バカな子犬は今日も尻尾を振る

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16話

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「いっ」

 大典は慌てて離れた。じわりと涙が浮かぶ。
 ふと悟が微笑んだような気がした。

「おま……普通噛むか?」

 舌を庇いながらなので多分変な喋り方になっているかもしれない。

「毒、感じました?」
「……めちゃくちゃ感じたわ」

 ヒリヒリしている舌を少し出す。別にそうしたからといって治りはしないのはわかっているが、マシにはなるかもしれない。

「痛いっすか?」
「いてぇに決まってんだろ」

 ムッとして言い返すとニッコリ微笑まれた。そして言い返した後にまた出した舌にやんわりと食いつき、悟は舌で大典の舌の噛まれた辺りをなぞってくる。
 ゾクゾクした。腹の奥にズクンと響く。ただでさえ酒で頭が回りかねているのにますますよくわからなくなりそうだ。
 ただ二つわかることがある。
 一つはやはり悟が好きだということ。悟が何を考えてこんなことをしてくるのかさっぱりだというのにそれでも今、こうしているのが堪らなく嬉しい。
 もう一つは、だからこそやりたくて仕方がないということだ。好きならしたいにしまっている。こんなことをされているならなおさらだ。

「悟……」

 手を悟の体に這わせようとしたら、しかし悟の手で遮られた。

「何でだよ。つかこんなことすりゃ普通このままヤんだろ」
「やりませんよ」
「何でだよぉ、意味わかんね……何でしねーんだよ」

 いっそもう、悲壮感さえ込み上げてくる。目がむずむずとして視界が多少ぼやけた。だがそれでも目の前の男前が微笑んでいるのはわかる。とても優しげなと言っても過言ではない笑みを向けてきているように見える。

「そんなにしたいんですか」
「してーに決まってんだろ。お前が好きだっつってんだぞ俺。好きなヤツがこんな近くてしかも何かエロいことしてきて、平然としてられる男なんかいるかよ」
「エロ? ああ、舌を噛んだり舐めたりのことっすか? あんたにとってはエロいの?」
「お前は違うのかよ」
「……さあ」

 指が伸びてくる。酒のせいでそれが指だと認識した上で避けなければと考えつく前に、それは大典の口の中に突っ込まれていた。その指が大典の舌をつかむ。

「傷、残ってます?」

 そんなことを聞きながらつかんだ指が大典の舌を這う。またゾクゾクとした感覚を味わわされていると、その指が噛まれたところに触れた。途端にピリッと針で軽く刺すような痺れが走った。痛いほどではない刺激がつかまれた舌から感じられる。触れられてゾクゾクとした感覚にスパイスを加えてくる。とはいえそのスパイスが美味しいからではなく、ただ開けたままの口のせいで唾液がつっと零れだした。ますます目もむずむずとして視界がぼやける。

「はな、ひぇ」
「何言ってんのかわかんねえっすよ。涎、だらだら。きったねえな、先輩」

 楽しげに「汚い」などと言う悟は顔を近づけ、唾液で濡らした顎を舐めてきた。ゾクゾクを通り越していまや自分の下腹部に直結していて痛みすら感じる。

「……何でしねーの。マジでヤりたすぎて俺、死ぬ」
「じゃあ死んでみてくださいよ……俺としたくて堪らなくて泣きじゃくって死んでみて」
「お前、変……」

 変というか、絶対に変態だ。絶対に。おかしい。絶対に変。変態。

「変態かよ……」
「まさか。ああ、嫌いになりました?」
「ならねぇよ! むしろそんなお前としたすぎておかしくなりそうなくらい好きだわ馬鹿野郎……クソ、腹立つな、めちゃくちゃ腹立つわ!」

 今度は目元を舐められた。おかしそうな悟のクスクス笑いが聞こえる。その笑い声が延々の大典の頭の中にこだましていた。



 目が覚めると外で雀がチュンチュン鳴いている声が聞こえる。何が何だか訳がわからないまま起き上がったところで自分がベッドに寝ていたことに気づいた。酒のせいか、頭痛はないものの目がしょぼしょぼとして重い。どういう状況だと辺りを見回すと、床で悟が眠っているのが見えた。乙女ではない大典としては「私にベッドを使わせて自分は床で寝るなんて」と胸をキュンキュンさせる代わりに「俺と一緒に寝るのすら嫌かよ」と胸をムカつかせながらベッドから身を乗り出して悟の様子を窺う。二歳しか変わらないが、まだ二十歳になったばかりの悟の寝顔は意外なほど幼く見えた。

「……寝てたら天使かよ」

 酒が入ってからの昨日のことは断片しか思い出せない。だがそれでも悟がまるで焦らすかのような言動をするくせに絶対に手出し禁止といった態度を改めてくれなくて、何もできないまま自分は寝てしまったことくらいはわかる。さすがに今少し勃起しているのは単に朝勃ちなだけだが、間違いなく下を腫らしたまま大典は酔って寝るはめになったのだろう。痛々しいし、いっそ酒が入ると勃たないタイプならよかったのにと遠い目になる。

 そりゃ俺だけ好きってことなんだろうし、きっちゃんが言うように普通は男同士は無理なんだろうし、拒むのもわかるけどよ、だったら思わせぶりなことすんじゃねえよ悪魔かよ。

 ベッドから足を床につけて大典はじろりと悟を見た。

「……まてよ。思わせぶりなことしてくるこいつが悪いんだし、寝ている今に襲っちゃってもいんじゃね……?」

 無理やりなことは正直好きじゃないし萎える。今までだって世間的に「悪さ」はしたことはあるかもしれないが、誰かに対して無理やり性的なことを強要したことはないし、したいと思ったこともない。だが昨日弄ばれた記憶は多分妄想ではないはずだし、なら最後まではしないにしても、少し触ったりするくらいはいいのではないだろうかと思えてきた。
 ニヤリと笑うと、大典はそろそろと寝ている悟に近づいてマウントを取る。そして悟が体に絡みつけている薄い毛布をそっと外そうとした。
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