彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
136 / 193

136話

しおりを挟む
 宿屋の主だろう。おそらく気になりつつもさすがにプライベートは詳しく聞いてこず、鍵を渡してくれた。それを受け取る際に『思い出の部屋ってとこかね。身なりはいいからまあ、やばそうなものでもないんだろうが……そんなに慌てるくらい早く抱き合いたいのはいいけど、できればあまり汚さないで欲しいな』と主の心の声が聞こえてしまった。思わず顔が熱くなるが、勝手に読んでしまったため否定できないし、そもそもそんなことをしている暇もない。一瞬で何とかジレンマを飲み込み、エルヴィンは階段を急ぎたくない気持ちをも飲み込みつつ急いで上がった。今頃宿屋の主は「やはりそんなに急ぐほど早くやりたいんかね」などと思っているかもしれないし、正直居たたまれない。

「エルヴィン……顔が赤いが……」
「……。具合悪くはないからな」
「わかってる」

 エルヴィンが顔を赤らめるごとに「具合が悪いのか」と不必要なぐらい心配してきたニルスもようやくわかってくれたようだ。

「それはよかった」

 階段を上りきり、部屋が近くなるため小声で頷くと「いかがわしい宿が落ち着かないか?」と同じく小声で気がかりそうに言われた。確かにそれもないとは言わないが、さすがにこれで赤くなるほどエルヴィンも純情じゃないというか、無垢じゃない。

 もしかしてニルスは俺のこと、勘違いしてやしないか?

 まさか夢を見られているのではと少々心配になる。そうだとしたらエルヴィンを知れば知るほど幻滅されることになるわけだが、幼馴染だけにエルヴィンをある程度よく知っているはずだとも思う。

 いや、でもエロいことに関しては昨日お互い知ったばかりでもあるよな……。

 キスは今までもしていたが、それ以上のことは昨日したばかりだ。ということはこれからエルヴィンのそういう部分を知っていき、幻滅される可能性もあるのではないだろうか。

 い、いやいや……昨日したばかりっつってもほぼ不眠でひたすら絡み合ってたってのに今さら……。

「エルヴィン?」
「え、あ……?」
「中に入らないのか?」
「あ……ああ、入る」

 ハッとなりつつも小声のまま、エルヴィンは頷いた。

 しっかりしろよ俺。今それどころじゃない。

 鍵を開けて部屋へ入ると、二人は隣の部屋の壁に近づいた。だがいくら壁が薄そうとはいえ、聞こえるのはくぐもった声らしき音くらいだ。

「さすがに聞こえないか……リックくらいの魔力の持ち主なら魔法でどうにかできるのかもだけど」
「……いや、グラスを壁に当ててそれに耳を添えれば聞こえる」
「は? 何で?」
「壁とグラスの間に音響結合が生まれる」
「何て?」
「向こう側の音波が……壁からコップに伝達されるから聞き取りやすくなる。……ガラス製だと音がさらに伝わりやすい」
「え」
「あと壁の構造によって……音が通りやすい位置と通りにくい音がある……、……うん、ここが聞こえやすい」

 指で軽く壁を叩いていたニルスの言動を怪訝に思いつつ実際やってみると『第一王子と接し……親しくなっ……もらうため……』と男の声が聞こえてきた。

「何でそんなこと知ってんの?」

 普通に生きてきたら知る必要のない知識のような気がしてならない。

「仕事絡みだ」

 どんな仕事だよと突っ込みたさしかなかったが、王子の補佐ともなればそういうこともあるのだろうと思うことにする。エルヴィンは壁に集中した。

『……君はただ……私を介して上手く王子と接してもらえば……仲よくなってくれれば……幸い私は王子たちと接する機会も……君はもちろん王子と面識などない……君なら親しくなるなんてわけない……』
『第一王子……結婚したはず……』
『そうだ……まさか……そんなことを気にする女性だったか……』
『……それに……そんなことをしようとしてるのか聞いていいかし……』
『それは君……関係ない……君……綺麗なドレスやアクセサリーを手にできるだけじゃな……誘惑できるできない関わらず報酬ももら……第一王子のいい人になれ……私とて王子に姪と紹介……利益がある……君に負担はない……こんないい……袖にする方がおかしいと思わ……』

 ところどころ途切れて聞こえるとはいえ、ほぼはっきり聞き取れていた。

 じょ、冗談じゃない……。

 エルヴィンは血の気が引くのを感じた。
 ラヴィニアが企てているのではないとわかったものの、話から間違いなく男性がラヴィニアをそそのかし、何やら陰謀を企てているのがわかる。
 何を企てているのかは明確ではないが、おそらくは第一王子派か第二王子派のどちらかが、相手側の失脚を目論んでの行動ではないだろうか。もしくはラヴィニアを使って王権への介入でも望んでいるのだろうか。
 それに対しラヴィニアが引き受ければ、展開は違うものの遡る前の悪夢がよみがえる可能性はあまりに低くない。
 いくら今のデニスが遡る前と違っていい人柄のように思えたとしても、ラヴィニアにかかれば元の木阿弥になるのではないだろうか。そんなことない可能性もあるが、それに賭けるなんて無謀なことをエルヴィンは絶対にしたくなかった。

 あんなの、二度とごめんだ……。

「ニルス……」
「……ああ、これは放置できない」

 ただ、盗み聞きしただけの状況で今隣の部屋に乗り込んでも、身分を証明するものもなければ剣すら持っていない。護身用の食事にも使えるナイフなら持っているが、それは向こうの貴族も同じことだろう。むしろ向こうは貴族という身分を隠そうとさえしていなさそうな恰好だったため、エルヴィンが気づいていないだけで帯刀しているかもしれない。
 とはいえ、ここで何もしなければ現行犯として捕まえることもできなかった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される

八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。 蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。 リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。 ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい…… スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)

【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

聖者の愛はお前だけのもの

いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。 <あらすじ> ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。 ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。 意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。 全年齢対象。

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

処理中です...