彼は最後に微笑んだ

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86話

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「まあ、間違ってはいません」
「間違ってないの……!」

 確かにどこかの令息に狙われた状態で無防備でいれば、もしかしたらただの告白で済まずにうっかり襲われてしまうという可能性もなくはないかもしれない。エルヴィン自身、剣に自信はそれなりにあるので腕力もそれなりだと思うものの、性的にだろうが暴力的にだろうが不意に襲われてしまえば案外敵わないこともあるだろう。剣の試合だって普段の実力が違えどもその時のタイミングや対応によっては勝てる試合でも負けてしまうこともある。ルール無用の襲撃ならなおさらだ。

「とはいえ、どう気をつければいいんだ? 普段から歩くだけで目を光らせているとか、友好的な人にすら敬遠されそうだけど」
「……何でしょうね、何か微妙に違うんですよね……」
「何が違うんだ?」

 もしかしてかわいい弟に呆れられているのだろうか。とはいえ、何が違うのかさっぱりわからない。

「まあ、他の誰かに対しても気をつけて欲しいですけど、目を光らせるというか、接してくる相手に対して無防備でいなければいいんですよ」
「……別に普段から俺、ぼんやりなどしていないけど」

 そもそもやり直し人生として九歳の頃からある意味ずっと気を張ってきたくらいだ。

「その辺ですよ」
「どの辺? というか、何が」
「俺と兄様の間で無防備という概念というのでしょうか、少々違う気がします」

 そう言われても、とエルヴィンは少々困惑した。

「まあ、そちらも気をつけていただきたいですが」

 どちら?

「俺が今言っているのは今度鍛冶屋までご一緒する相手に気をつけて欲しいということです」
「何で。だいたい俺、誰と行くか何も言ってないけど」
「兄様はわかりやすいと俺は何度も言っていると思うのですが。……ニルスと行くんでしょう?」
「何でわかったの?」

 そんなにわかりやすいのだろうか。とはいえ、一人で行くのではないといったことがわかるにしても、何故ニルスと行くことまで即バレてしまうのか。
 ニルスへの気持ちを自覚してから今にかけて、さすがにそこまでニルスへの感情を駄々漏らした記憶はない。自分の中ですらまだ手探り状態だし、ニルスのことは本当に好きだが、正直なところ男同士という状態が未知すぎて怖さもある。なのでそこまであからさまではないと思っていた。
 とはいえ初デートというだけで家族全員に嬉しい気持ちはバレている。勘のいいヴィリーならさらに何か察するものでもあるのだろうか。
 困惑しているとヴィリーの方向から舌打ちが聞こえてきた気がした。

 ヴィリーが俺に舌打ちした? 嘘でしょ?

 信じられない気持ちでヴィリーを見るも、相変わらず少々上目遣いでエルヴィンを見る目に嫌悪といった感情は見られない気がする。だが気がするだけなのかもしれない。
 エルヴィンは恐る恐る「今、俺に舌打ちした?」と勇気を出して聞いてみた。

「俺が兄様に? まさか。到底あり得ません」
「よかった」
「ニルスに対してしたんですよ」
「よくなかった……! ヴィリー。お前は何で昔からニルスに対してそんななの?」

 ホッとしたものの結局ちっともよくなくてエルヴィンは微妙な顔をヴィリーへ向けた。すると今度こそ怪訝というよりはどちらかといえば呆れたような顔を向けられた。

「兄様こそ、何で昔からわからないんですか。ニルスに邪な感情向けられてるって」
「……え?」

 邪……言い方がアレだけど、要は好きってことだよな? ニルスが俺のこと好きって、知ってる?
 というか、待って? 俺より前からニルスは俺のこと好きだって、ヴィリーはそう言ってんの?

「兄様? まさかいまだにニルスの邪な感情に気づいてないんですか? なのにあんな反応するなんて、まさか兄様たちはあの忌々しい恋愛小説のだらだらしたやつを繰り広げ……?」
「え、っと。ちょっとごめん。えっと、色々聞きたいことはあるんだが、その前に一番どうでもいいはずなのにどうしても気になって仕方がないから聞くけど、恋愛小説のだらだらしたやつって、何」

 他にもっと聞きたいことがあるというのに、それが気になってしまって頭がそればかりになってしまう。

「は。あれですよ、両片思いっていうやつ? どっちも相手が好きなくせにちっとも進まない鬱陶しいやつです」

 だから!

 一番聞きたいことに到達しない。次から次に気になることが出てきてしまう。

「言いたいことが多すぎて混乱中なんだけど、とにかくヴィリー、まさかお前がラウラの好きな恋愛小説を読んでいるなんて……」
「何度か読まされたんですよ……ラウラにというより、コルネリアからほぼ脅迫の勢いで」
「脅迫?」
「これを読まなければ兄様と名前すらないような架空の見知らぬ男をくっつけた話を延々と聞かせる、とか」
「何それ……?」

 突っ込みが追いつかない。

「それはとにかくどうでもいいんです。俺が言いたいのは」
「いや、俺的にどうでもよくないけど……! まあでもあの子たち特有の妄想話は一旦流すとして」
「永遠に流してください」
「両片思いの話は悪くないと俺は思うぞ、むしろ俺は好意的に……」
「そこ? 兄様、あなたが聞きたいことってそれなんですか?」
「違う……間違えた……そこじゃない、そこじゃないんだ。あの、そう、あれだ。あの、ニルスって俺のこと、前から……? というか、何で俺は気づかないのにお前が気づいてんの?」

 ようやく一番聞きたいことに到達できたとエルヴィンが思っていると、ヴィリーにまた呆れたような顔を向けられた。そろそろ兄の威厳が底辺すれすれにまで落ち込んでしまっているかもしれない。
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