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98話
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おそらく時間にしてほんの数秒にも満たないくらいだったのだろうとは思う。だがウィルフレッドにはその一瞬がスローモーションのように長く感じられた。おまけにさっと触れただけのはずが、レッドの感触が、そして味がずっと自分の唇に口内に残っている。
ああ畜生。
ウィルフレッドはほんの数分前の自分を呪いたかった。
キスくらいならなんて何故思えた。おかげ様で今にも心臓が止まりそうだ。
ただ、大袈裟だが自分の命を賭けてまでやってみた甲斐はあったのだろう。
──俺はレッドが好きだ。
自覚した。自覚せざるを得なかった。今まで背けていた「それ」をこれ以上背けることが出来なくなった。
「おやすみなさい」
いつも無表情なレッドがほんの少しだけ口元をやんわりと緩めて囁くように言ってきたのも追い打ちだった。
どういう顔をすればいいかも分からず、ウィルフレッドは慌てたようにベッドへ潜り込む。何を言えばいいかも分からないし顔を見られたくなかった。
「王子、もし具合が悪いようならいつでも俺をお呼びください」
「……わ、かった」
「では、失礼いたします」
レッドが歩く足音が聞こえる。忍ぶかのように全く気配すらないこともあるが、普段はちゃんと足音はするようだ、などと関係のないことをウィルフレッドは考えようとした。そっとドアの開閉音が聞こえると、ドアだって音もなく出入りするのではなくちゃんと音を出して出入り出来るじゃないかと必死になって思う。だが決して消えることはなかった。
レッドが好きだ。
レッドが好きだ。
レッドが好きだ。
馬鹿の一つ覚えのように頭の中でひたすらぐるぐると回っている。
この元魔王ともあろう俺が。
何百年と恐れられていた俺が。
布団の中に潜り込むとウィルフレッドは頭を抱えた。どうしたらいいのか分からない。
いや、レッドが好きだと自覚しただけでどうしたらいいのかもへったくれもないのだろう。それくらいは分かっている。だがその上で、本当にどうしたらいいのか分からない。
散々オスもメスも知り尽くしありとあらゆることをし尽していた元魔王が、一体何という体たらくなのか。
だから嫌なのだ。
誰かを好きになって一体何の得があるというのだ。
何のために好きになるのだ。
そんな必要などないだろうが。
思い切り自分を罵倒する勢いでひたすら頭の中で言い続けたが、その後すぐに浮かんでくるのは「それでもレッドが好きだ」という言葉や事実だ。
意味が分からない。本当に分からない。好きになる必要も理由も何もないはずだ。なのに何故。
分からないしそしてどうしたらいいかも分からない。とにかく分からない。
しかも何故レッドなのか。
それこそ今の周りにもありとあらゆる男女がいるだろうに。身分など確かにどうでもいい。ウィルフレッドとしては自分さえ望む自分であればそんなことはどうだっていいことだ。だが何故あえてレッドなのか。
ずっとそばにいてずっとウィルフレッドに仕え、今後もそれが続くであろう者なのか。
とりあえず分かることは、こうして自覚したところでウィルフレッドの心臓などは楽にならないということだ。せめてたまに見かける程度の存在なら、姿が見たいと願うことは馬鹿馬鹿しくもあるかもしれないながらに少なくとも今の状況よりは心臓に優しく過ごせるような気がする。
俺の心臓、と改めて思ったところでつい先ほどのキスを思い出してしまった。途端にまた心臓が止まりそうになる。思わず変な声が出そうになった。
キスどころかセックスすら散々していたというのにと自嘲する。だが幸いと言えばいいのだろうか。最後に体を重ねたのはわりと前の話だ。記憶喪失も挟んで、何とか心臓への負担は軽くなっている。だがキスは駄目だ。記憶に新しいどころかつい先ほどのこと過ぎる。またもやウィルフレッドの唇や口内にレッドの感触と味が蘇った。思わず唇を舐める。
「……死んでしまう」
元魔王ともあろう者とは到底思えないと自分でも思う。情けなさに涙さえ出そうだ。
だいたい恋どころではない。
自分はケルエイダ王国を我が物とするために自分の全てを駆使しなければならないはずだ。おまけに今は国境事件のこともある。本当に恋などしている場合ではない。
だがレッドが好きだ。
場合ではないのに、こうしてひたすら主張してくる頭の悪い自分が脳内や心臓やあらゆるところに存在しているらしい。
本当にどうしたらいいのか分からない。
恥を忍んで誰かに相談すればいいのだろうか。とはいえ何を相談するかも分からないし相談相手などいない。
クライドは駄目だ。恋だといち早く口にしてはいたが、とにかくあの態度が忌々しい。そもそも仇だ。かといって兄姉に弱みを見せるのも嫌だ。国を我が物にするどころではないし、そもそも身内に話しづらい。
一瞬クリードが浮かんだが「あいつこそ駄目だ」とウィルフレッドはすぐさま打ち消した。立派な第一王子なのか知らないが、結局はアレクシアが絡むとただの脳内花畑男だ。ウィルフレッドの話を聞いても多分花畑仲間にされかねない。無理だ。
