックに分かるのは、そういった言葉は気軽に口にするものではないし家庭とやらを築く相手に言うものだ。
するとサファルが怪訝な顔をしてきた。
「子孫って……あー、うん、まぁそうですね。でも恋愛は子ども目的じゃないし、そもそも俺は今回ちゃんとそのつもりで言いましたよ?」
「?」
サファルが今、言ったことがよくわからなくてカジャックも怪訝な顔をする。
「好きです、カジャック」
サファルがカジャックの手をとり、ぎゅっと握りながらニコニコと見つめてきた。
「……は?」
「わぁ。だいぶ慣れたけど今の顔はさすがにちょっと怖かったです。……カジャックは俺のこと、嫌いですか?」
どうしたらいいのだろう。サファルが言っている言葉がわからない。
いや、言葉は認識している。意味が、わからなかった。
「……嫌いではない」
「ほんとに?」
「ト、トモダチ、なの、だろう?」
また少し片言になった。
「そう、ですがそうじゃないです」
「え?」
友だちでは……ないのか……。
「もちろん友だちです。俺、カジャックのこと、人としても大好きです」
どうやら「好き」は今、日常的に使うものらしい。
というか「人として」とは何だ。
俺は人以外になったことはないが……。
「でも性て……恋愛対象としても大好きなんです」
「……は?」
カジャックはますますポカンとしてサファルを見た。
カジャックは思っていた以上にそれが嬉しかったみたいだ。翌日、もしかしたらサファルは来るだろうかとそわそわした。帰ってすぐに来る訳がないだろう、とその日やって来なかったサファルを思い、自分に苦笑した。
またその翌日、今日は来るかもしれないとカジャックは家の中で出来る作業をした。その更に翌日は、風で揺れた出入口の布をじっと見ていた。
人間が苦手だった筈だ。一人を除いて誰とも会いたくなかった筈だ。
肉親からも恐れられたのか、生まれてわずか数年でカジャックは森の中を一人あてもなくさ迷うことになっていた。自分がどこで生まれたのか知らないし、何歳だったかさえ覚えていない。ただ、その後何となく逆算してみたりして恐らく五歳前後くらいだったのではないかとカジャックは思っている。その前の記憶はひたすら大人からも子どもからも恐れられたものしかない。
森の中でこのまま自分は死ぬのだろうと、死という概念をあまり把握していないまま思っていた。ジンに拾われなかったらきっと予想通りの結果になっていたのではないだろうか。
ぼんやりと過去のことを思い出し、カジャックは呟いた。
「人間は……苦手だ」
サファルの笑顔が浮かぶ。
「友だちになろうって言ってるんですが……」
「あは、確かにちょっと目付き、一瞬怖かったけどあんたがいい人なんで、もう怖くないです」
「……あの、俺はまた遊びに行ってもいいんですよね……?」
そう言っていたが、サファルは来ない。でも、別にいい。人間は苦手なのだから。
次の日にはいつもと変わらない一日を過ごした。森で必要最低限のものを得て、生活に必要なものを作り、そして眠る。それでも余りそうな食料に関しては加工をせずにいつもの場所へ置いておく。翌日、それらが綺麗になくなっていることを確認し、満足する。
そうして少し経ったある日、今日は魚があまり捕れなかったと思いながら戻ってくるとサファルがいた。一旦スッと隠れ、様子を窺うもサファル一人で間違いないようだった。
……来た。
もう来ないと思っていた。
どこかホッとしている自分がいる。カジャックは密かに驚いた。
「いきなり来てすみません。って言ってもいきなりしか来ようがないですけど。俺、カジャックに会いに来ました」
この間のようにサファルがニコニコとしながらカジャックを見てくる。
本当に、来た。
日が空くと、あの日サファルが言っていたことが何もかも現実めいてなく感じられ、カジャックは少し警戒するようにサファルを見る。
「あの、俺、本当にまたあんたに会いたくて……助けてくれたのめちゃくちゃ嬉しかっただけじゃなくて、何かその、そう、嬉しくて」
口にした後にサファルは「……何言ってんだ……」と小さく呟いて顔を手で覆った。
カジャックからしてみれば、巧みでない言葉はむしろ真実味があった。サファルを驚かせないよう、怖がらせないようゆっくりと近づいていく。
「……お前はもう来ないかと思った……」
「えっ?」
だが軽く驚かせてしまったようだ。気配に敏くないのか、顔を覆っている間にカジャックが近くに来ていたことに戸惑っているようで複雑そうな顔をしている。何か言ったほうがいいのだろうかとカジャックが思っていると「好きです」と言われる。
「……またか」
この間もそんなことを言われた。友だちだと言われたことは嬉しいが、その言葉には慣れない。人と人とのコミュニケーションでは今そう口にするのが流行っているのだろうか。それともこれが普通なのだろうか。だとしても人間が苦手なカジャックにはどのみち難しい。サファルは苦手ではないが、それでもそういった挨拶は出来れば避けたい。
淡々とため息を吐きながら思っていると「困りますか?」とサファルに聞かれた。
「……困るというか……俺の認識では挨拶と言えばおはようとかおやすみだ」
「その認識は間違ってませんよ?」
何を言っているんだという風にサファルが首を傾げてくる。
「そう、なのか? だったらお前もいちいちその……ト、モダチ、に対して好きとか言わなくとも……」
言い慣れなさすぎて少し片言になった。
友だち。
友だち。
カジャックは心の中でその言葉を繰り返した。
「あー……そう、ですね。この間はそう言いましたね」
「好きだと言うのは子孫を残す相手に言ってやれ」
今時の感覚は分からない。カジャックに分かるのは、そういった言葉は気軽に口にするものではないし家庭とやらを築く相手に言うものだ。
するとサファルが怪訝な顔をしてきた。
「子孫って……あー、うん、まぁそうですね。でも恋愛は子ども目的じゃないし、そもそも俺は今回ちゃんとそのつもりで言いましたよ?」
「?」
サファルが今、言ったことがよくわからなくてカジャックも怪訝な顔をする。
「好きです、カジャック」
サファルがカジャックの手をとり、ぎゅっと握りながらニコニコと見つめてきた。
「……は?」
「わぁ。だいぶ慣れたけど今の顔はさすがにちょっと怖かったです。……カジャックは俺のこと、嫌いですか?」
どうしたらいいのだろう。サファルが言っている言葉がわからない。
いや、言葉は認識している。意味が、わからなかった。
「……嫌いではない」
「ほんとに?」
「ト、トモダチ、なの、だろう?」
また少し片言になった。
「そう、ですがそうじゃないです」
「え?」
友だちでは……ないのか……。
「もちろん友だちです。俺、カジャックのこと、人としても大好きです」
どうやら「好き」は今、日常的に使うものらしい。
というか「人として」とは何だ。
俺は人以外になったことはないが……。
「でも性て……恋愛対象としても大好きなんです」
「……は?」
カジャックはますますポカンとしてサファルを見た。
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