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58話
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宴もたけなわといった様子の大広間を後にして、リックはバルコニーへ出た。あまりの熱気に涼みたくなったのと、何人もの令嬢と踊りすぎて疲れたのもある。ダンスは別に嫌いではないが、さすがに辟易する。
とはいえ、俺は結婚相手候補としてかなり上位に上げられちゃってるんだろうね。
第一王子ではないので将来の王妃にはなれないものの、身分としてはかなり悪くない。現に十八歳という結婚適齢期すぎる歳になったリックめがけ、令嬢とその親が今日はいつも以上に殺到してきた気がする。
女の子たちはかわいいけど……十六歳くらいでも結構下に感じるのに十五、十四歳の女の子はなぁ……はは、無理かなぁ。
バルコニーへ出ると冷たい風を心地よく思いつつ、凝ったバラスターデザインである欄干まで来る。そしてそばにある椅子に腰かけた。足を組んで欄干に肘をつき、庭園をぼんやり眺めているとエルヴィンが一人で歩いてくるのが見える。
エルヴィンは何やら考えごとをしている様子でベンチを見つめている。
エルヴィン……。
そしてそのベンチに腰掛けるところをリックは物憂げに眺めた。
「君は……幸せになるべきだ」
頬杖をつきながら小さく呟いていると、もう一人の影がエルヴィンの元へ歩いていくのが見えた。それが誰なのか確認すると、リックは小さく微笑んだ。
「邪魔しちゃ悪いよね」
誰とはなしに言うとリックは立ち上がった。煌々と光の灯る賑やかな大広間を見てため息をついた。
「獲物はそろそろ戻りますか」
そして大広間へ戻っていく。
リックにはすべての記憶があった。
デニスがラヴィニアに狂い、そして父親亡き後暴君と化し、このマヴァリージ王国が傾いていったこと。そしてエルヴィンたちアルスラン家の者がことごとく殺されていったこと。
すべて、記憶している。
それはエルヴィンと同じく時間を遡ってきたからだが、大きな違いはある。
エルヴィンの時間を戻した張本人はリックだからだ。
時の魔術は遡る前の留学先で師となった古き魔女から教えてもらった。とはいえ元々教えられていたのではない。かなりの魔力が必要となるこの魔法は魔女が持っていた禁書に載っており、留学中にリックがこっそりその禁書を読んでいて存在を知った程度だった。
もちろん禁書を読んだことはすぐに魔女にばれて、大目玉を食った上に罰として書庫と倉庫の掃除をさせられた。かなり色々置いてある古びた場所の上、魔法を使うことも禁じられた。様々な魔術具などが置いているため、変な作用を起こさないようにということだった。おかげでかなり大変だった。
そんな罰を受けても、目にした時の魔術はかなり印象的で記憶に残っていた。
その後留学を終えたリックが自国で目の当たりにした様々な惨事とともにアルスラン家のことを知り、リックは改めて魔女の元を訪れていた。
「お久しぶりです、アメーリア」
「来ると思っていたよ、リック」
どうやら予想していたらしい古き魔女、アメーリアは表情の読めない顔で迎え入れてくれた。
「では俺の目的もわかりますよね」
「やめときな。時の魔術だろう? あれは危険だ。何故禁書に載っていると思う?」
「それでも! ……それでも……お願いです……どうか、お願いだ……頼むから……」
元々少し偉そうで流されやすいところがあったものの、兄であるデニスはもっと単純で人がよかったはずだ。姉であるアリアネのわがままには昔から困らされてきたが、それでももっと明るいあっけらかんとしたところがあったはずだ。
昔からあまり政治に興味がなかった母ラモーナも、それでも関わるのすら嫌だと離宮に引きこもるほどではなかったはずだ。
何より、父ラフェドはもっとはつらつとして健康な人だったはずだ。
その上、騎士団総長であるウーヴェから聞かされた出来事はあまりにひどいものだった。
あんなにノルデルハウゼン侯爵は強く、真っすぐでいい人だったのに。
ウーヴェと話し、どうにかして彼の息子たちだけでも助けるつもりが、弟のヴィリーはとうとうデニスに歯向かってしまい処刑され、せめて兄のエルヴィンだけでもどうにか助けたい一心だったウーヴェは騙され、自害させられた。そのエルヴィンはしかも投獄された。
何とか様子を見に行くと、エルヴィンは相当疲弊しているようだった。今度こそどうにかエルヴィンだけでも助けたいと思っていたら、当の本人からは「甥のシュテファンだけでもどうか」と懇願された。
ヴィリーに刺されたことでアルスラン家を根絶やしにすると決めたデニスはしかし、我が子でもあるシュテファンにも容赦なかった。
何もかも後手後手に回り、シュテファンが殺された頃にはエルヴィンも毒を飲まされ、数日間苦しみぬいた挙句、シュテファンが殺されたことを大いに嘆きながら死んでいった。
あまりにひどすぎた。
国の現状に関してもひどかったが、しかしこれはまだ立て直せる。王権は奪ったことだし、国を立て直すのは正直無理なことではない。そのために水面下で準備してきていた。
だがアルスラン家については何もかも間に合わなかった。
自分の身内がしでかしたことだけに耐え難いほどの悲しみと苦しみと申し訳なさでどうにかなってしまいそうだった。
「どうか……お願いです、お願いしますアメーリア……」
