不機嫌な子猫

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32話

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 夏の日光浴もなかなかに気持ちがいいものだが、改めてあまりに健全だなとウィルフレッドはぼんやり思う。庶民の日光浴は見た目だけはさほど健全には見えないが、それでも皆当たり前のことと認識しているのか、そこに邪な感情は見られなかった。
 かなり広い浴槽の縁に腕を乗せ、さらに自分の顎を乗せながらウィルフレッドは「おい、レッド」と呼びかける。

「なんでしょう」
「やはりいるのか……」
「覗いてはいませんよ」
「別に覗いていたとは思っていない。だいたい貴様が俺を覗く理由がないだろうが」

 浴槽近くまで来て片膝をつき、かしずくレッドの淡々とした言葉に、ウィルフレッドは微妙な顔で見上げた。
 自分が美形かせめて女ならまだしも、平凡な男であることは納得したくないながらも認めている。国を手にするのにまず自分を知ることは大事だ。
 そんな男の入浴を覗いても何の得にもならない。
 ウィルフレッドの言葉に対して特に何の反応もないレッドに、構わず続けた。

「何かもっと不健全な遊びを知らんか」
「……は?」
「ああ、すまない。いきなり過ぎたか。いや、夏らしい日光浴は俺も嫌いではないが、どうせならもっとこう、何て言うのか……」

 禍々しいというか、王子として咎められない程度の悪事を堪能出来るような何かと言うのだろうか。

「上手く言えんが、何かこう、こっそり楽しむような、だな。不健全なやつだ」

 王子として過ごしていると、やはりどうにもそういったいわゆる「よくない行為」の情報は入ってこない。誰かが犯した悪事は耳や目にするものの、そういったあからさまなものを求めているのではない。だいたいそれでは自分も堪能するなら間抜けな犯罪を犯すことになる。小悪党など目指していない。
 また、魔界での知識も役に立たない。そもそも人間の、しかもあらゆる能力に恵まれていないウィルフレッドではあの頃のことを模倣するのもままならない。

「知っているか?」

 レッドならそれこそ人間のくだらない遊びに関しても色んなことを耳や目にしてきているだろう。庶民でもなく、高貴というほどでもないレッドの地位だからこその知識があるかもしれない。
 そう期待して聞いたのだが、見上げるとレッドはどこか困惑したような顔をしている。

「何だ?」
「……王子は確かに思春期らしい思春期を過ごされてないですもんね……」
「? 何の話だ」
「ですが俺の立場で王子にそういった女などをあてがう訳には……」
「だから何の話だ!」
「王子こそ、では何を求めているのです」

 そんなことは当たり前だ。
 禍々しい人間の気だ。そういった犯罪とまではいかなくとも悪事を感じさせるような遊びなら、堪能する者からろくでもない気が得られそうな気がする。もちろん今のところそれらの気をどういう方法で自分の中に取り込むか明確に分かってはいないが、色々試しているうちに把握もするだろう。
 それらの気を取り込むことで得られるかもしれない力を思うと、楽しみでしかない。いっそ快楽さえ感じられそうだ。

「何って、当たり前だろ。あく……」

 とはいえさすがに悪事を求めているとは口にすべきではないだろう。

「あく?」
「ち、違う。快楽! そう、快楽に決まっているだろうが」

 悪事だとは口にしていないというのに、何故かレッドの目付きが少々険しくなったような気がする。

「何だよ」
「……王子。はぁ」

 何だそのため息は……!

 ムッとして縁にもたれかかったまま、ウィルフレッドはじろりとレッドをさらに睨み上げた。

「あまりそういった顔で見ないでください」

 確かにレッドからすれば冴えない顔だろうが、失礼過ぎるだろうとウィルフレッドはますますムッとなる。

「何だと!」
「それにそんなに体を乗り出さないで。上半身丸見えですよ」

 貧相な体で悪かったなと、悪いとも思っていないウィルフレッドは怒りに顔を染めた。

「ほら。そろそろお上がりください。のぼせますよ」
「煩いな」

 そう言い返しつつも、確かにこれ以上湯船に浸かっていてはのぼせるのはウィルフレッドの目にも浮かんだ。渋々湯船から出ると、レッドはそのまま出て行こうとする。

「どこへ行くのだ」
「外で待ってます」
「ついでだろうが。俺の体を拭いていけ」
「それくらいご自分でなさってください」
「貴様、楯突くのか?」
「……はぁ」

 またため息を吐くと、レッドはタオルを手に取り、近づいてきた。そしてそっと優しく水分をタオルに吸わせるように体を拭いてくる。まだ魔王の記憶のなかった小さい頃、レッドのこうした優しい手つきが気持ちよくてよく風呂を出た時髪や体を拭いてもらっていた。だがいつからか「王子も大きいですから」と嗜められ、自分ですることになっていた。
 そういえばルイだけは知らないが、アレクシアやラルフは専属の召使がそういった世話をしてくれるらしい。アレクシアは主に美容に詳しい女たちを集めていると聞いた。風呂の後に美容液を塗ったりマッサージをしたりするらしい。ラルフに関しては恐らくろくでもないことを含むのだろう。どちらにも興味がないしどうでもいいが、とウィルフレッドはレッドに関心を戻した。

「今後もお前が拭け」
「王子は大人だと思っておりましたが」
「大人に決まっているだろう! だがアレクシア姉様やラルフ兄様だってこういった身の回りの世話をする専属はいるのだぞ」
「……誰かを付けたいですか」
「お前以外にさらに誰かを付けるなど面倒でしかないからいらんわ! だからお前が拭けと言ったのだ」
「多分ルイ様はお一人でなさっておられるのではないでしょうか。多分ですが。多分。でもさすがルイ様ですね……」
「……っ俺だって一人で十分に決まっているだろうが」
「さすがです王子」
「うむ」

 頷いたものの結局今後も自分で拭くということでは、とウィルフレッドが首を傾げていると、体を拭き終えたようで、レッドは一旦離れると今度は衣装を手にまた近づいてきた。

「どうぞ」
「……ああ」

 見れば心なしかレッドの顔が笑っているような気もしないではない。

「貴様、今何を考えている」
「特になにも。そうですね、今晩頂こうかと思うおかずのメニューについてでしょうか」
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