氷の王子

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9話

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「んでさー、全部読んで面白かったけど難しかったっつったらアイツが漢字かって」

 学校の帰り、たまにはと圭悟、勝一と三人で街に出ていた大地はファーストフード店でポテトに齧り付きながら話していた。

「俺も今思ったわ」
「俺もー」
「くそ、なんでだよ。そーじゃなくてあれ。話がさー。お前ら読んだことある? 俺読んでたやつ」
「俺は昔ある」
「俺は本読まねーしな」
「あの内容がなんかよくわかんねえっつったらアイツ、俺がまだ子どもだからかって! だって王子さまが変に思うのって別に俺も思ったし、だいたい登場人物よくわからねーし、とりあえず何言いてぇのかあんまわかんなくて」
「子ども、間違ってないだろ」
「俺も本読んでねえからあれだけど間違ってねぇ気がすんぞ」
「なんでだよ……!」

 二人の受け答えに大地はムッとしながらポテトを馬鹿みたいに口に放り込む。それを見て「そういうとことか」と思いながら二人は苦笑した。

「つかあまりにお前がバカみてぇだからさっきあそこに座ってるやつがこっち見てたぞ」

 勝一がおかしげにこっそりと二人に言う。

「俺かよ! たまたまだろーが」
「どのみちあの話は大人になってから読むと余計深いって聞いたことあるぞ」
「そうなの?」

 圭悟の言葉に大地はじっと圭悟を見る。

「けっこう一つ一つの言葉が深いしな。だから書いてあることそのまま受け止めてむしろ他の登場人物が意味わからないって言ったお前に氷王子、子どもだからっつったんじゃないか」
「お前の言ってることもよくわからねーよ」
「あーそれは俺も」
「なっ? ほら、勝一もわからねえって」
「いや、俺がわからねえのは本の内容な。読んでねえっつってるだろ」
「んだよ」

 どうでもいいような話をその後もしてからカラオケに向かい、散々歌った後で大地は二人と別れた。
歩く時は一人であってもスマートフォンを見ないため、SNSに通知が来ているのに気づいたのは家に帰って風呂に入り、夕食を食べて自分の部屋で寛いだ時だった。

『あの話、きっと何度か読むとまた違うと思う』

 ……あの話?

 大地は怪訝な顔をして画面を見る。このやりとりをしている相手に今読んでる本の話、しただろうかと思い起こす。
 もしかしたらしたかもしれない。本を読んでいることは言っている。その際に案外本を読むのも悪くないと思った、といった感じで話した気もする。
 だけれども何の本を読んでいるか言った覚えはないような気がする。
 どうだったっけと思いながら『まだ二度目だけどそんなわからない』とだけ返してみる。

『子どもだもんな』
『違うし』

 そんな風に打ち返しつつ、やはりこの相手は零二なのではないかと大地は思った。普段会っている時はむしろこちらを放置する勢いだが、もしかしたらSNSでなら言えるタイプなのかもしれない。
 一度この間思いきって直接本人に「お前SNSやってる?」と聞いてみたのだが怪訝な顔をされただけだった。その顔を見ると違うのだろうかとも思ったが、こうも零二とのやりとりと似た感じのするやりとりをここでしていると、もしかしたら大地を誤魔化すためだったのかもしれないとも思える。
 SNSでも聞いてみようか、と大地は画面をじっと見た。
 こちらでだと、素直に教えてくれるかもしれない。いや、零二だと決まった訳ではないのだが。
 普通に考えると零二がSNSで色々遊んでいるところは想像できないし、マメにちょこちょことやりとりしそうなイメージなど何一つない。
 だが逆に考えるとSNSだからこそ、という場合もある。前にも大地は思ったことだが、実際友人の中にはリアルと全く雰囲気の違うのもいるのを目の当たりにしている。
 おまけに今のやりとりはあまりに零二とやりとりしたことと似ているし「子どもだもんな」などと言われたのもまるで零二に言われたようだった。

『お前もしかして氷王子?』

 零二かもしれないと思いつつも違う可能性だってあるため、さすがに気軽に本人の実名は出しづらい。だから周りからそっと呼ばれ、大地自身も茶化しつつ言ったことのあるあだ名で思いきって尋ねてみた。
 返信を待つがしかし返ってこない。確認しても返せない状況にあるのかもしくはどう返事するのか迷っているのだろうかと大地はまたじっと画面を見た。
 返事を迷うのも二通りあるしなと思う。本人だからこそどう返事しようか迷う場合と、全然関係のない赤の他人で怪訝に思っている場合。
 とりあえずじっと見ていてもどうしようもないしなと大地は二度めである図書館で借りた本を読み出した。
 しばらくしてふとスマートフォンを見ると通知がきていた。急いで手にして開く。

『今から会おう』

 今から?

 大地は時計を見た。別にさほど遅い時間でもない。

『了解。どこで』

 そう送ると大地の近所にある空き地と時間を指定してきた。
 多分何かは建つのだろうが空き地になっているそこは周りにあまり電灯がないので夜は人の通らない寂しい場所になっている。
 とはいえ男である大地はなんの心配もないし、そもそも待ち合わせの相手はここからの近さもあって、やはり零二ではないかと大地は思った。
 家に来いとは、リアルでも言わなさそうだ。いや、そもそも普段は「会おう」とすら言わないが。
 大地は親に「ちょっと出てくる」と告げると待ち合わせ場所に向かう。
 歩きながらも考えていた。どうにも零二のような気がするが、それでもどこかピンとこない気もする。今から会おうとしている相手は零二なのか違う相手なのか。
 とりあえず約束していた場所に着いたが誰もいなかった。早く着き過ぎたのだろうかとスマートフォンで時間を見るが言われた時間にはなっている。
 大地は手持無沙汰もあってなんとなく零二本人のメールアドレスに直接『近所の空き地で待ってんだけど。SNS、やっぱりお前じゃないの?』と打って送信した。
 このアドレスすら教えてもらうのに大地は苦労した。最初にSNSをしないのか聞いた時は即答で「やらない」と言っていたのでメールアドレスを聞いたのだ。

「メールやってない」
「嘘吐くなよ! いや、あまり使ってなくてもスマホ持ってんなら絶対アドレスあんだろうが!」

 それでも「アドレス調べるの面倒」などと中々教えてくれなかったのを思い出す。

 ……そんなヤツがこんなSNS、やっぱりするだろうか。

 一人で寂しく待っているが時間だけが過ぎていく。大地は諦めて帰ることにした。
 だがその場から立ち去ろうとすると突然背後から誰かに抱きつかれた。怖いとは思わなかったが、あまりに驚いて一瞬固まった。それでもなんとか振り向くがこの辺が暗いせいで相手がよく見えない。

 これは誰だ。

 大地は思った。どう考えても零二ではなかった。
 何とか逃れようと抵抗するが身動きすらままならない。来るのではなかったと後悔しても遅い。
 何をされるのか大地は全くわからないまでも身の危険しか感じられず、ようやく少し怖くなってきた。

「く、そ……! 離、せ……っ」

 改めて逃れようとするが、普段圭悟たちがふざけて抱きついてくるのとは大違いだった。羽交い絞めにしてくる相手の手が、大地の服の中に入ってきた。
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