不機嫌な子猫

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115話

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 出血は怖いがそれはされるまでの精神的なものが主であり、された後は実際のところ大して何ともない。医師でもナイフ使いでも何でもないクライドではあるが腕は確かで、されている時も切り傷は痛くなかったし終わった後もすぐに魔力を使って傷口は癒され、される前と何ら変わりはない。
 だがレッドにしてみれば主人を目の前で傷つけられるだけでなくそれに自分も加担したという気持ちが抜けないようだ。

「本当に必要なことだったのだ。安心しろ。だいたいお前、勘違いだし絶対にあり得ないと俺としては百回は主張する上で、俺とクライドが邪な関係だと思っているのだろう? だというのに何故クライドが俺を切りつけるはずがある」

 例えでも出来れば口にしたくないレベルのため、頭に勘違いであり得ないと付けた上でそう言っても「そう、なのですが」とレッドはまだ申し訳なさそうな顔をしている。

「では一体何にどう必要だと言うのですか」

 それは俺が元魔王であり、今の俺の血だけでも魔物は作用されるのかという実験に必要だからだ。

 まぁ、言えない。

 ウィルフレッドはウッと言葉に詰まった。とはいえそんな理由を知らなければ確かに術者が王子の腕を切りつけしかも血を採取するなどと意味が分からなさ過ぎるだろう。

「お、俺の健康診断だ」
「は? 切りつけることがですか」
「というより採血してその血を調べるためだ」
「血などを一体どう調べるのです」

 魔界では「血」が契約に際しとても有効になったり闇魔法ではそれを使ってかなり強い魔法を使うことが出来たりと扱いによっては特別なものになるが、人間界では特に意味を持たれていないというか下手をすると明確な理由もなくあらゆる病気の原因とさえ見られがちだ。それもあって瀉血などという胡散臭い治療法があったりする。そんな「血」から一体何が調べられるというのかとレッドでなくとも思うかもしれない。

「あー……あれだ。昔俺は相当虚弱だっただろう? 今は元気にはなったが代わりにというか、魔力はほぼ無いわ剣すら普通に扱えないわで俺としては完全体だとは言い切れん」
「……はぁ」
「クライドならば俺の血を何らかの方法で調べることで、その辺に絡む何かがあるかないかが分かるかもしれないらしい。俺としては多少血を抜かれてでもそれならば調べて欲しい、とだな」

 実際クライドから何故ウィルフレッドに魔力がほぼないかといった理由は聞いたし、今ウィルフレッドが口にしたことはほぼ嘘とはいえもっともらしい気がする。現にレッドも渋々といった様子だが納得したようだ。

「それなら仕方がありませんが、でも本当に大丈夫ですか?」
「問題ない」

 誤魔化すことに必死だったせいで今我に返るまで意識していなかったが、ふと気づけばレッドがとても近い。

 いっそ気づくな俺よ。

 そう願っても後の祭りだ。一気に顔が熱くなるのを感じた。

「本当に大丈夫でしょうか? 顔色が……」
「煩い。急に暑くなっただけだ」
「この部屋がですか? むしろ冷えてきたので薪を増やしましょうかと俺は言おうと思っていたくらいですが……」
「た、確かに室温は低いな! だがあれだ。必要なこととはいえ慣れないことをしたから今頃意識してなかった緊張が解けてきたのかもしれん、多分な! だから顔が逆上せたみたいになっただけだ。増やしていい」
「では」

 一旦離れると、レッドは暖炉の調整を始めた。ソファーに座っているウィルフレッドがそれをじっと見ていると『私はどうやらお邪魔のようですので』という声が頭に響いてきた。

「フェルっ?」
「はい? フェルがどうかしましたか?」
「い、いや。何でもない」

 怪訝な顔で振り向いてきたレッドは頷くとまた暖炉に向き合う。ウィルフレッドは姿を探し、見つけるとやはり毛並みがよくなっている魔獣をじろりと睨んだ。

『いたならいたと言え』
『クライドとお二人で話をなさっていた時からずっといましたが。ただウィルフレッド様の貴重な血のことに対し、残念ながら獣である私が口を挟む内容でもなく。とはいえ今こそ二人きりがよろしいかと思い、声をかけて退散しようかと考えた次第です』

 いっそこっそりと出てくれとウィルフレッドは居心地の悪い気持ちになりながらそっと思った。別に見られても問題ないようなやり取りしかしていないのだが、自分の所々レッドに対して抱いている何とも言えない気持ちがもしフェルに駄々洩れだったとしたら居たたまれない。
 黙ったまま睨みつけてもフェルは堪えた様子もなく『では』と一匹だけで移動しても咎められない別の部屋へ行ってしまった。
 思わず顔を手で覆っていると「そんなに逆上せられているんですか」とまた心配そうな声が聞こえてきた。

「ち、違う」

 顔を上げれば調整を終えたらしいレッドが基本無表情な顔を少しだけ困惑にも似た表情に変えてウィルフレッドを見ている。

「ならよかったですが。王子は何だかんだで確かに幼少期は病弱でしたし大きくなられても小柄で」
「そこは別に放っておけ」
「力も十二分に溢れてはおられませんし、その上昨年など記憶喪失にまでなられました」
「人を虚弱の権化みたいに言うな」
「あまり無理はされないでくださいと言っているんです。医療的なことは全く分かりませんが、出血し過ぎるとよくないことくらいは剣を扱う身なので分かります」
「わ、分かっておるわ」

 主人だからこその心配だとも分かっているが、どうにもくすぐったくてウィルフレッドは少し俯いた。
 ふと、側近だからとはいえこんなに心配してくれるレッドに「実は元魔王だ」と口にすればどんな反応が返ってくるのだろうかと思った。
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