「……わかったよ。かわいい弟子だけに仕方ない。だが本当にあれは危険な魔術なんだ。失敗すればリック、お前は時のひずみに飲み込まれ、永遠に時をさまよい続けることになるんだよ」
「それでも……それでも俺はやります!」
とはいえ、俺は結婚相手候補としてかなり上位に上げられちゃってるんだろうね。
第一王子ではないので将来の王妃にはなれないものの、身分としてはかなり悪くない。現に十八歳という結婚適齢期すぎる歳になったリックめがけ、令嬢とその親が今日はいつも以上に殺到してきた気がする。
女の子たちはかわいいけど……十六歳くらいでも結構下に感じるのに十五、十四歳の女の子はなぁ……はは、無理かなぁ。
バルコニーへ出ると冷たい風を心地よく思いつつ、凝ったバラスターデザインである欄干まで来る。そしてそばにある椅子に腰かけた。足を組んで欄干に肘をつき、庭園をぼんやり眺めているとエルヴィンが一人で歩いてくるのが見える。
エルヴィンは何やら考えごとをしている様子でベンチを見つめている。
エルヴィン……。
そしてそのベンチに腰掛けるところをリックは物憂げに眺めた。
「君は……幸せになるべきだ」
頬杖をつきながら小さく呟いていると、もう一人の影がエルヴィンの元へ歩いていくのが見えた。それが誰なのか確認すると、リックは小さく微笑んだ。
「邪魔しちゃ悪いよね」
誰とはなしに言うとリックは立ち上がった。煌々と光の灯る賑やかな大広間を見てため息をついた。
「獲物はそろそろ戻りますか」
そして大広間へ戻っていく。
リックにはすべての記憶があった。
デニスがラヴィニアに狂い、そして父親亡き後暴君と化し、このマヴァリージ王国が傾いていったこと。そしてエルヴィンたちアルスラン家の者がことごとく殺されていったこと。
すべて、記憶している。
それはエルヴィンと同じく時間を遡ってきたからだが、大きな違いはある。
エルヴィンの時間を戻した張本人はリックだからだ。
時の魔術は遡る前の留学先で師となった古き魔女から教えてもらった。とはいえ元々教えられていたのではない。かなりの魔力が必要となるこの魔法は魔女が持っていた禁書に載っており、留学中にリックがこっそりその禁書を読んでいて存在を知った程度だった。
もちろん禁書を読んだことはすぐに魔女にばれて、大目玉を食った上に罰として書庫と倉庫の掃除をさせられた。かなり色々置いてある古びた場所の上、魔法を使うことも禁じられた。様々な魔術具などが置いているため、変な作用を起こさないようにということだった。おかげでかなり大変だった。
そんな罰を受けても、目にした時の魔術はかなり印象的で記憶に残っていた。
その後留学を終えたリックが自国で目の当たりにした様々な惨事とともにアルスラン家のことを知り、リックは改めて魔女の元を訪れていた。
「お久しぶりです、アメーリア」
「来ると思っていたよ、リック」
どうやら予想していたらしい古き魔女、アメーリアは表情の読めない顔で迎え入れてくれた。
「では俺の目的もわかりますよね」
「やめときな。時の魔術だろう? あれは危険だ。何故禁書に載っていると思う?」
「それでも! ……それでも……お願いです……どうか、お願いだ……頼むから……」
元々少し偉そうで流されやすいところがあったものの、兄であるデニスはもっと単純で人がよかったはずだ。姉であるアリアネのわがままには昔から困らされてきたが、それでももっと明るいあっけらかんとしたところがあったはずだ。
昔からあまり政治に興味がなかった母ラモーナも、それでも関わるのすら嫌だと離宮に引きこもるほどではなかったはずだ。
何より、父ラフェドはもっとはつらつとして健康な人だったはずだ。
その上、騎士団総長であるウーヴェから聞かされた出来事はあまりにひどいものだった。
あんなにノルデルハウゼン侯爵は強く、真っすぐでいい人だったのに。
ウーヴェと話し、どうにかして彼の息子たちだけでも助けるつもりが、弟のヴィリーはとうとうデニスに歯向かってしまい処刑され、せめて兄のエルヴィンだけでもどうにか助けたい一心だったウーヴェは騙され、自害させられた。そのエルヴィンはしかも投獄された。
何とか様子を見に行くと、エルヴィンは相当疲弊しているようだった。今度こそどうにかエルヴィンだけでも助けたいと思っていたら、当の本人からは「甥のシュテファンだけでもどうか」と懇願された。
ヴィリーに刺されたことでアルスラン家を根絶やしにすると決めたデニスはしかし、我が子でもあるシュテファンにも容赦なかった。
何もかも後手後手に回り、シュテファンが殺された頃にはエルヴィンも毒を飲まされ、数日間苦しみぬいた挙句、シュテファンが殺されたことを大いに嘆きながら死んでいった。
あまりにひどすぎた。
国の現状に関してもひどかったが、しかしこれはまだ立て直せる。王権は奪ったことだし、国を立て直すのは正直無理なことではない。そのために水面下で準備してきていた。
だがアルスラン家については何もかも間に合わなかった。
自分の身内がしでかしたことだけに耐え難いほどの悲しみと苦しみと申し訳なさでどうにかなってしまいそうだった。
「どうか……お願いです、お願いしますアメーリア……」
「……わかったよ。かわいい弟子だけに仕方ない。だが本当にあれは危険な魔術なんだ。失敗すればリック、お前は時のひずみに飲み込まれ、永遠に時をさまよい続けることになるんだよ」
「それでも……それでも俺はやります!」
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