氷の王子

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20話(終)

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 大地は零二の周りを何かとまとわりついてくる。一時期は疎遠ではあったものの付き合う前もわりと気づけばまとわりついてくる小動物といった感じだったが、付き合いだすとそれがさらに顕著になった。
 ただそれも鬱陶しさを感じるようなベタベタとしたまとわりつき方でなく、何というか「好き」という感情を垂れ流しながらちょろちょろと周りをうろうろしてくる感じで、零二は正直内心かわいくて堪らないと思っている。
 とはいえ自分自身も氷だと言われても仕方ないと思えるほど素っ気ない性格を自覚している上に、少しでもまとわりついてくるのを喜ぶと大地が調子に乗って今度はそのまとわりつきが多少絡まってくる感じになるので普段はひたすら淡々と扱っていた。それでも好きだと全面的に隠すことなくまとわりついてくる大地がまたかわいいと思う。
 自分でも把握しているこの性格に対してか「氷王子」と呼んでまで変に絡んでくる女子が多いのは零二もわかっている。だがもしいざ付き合った場合、同じような態度のままだと彼女たちが腹を立ててくるのも知っている。
 零二が冷たい、素っ気ないと知らなかったというならまだしも、それをわかっている上で付き合いを望んだというのに実際付き合うとそれが冷たいと罵られるのは、確かに冷たいかもしれないがどうにも納得がいかない。多分「付き合っているのだから特別感が欲しい」的な感情なのかもしれないし、それはわからないでもないが、押しつけられるのは正直迷惑だと思っていた。
 零二としては付き合った相手に対してその他と同じ扱いをしたことは一切ない。その上でさらに何かを求められてもどうしようもない。付き合っているのなら相手のことを考えるのが当然だと言われても、それならそちらも相手のことを考えてくれと思ってしまう。これでは付き合ってみて相手をちゃんと好きになる前に気持ちは冷める一方になってしまう。
 だが大地は違う。もちろん昔から好きな相手だから余計なのかもしれない。それでも実際に大地は強要をしてこない。自分の好きなように行動しながらもそれに対して零二も一緒の気持ちでないと気分を害する、といったことは一切ない。ちゃんと自分の気持ちをストレートに出しながらも、だから相手もそうでなくてはいけないという発想がないのか、同じものを強く求めてこない。
 共有しようと持ちかけてくるのと強要してくるのは全然違う。大地は実際馬鹿かもしれないが、その辺は本当に昔からまっすぐで素直なところは変わらない。
 一時期疎遠になっていた時に、大地も他の皆と同じように零二の素っ気ない性格に嫌気がさしたのかとも思ったことはあるが、ただ単にどう接していいかわからなくなったのと、逆に零二が大地を嫌いになったから冷たくなったと思われていたようだとわかった時は、大地らしいと少し笑った。

「零二、なあなあ、あのさ、俺さー」

 大地はそんな風に気軽にパーソナルスペースに侵入してくるが、土足で荒らしてくることは無かった。
 気軽といえば体を繋げることに関しても思っていた以上に気軽だった。もう少し大地が受け入れるということに抵抗があるかと零二は思っていたが、むしろそんな気軽でいいのかと微妙になるくらい大地はサラリと受け入れてきた。
 本人曰くそれなりには考えたそうだが、零二からすればあまりに気軽な感じがして苦笑したくらいだ。基本的に女の子が大好きのようだが、自分がその女役をすることによって零二と別れない限りひたすら童貞のままなのだということも「でも気持ちいいから、いいや」とヘラリと笑って受け止めている。
 零二が基本ヤキモチを妬かないとはいえ、浮気に関しては付き合う以上させないと言っても「うん」とニコニコしている。

「別に俺浮気自体好きじゃねーし、したいと思わねーよ。零二いんのに他の誰かとさ、なんかをする意味ねーだろ。でもおかしくね?」
「何が」
「浮気駄目だったらヤキモチ何で妬かねーの? 俺が例えば圭悟や勝一とかとすげーべったべたくっついててもムカつかねえってことだろ? おかしくね? くっついてたら浮気するかもとか思わんの?」
「お前に関してはな」

 他の相手ならまた違うだろうとは零二も思う。だが大地に関しては素直でまっすぐだと本当にわかっているからこそ、浮気もしないとわかっている。だから全く知らない相手ならいざ知らず、友だちといくらくっつこうが気にならない。
 多分するなら浮気じゃなくて本気だろう。
 かといって友だちと仲よく楽しげにしている大地を遮らないと安心できないといった考えを零二は持ち合わせていない。

「俺だとなの? 何だよそれ。変なの。でも俺はヤキモチ妬いてくれたほうがいいけど」
「へえ?」
「だってその分俺が好きってことだろ? 独占欲だろ? お前持ってなさそーだもんな。俺めっちゃあんぞ!」
「お前が?」
「あるよ。だってお前いっつも女子にモテてんじゃん。ムカつくもん。これ俺の! ってひっぱって行きてーもん。しねーけど」
「何故しないんだ?」
「だってそんなの何かカッコよくねーしお前もうぜぇだろし……。そんでちゃんとお前、二人きりの時にいっぱい俺かわいがってくれるからいいやってなるし」

