バカな子犬は今日も尻尾を振る

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18話

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 好きだと思った相手に答えてもらえた。
 これは思っていた以上にテンションが上がることで、大典は仕事中にもし今足を滑らせても飛べるかもしれないなどと思えてくる。ただ周りからすれば集中力の欠けた危なっかしい腑抜けにしか見えないようで、先輩方からは「朝妻てめ、いい加減にしやがれ」「事故る気か馬鹿野郎」などと何度か叱られた。

「タカさん。でも俺、多分今落ちても飛べると思うんで」
「おい、誰かこいつを医者に連れてってくれ。すでに頭打ってやがる」

 そんな扱いを受けても大典は心広く大らかな気持ちでいられた。もはや自分が天使か何かになったかもしれないとまで思えてくる。

「飛べるしめちゃくちゃ寛大だしよ。そう思うだろお前も」
「マジ先輩半端ないっすねえー。いいからここの踏板固定しっかりやってください」
「おう」

 ふわふわとした気持ちだし多分飛べるが、それとこれとは別だ。仕事である組み立ては絶対に疎かにしない。大典は緩みのないよう完全にしっかりと固定するとまた続けた。

「でも待てよ。俺が天使だとしたらそれもう死んでるってことじゃないか? 駄目だろ死んだら」
「そっすね。ちょっとそこのレンチ忘れないでくださいよ」
「おう……持った。でもよ、死んだら駄目だけど俺、死んだかもしんねえって気持ちにはマジなったっつーかよ。天にも昇る気持ちってやつ。あんだろ、そーゆー表現。それだわ。やっぱ天使かもしんねえ」
「ほんとマジ先輩半端ないっすねえー。次のとこやってきますよ」
「おう」

 仕事を終えるとドキドキしながら「俺のこの筋肉美でお前を喜ばせようと思っているんだが」と悟に声をかけたら軽く吹かれた後に「ではそれはまた今度。今日は俺、予定あるんで」と断られてしまった。

「なあどう思うよきっちゃん」
「だからいちいち俺に言うな」

 すぱっと切られるように断られた後、大吉の店で顔を覆いながら泣き言を口にしていると大いに微妙な顔で言われた。

「冷てぇな。俺ときっちゃんの仲だろ」
「どんな仲だよ。あと俺の仕事場ってこと忘れんなよ。邪魔すんな」
「してねーし。きっちゃんは喋りながらもよそ見してでもキャベツの千切りができる男だって俺知ってんだからな。あと時間早すぎてまだ他に客いねーだろ」
「はぁ……。つか悠賀くんだっけ? よくお前と付き合う気になってくれたな」
「どういう意味だよ」
「どういう意味もクソも、確かあの子も男同士に興味ないんじゃなかったっけ」
「俺の魅力に負けたんだろ」
「お前のその無駄なほどの自信はどこからくるんだよ」
「……顔?」
「ああ、自覚はあったんだな、顔だけはいいけど自分が馬鹿でめんどくせー感じなとことかは」
「そこまで言ってねえしそう思ってんのかよ……! きっちゃんひでぇ」
「どうでもいいけどもう飲むのやめろ。せっかくの顔まで無駄にする気か。ったく油断すると泣き上戸になるとこどうにかしろよな」
「泣いてねえし、あと油断はきっちゃんだからこそできんだからな」

 言い返しながらぞんざいにティッシュボックスを差し出してきた大吉の腕をつかむ。大吉は「離せ」と言いながら微妙な様子だったがその顔が、出入り口が開いたのを見て「あ」っと一言発してから少し引きつったような顔になる。

「マジ先輩半端ないっすねえー。そのきったない顔をどうにかしねーと営業妨害でしょ」
「……悟? お前予定あんじゃねえのかよ」
「もう済ませました。行きますよ」

 ニコニコと笑みを浮かべる悟が軽々と大典の両脇あたりに手を置いて立たせてきた。大吉の腕を持ったままだったため、微妙な顔の大吉まで少し引っ張られている。

「おい……早く手を離せ」
「きっちゃん」
「いいから早く。俺を巻き込むな」
「あ? 巻き込むって──」
「永谷さんでしたっけ。すいませんっす。邪魔にならないよう、先輩は連れて帰りますんで」
「あ、ああ。うん、そうしてくれ。あと俺、こいつの腐れ縁なだけなんで」
「腐れ縁ってなんだよきっちゃん! 昔からずっと一緒の幼馴染で」
「いいから帰れ」
「そうっすよ。帰りますよ先輩」

 嫌だと拗ねるほどのことは悟にされていない。ただ単にドキドキしながら誘ったのを、刃物で切るかのごとくすぱっと断られただけだ。

「……わかったよ帰るから離せ」
「外出たら離しますよ。ほら」

 大典は悟によって、愛情を持って愛しく抱き寄せるというよりは囚人を連れていくかのように店から連れ出された。そして言われた通り、店を出ると手を離してくる。

「なあ、悟」
「何すか」
「お前さ、優しい人っぽいけど実は結構冷たいよな」
「嫌いになりました?」
「ならねえっつってんだろ。しつけーな。なんで今さらそんなことで嫌いになんだよ。そーじゃなくてもうちょっとだな、ほら、付き合ってくれるっつーならな、その、俺に対して愛を表現してくれてもいいんじゃねえかなってだな」

 ムッとして言い返していると少しポカンとした後に悟は楽しそうに笑みを浮かべて大典を見てきた。こういう時の笑顔は何だか妙に大典の心臓に直撃してくる。

「外で騒ぐとか馬鹿ですか。ほら、行きますよ」
「流すなよぉ。つか行くってどこだよ……俺んち?」
「明日も仕事っすしね。でもあんたさえよければ俺の家へ来ますか?」
「行く! 行くに決まってんだろ行きます」

 即答すると吹き出された。その後歩きながら「俺、結構愛情表現してるんっすよ」と正面を向きながら言われたが、どこで見せてくれたのかちょっと思いつかないのは酒のせいなのだろうかと大典は首を傾げた。
 結局あのあと悟の家に連れていかれ、そのままなし崩しに──と言いたいところだが、そんなことはなかった。

「……愛とは」
「何気持ち悪いこと言ってんすか。マジ先輩半端ないっすねえー。固定終わりました?」
「おう」

 それについても数日悶々していた大典だったが、あまり考え事に向いている性格ではないため、何だかんだでいつも通りではある。
 いくつか棟のある大きなマンションだが、そろそろここの仕事も終わりそうだ。悟との仲が深まった記念の場所として大典の中でずっと心に残る場所となるだろう。

「そう思わないか」
「やべえこと言ってねえで次の箇所やりますよ。そのクランプ取ってください」
「おう。……つかマジでさ、お前俺と付き合うのって何で? 好奇心? まぁそれでも最初は仕方ねえけどよ」
「俺は好奇心なんかで誰かと付き合うなんてできねーっすよ」
「じゃあ何だよ」
「結構愛情表現してるって言いませんでした?」
「だって見かけたことねえぞ」
「おかしいっすね。あと黙ってやらねーとミスりますよ」
「……おう」

 大典は仕方なく黙った。そのまま仕事が終わるまでその日はおとなしかった。
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