何てことだ。やはり誰もいないではないか。
舌打ちをした後にレッドが浮かんだ。レッドなら冷静かつ的確な意見をくれるだろう。
相談の原因でなければの話だが。
ああ畜生。
ウィルフレッドはほんの数分前の自分を呪いたかった。
キスくらいならなんて何故思えた。おかげ様で今にも心臓が止まりそうだ。
ただ、大袈裟だが自分の命を賭けてまでやってみた甲斐はあったのだろう。
──俺はレッドが好きだ。
自覚した。自覚せざるを得なかった。今まで背けていた「それ」をこれ以上背けることが出来なくなった。
「おやすみなさい」
いつも無表情なレッドがほんの少しだけ口元をやんわりと緩めて囁くように言ってきたのも追い打ちだった。
どういう顔をすればいいかも分からず、ウィルフレッドは慌てたようにベッドへ潜り込む。何を言えばいいかも分からないし顔を見られたくなかった。
「王子、もし具合が悪いようならいつでも俺をお呼びください」
「……わ、かった」
「では、失礼いたします」
レッドが歩く足音が聞こえる。忍ぶかのように全く気配すらないこともあるが、普段はちゃんと足音はするようだ、などと関係のないことをウィルフレッドは考えようとした。そっとドアの開閉音が聞こえると、ドアだって音もなく出入りするのではなくちゃんと音を出して出入り出来るじゃないかと必死になって思う。だが決して消えることはなかった。
レッドが好きだ。
レッドが好きだ。
レッドが好きだ。
馬鹿の一つ覚えのように頭の中でひたすらぐるぐると回っている。
この元魔王ともあろう俺が。
何百年と恐れられていた俺が。
布団の中に潜り込むとウィルフレッドは頭を抱えた。どうしたらいいのか分からない。
いや、レッドが好きだと自覚しただけでどうしたらいいのかもへったくれもないのだろう。それくらいは分かっている。だがその上で、本当にどうしたらいいのか分からない。
散々オスもメスも知り尽くしありとあらゆることをし尽していた元魔王が、一体何という体たらくなのか。
だから嫌なのだ。
誰かを好きになって一体何の得があるというのだ。
何のために好きになるのだ。
そんな必要などないだろうが。
思い切り自分を罵倒する勢いでひたすら頭の中で言い続けたが、その後すぐに浮かんでくるのは「それでもレッドが好きだ」という言葉や事実だ。
意味が分からない。本当に分からない。好きになる必要も理由も何もないはずだ。なのに何故。
分からないしそしてどうしたらいいかも分からない。とにかく分からない。
しかも何故レッドなのか。
それこそ今の周りにもありとあらゆる男女がいるだろうに。身分など確かにどうでもいい。ウィルフレッドとしては自分さえ望む自分であればそんなことはどうだっていいことだ。だが何故あえてレッドなのか。
ずっとそばにいてずっとウィルフレッドに仕え、今後もそれが続くであろう者なのか。
とりあえず分かることは、こうして自覚したところでウィルフレッドの心臓などは楽にならないということだ。せめてたまに見かける程度の存在なら、姿が見たいと願うことは馬鹿馬鹿しくもあるかもしれないながらに少なくとも今の状況よりは心臓に優しく過ごせるような気がする。
俺の心臓、と改めて思ったところでつい先ほどのキスを思い出してしまった。途端にまた心臓が止まりそうになる。思わず変な声が出そうになった。
キスどころかセックスすら散々していたというのにと自嘲する。だが幸いと言えばいいのだろうか。最後に体を重ねたのはわりと前の話だ。記憶喪失も挟んで、何とか心臓への負担は軽くなっている。だがキスは駄目だ。記憶に新しいどころかつい先ほどのこと過ぎる。またもやウィルフレッドの唇や口内にレッドの感触と味が蘇った。思わず唇を舐める。
「……死んでしまう」
元魔王ともあろう者とは到底思えないと自分でも思う。情けなさに涙さえ出そうだ。
だいたい恋どころではない。
自分はケルエイダ王国を我が物とするために自分の全てを駆使しなければならないはずだ。おまけに今は国境事件のこともある。本当に恋などしている場合ではない。
だがレッドが好きだ。
場合ではないのに、こうしてひたすら主張してくる頭の悪い自分が脳内や心臓やあらゆるところに存在しているらしい。
本当にどうしたらいいのか分からない。
恥を忍んで誰かに相談すればいいのだろうか。とはいえ何を相談するかも分からないし相談相手などいない。
クライドは駄目だ。恋だといち早く口にしてはいたが、とにかくあの態度が忌々しい。そもそも仇だ。かといって兄姉に弱みを見せるのも嫌だ。国を我が物にするどころではないし、そもそも身内に話しづらい。
一瞬クリードが浮かんだが「あいつこそ駄目だ」とウィルフレッドはすぐさま打ち消した。立派な第一王子なのか知らないが、結局はアレクシアが絡むとただの脳内花畑男だ。ウィルフレッドの話を聞いても多分花畑仲間にされかねない。無理だ。
何てことだ。やはり誰もいないではないか。
舌打ちをした後にレッドが浮かんだ。レッドなら冷静かつ的確な意見をくれるだろう。
相談の原因でなければの話だが。
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