 そんな大地の言葉を聞くとつい冷静でいられなくなりそうで、零二は頭を抱え俯いて誤魔化す。

「……はぁ。お前ほんと、馬鹿だな……」
「何でだよ……!」
「……それに付き合った以上、俺にも独占欲はちゃんとあるぞ」

 ない訳がない。男は大抵どれほど淡々としてようが素っ気なさそうが、独占欲の塊を持っている。

「まじで?」
「お前が誰と仲よくしようが構わんが」

 零二は言いながら大地を引き寄せる。そして大地の唇の自分の唇を這わせる。何度も啄み、最後に軽く音を立てて唇を離すと既に大地はトロリとした表情を浮かべている。

「……お前のそんな顔や」

 今度は首筋にキスしながら手の指を同じく首から下にゆっくりと伝わせていくと「っぁ」と小さな切なげな声が聞こえてくる。

「お前のそんな声……」

 シャツの上からでも尖っているのが分かる胸元に指を這わせると大地がぎゅっと零二に抱きついてきた。

「そしてお前のそんな反応は、今後は絶対誰にも見せたくないし見せない……」

 囁くように続けると、零二はそのままさらに大地の体に自分の唇や指を這わせていく。
 独占欲はある。ただ、人によってその欲の大きさや出し方が違うだけだ。
 大地をそのまま隅々まで味わった後、疲れたのか大地はそのままうたた寝を始めた。
 最初はそれなりに痛そうで苦しそうだった大地は驚くくらいすぐに慣れ、今は行為をしている時もひたすらかわいらしい。性格が素直だとこうも快楽にも素直なのだろうかと内心零二は苦笑したくなるくらい、何にでも貪欲で、多少恥ずかしがりながらもたくさん零二を求めてくる。
 そして気持ちよくなると必死になってしがみつこうとしつつも、その快楽を逃したくないのか変に動けないようでもあり、どうにもあの時ですら零二の側でちょろちょろまとわりついてくるイメージが湧いてしまう。
 またその様子が、零二を好きだと体中で表してくれているようで堪らないな、と零二は大地の髪を撫でた。
 見知らぬ相手が大地の周りをうろつき、何やらちょっかいをかけていたら、ヤキモチとまではいかなくとも気にはなるかもしれない。実際大地のストーカーをしていた男に関しても気にしていたから気づくのも早かったのだと思う。
 普段大地がいつも一緒に居る友人のことはだが、何も気にしたことはなかった。大地と似た感じの少し頭の悪そうなタイプと、それよりはしっかりしていそうなタイプの二人とよく一緒にいる。このしっかりしていそうな方とクラスも多分一緒らしい。それくらいしか知らないし、別にそれ以上知りたいとも思わない。
 他の妙な連中とも付き合いがあるらしいがそれに関しても気にしていない。大地自身が好きだと思う友人と好きに付き合えばいいと思っている。

「お前はそりゃヤキモチなんて妬くはずのない氷王子だもんな」

 零二とクラスは違うが仲よくしている数少ない友人の一人が微妙な顔で言ってきたことがある。稀斗という変わった名前をしており、そして零二と同じように幼馴染のそれも男と付き合っている。

「お前はなんだかんだで妬いてるよな。あの早川がお前以外好きになるとは到底思えないってのにな」
「うるせぇ。俺のことはいいんだよ……! まさかお前まで男と付き合うとは思ってなかったけどな。そいつのいつもいる友達はそりゃまあ大丈夫だろけど他のヤツらはけっこうバカやってんだぞ、心配にならねえの?」
「むしろいつもいる友達とやらは何故大丈夫なんだ」
「あーだって片割れの茶山が俺と同じクラスでわりと喋ったりするから何か色々まあ、知ってるというか……」
「? 何が言いたいんだ?」
「うるせぇな。とりあえず他のヤツらのこと心配じゃねえの?」
「大地は馬鹿だけどそういう部分は馬鹿じゃない。本当にどうしようもないヤツならそもそも大地が付き合ってないだろうしな」
「何だよその親バカみたいなのは……」

 稀斗は最終的にとことん微妙な顔をして零二を見てきたのを思い出す。

「……付き合ってよかったなって実感するのの一つにさ、お前が俺の頭撫でてくれるやつ……」

 ふと大地の声がしたので見ると、眠そうな顔をしながらもニヤリと笑って大地は零二を見ていた。

「何だそれは」
「だってお前普段はいっつも俺鬱陶しそうに見るか呆れてるかだけだったじゃん。なのに付き合ったらまるで氷の溶けた王子じゃね……」

 氷の溶けた王子……。

 零二は思わず少し吹き出した。大地はそんな零二を嬉しそうに見た後でぎゅっとくっついてくる。

「あんまりくっつくな」
「るせーな。俺は俺のしたいようにする。お前は嫌なら引き剥がせばいーだろ」
「……じゃあはがす」
「えーケチ」
「いいんじゃないのか」
「いいけどさ。あ、なあなあ。ずっと何度も読んでた本な」

 思い出したように大地はまたじっと零二を見てきた。

「あれ、やっぱ何度読んでも難しいとこわかんねえ。でもさ、やっぱなんか好きなんだよな。もうそれでいいやって思って。わかんなくても好きで」

 零二は大地を見た後で顔を逸らしてため息をつく。

「んだよ」
「いや。あまりにお前らしくてな。それにくっつくな、と」
「俺らしいの? って、だからじゃあ引き剥がせばいいだろ」

 素っ気ない性格もあるが、何故いつもべったりしてきて欲しくないのか、零二が出さないから当然であろうが大地はまるでわかっていない。
 大地の華奢な体を感じつつ、零二はため息をついた。

「……あー……。……いや、ちょっともう無理だな。立て続けはお前にとってきついかもだが、諦めろ」
「無理? って何が……っん」

 くっつきながら怪訝そうに見てきた大地を自らさらに引き寄せ、零二はその唇にキスを落としながらゆっくりと大地の体にまた手を這わせていった。
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