不機嫌な子猫

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99話

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「ウィル。それで本当にいいの?」

 アリーセの声にハッとなったものの何の話だったか分からなく、ウィルフレッドは「何がだ。まあ別にいいが」と適当に答えた。

「よくない、ちっともよくない」
「何の話だ」
「もう。さっきから本当に上の空。スズランエリカは美味しい?」
「は?」

 何だって? と思ったところで自分が口にしているものに気づいた。茎とも枝ともつかないものにびっしりと白く小さな花が咲いている。ウィルフレッドは眉をしかめながらペッとそれを吐き出した。

「不作法だよ」
「俺にレディ的な何かを求めるな」
「それはさすがに求めてないけど。で、何でスズランエリカなんて食べようと思ったの?」

 別に思っていないし食べたくもない。ただテーブルに飾ってあった花を茶請けと間違えて無意識に口へ放り込んでいたのだろう。

「って、何だって? スズランだと?」

 まだ少々上の空だったウィルフレッドは血の気が引くのを感じた。スズランといえば草の部分から花粉まですべてに毒がある花だ。水差しに手を伸ばそうとしたウィルフレッドに、だがアリーセは苦笑してきた。

「違います。スズランじゃなくてスズランエリカ。ヒースとかと同じ種類の花」
「ヒース? 荒地のことか」
「違います。ウィルはお花にはあまり詳しくないのね。とりあえず毒はないです」

 毒のある花くらいは知っているがそもそも魔王が花に詳しい訳がないだろう、とウィルフレッドはそっと心の中で言い返す。

「何か悩み事?」
「──いや」

 さすがにアリーセにレッドのことを相談するのはどうかと思い、ウィルフレッドは誤魔化すように今度こそ茶請けの菓子を口にした。

「ほんとに? 何かあったら私に言ってね」
「……ああ。ありがとう」
「! えへへ」
「何だよ」
「ウィルにお礼言われた」
「は? 馬鹿か……」

 実際アリーセは可愛いと思う。どうせならレッドよりはアリーセを好きになれば良かったようにも思える。それならば滅多に会うこともないし、ふんわりとした彼女ならレッドに対してよりも心臓などは穏やかでいられる気がした。だがやはり無理だ。どう間違ってもせいぜい妹だ。

「馬鹿じゃないもん」
「じゃあガキか」
「また子ども扱い!」
「もん、とか言うやつはガキで十分だ」
「もう。……あーあ。私、ウィルにならお嫁に行きたいなあって思えたのになあ」
「早まるな。それは間違いだ。俺になら気安く話せると思っているだけだそれは。兄枠だからな、それ」
「……それでもよく知らない人のとこよりは全然いいよ」

 ぼそりと呟くアリーセの顔に一瞬影が落ちたような気がした。

「? きさ、お前こそ何か悩みでもあるのか?」
「うーん、今はまだそこまででもないかな」
「何だそれ」
「えへへ。……ウィル、ウィルはじゃあ、間違いじゃない、ちゃんと好きって思える人、いる?」

 何てタイムリーなことを聞いてきやがる、とウィルフレッドは微妙な顔をアリーセに向けた。

「何?」
「いや。……ま、まぁ、な」

 否定しようかとも思ったが、自分に対して率直であるアリーセに対しそれは誠実ではないなと思い直した。別に普段なら「誠実」などクソほど興味もないが、アリーセに対しては何となくそう思った。

「そっかぁ……。じゃあ私失恋確定じゃない」
「アリーのは間違いだ。だから安心しろ」
「何それ。安心って」

 少し悲しそう、というか寂しそうな顔をした後にアリーセが楽しそうに笑ってきた。ウィルフレッドも「煩い」と言い返しながらも口元が綻んだ。

「私の知ってる人?」
「お前は俺の知り合いをほぼ知らないだろうが」

 知っている人だけどな。

「そうだけど。でもほら、レッドかなぁとか思っちゃうし」

 うふふと笑いながら言ってくる言葉にウィルフレッドはそれこそ不作法にも丁度口に含んでいた茶を吹かなかった自分を褒めたいと思った。

「な、まいきなこと言ってないでさっさと先ほどの朗読とやらを続けろ!」
「……うーん、やっぱりウィルって可愛い」
「アリー。年上に向かって言うことじゃないぞ。レディらしくない」
「はいはい」
「はい、は一回!」

 まさか自分が他人に対してこんなことを言う羽目になるとは、とウィルフレッドはほんの少し気が遠くなりそうだ。だが楽しそうに笑うアリーセを見ると、まぁいいかと思えた。



 聖モナの月に入る頃、ウィルフレッドたちはリストリア王国を後にした。あの後も夜、アレクシアとクリードがウィルフレッドの部屋へやって来ては話をしたりしていた。だが特に進展はない。クリードに頼んでいる術者についてはウィルフレッドたちが去ってから調べて欲しいと頼んでいるし、時折ケルエイダ王国から入る知らせにも目新しいことはなかった。

「結局ウィル。あなたとアリーセは進展しなかったのですね」
「姉上。彼女はまだ十四ですよ」
「あら。あなたとは二歳しか変わらなくてよ」
「それでも未成年です」
「結婚は未成年でも出来ますよ。国によっては十二歳で出来るところもあるんですってね。それに年齢差なんてそれこそ片方が未成年でいて親子ほど離れているなんてこともありますよ」
「狂気の沙汰だ」

 呆れ、引いたように言えばアレクシアが笑う。だがその後にため息を漏らしてきた。珍しい、とウィルフレッドは問いかけた。

「どうかされたんですか。クリードと何かありました?」
「クリード? まさか」

 何がどう、まさかなのか。

「アリーね、社交界デビューもしていませんし本人もそのつもりがないんでお断りはしているそうなんですけど、他国から結婚の話も出ているの。断ってもまた言ってくるそうで、アリーは前から少し辟易してるみたい」
「アリーが? そんなこと俺には一言も」
「言うはずないでしょう。あなたに変に気を遣わせないように」
「……子どものくせに」
「可愛いわよね」
「それは俺も思います。妹みたいに、とは」
「恋人じゃないのが残念ね。でもまあこればかりは仕方ないものね」

 いっそアレクシアにレッドのことを言おうかと、一瞬トチ狂ったかのごとく頭に浮かんだがウィルフレッドは小さく頭を振って払いのけた。代わりに違うことを聞く。

「どこの国です」
「アルス王国よ」
「ああ、弟のほうが確か十歳かそこらでしたっけ。いくら何でも早すぎませんか」
「残念。兄のほうよ。ジルベール・アングラード」
「はぁ? 確か俺より二歳も上じゃないですか……! 馬鹿じゃないのか」

 ウィルフレッドの剣幕にアレクシアが苦笑した。
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