不機嫌な子猫

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116話

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 あの後、つい本当に口にしてしまったが、結局信じてもらえないままだ。
 それはそうだろうとウィルフレッドとしても分からなくはない。
 かつて魔王が存在していたのは三百年以上前のことだ。今では魔王どころか魔界すら存在しない。魔物は未だにいるものの、国境の村事件の時は別として基本的に強い魔物の存在も認められてはいない。
 おまけに生まれ変わりなど、民間で語り継がれる物語ではあるまいし、実際経験している者など少なくともウィルフレッドは自分以外に聞いたこともない。
 だがそれでもどこかでレッドならすぐに信じてくれるのでは、どんなことでも受け入れてくれるのではと思っていた。

「レッド」
「はい」
「俺はな、実は魔王の生まれ変わりなんだ、クライドによって封じ込められた。だからあいつも俺の存在に気づいているし、今回は元魔王のそれも血液であっても魔物を思い通りに動かせるか調べたいと考えたようだ。俺の血を取られたのは、本当はその実験のせいだ」

 思い切って打ち明けたことでウィルフレッドの心臓はレッドにも聞こえるのではないかというくらい大きく鼓動していた。ごくりと唾を飲み込みレッドを見上げる。
 レッドは──淡々と真顔だった。

「そうですか」
「ああ。……って何だそのうっすい反応は! 何でスンッとしてるのだ!」
「王子、いくら俺が医療関連のこと何も分からないからと言ってもからかわれておられることくらい分かります。ちゃんと先ほどおっしゃった理由で十分納得しておりますから」
「え、あ、あぁ」

 崖から飛び降りるかのような心意気で言ったつもりだったというのにとウィルフレッドは脱力した。だが仕方がないのも分かる。クライドは実際ウィルフレッドが魔王ファリィオだった姿を見ている上で封じてきただけでなく、術者だからこそ生まれ変わりすら自然と受け入れられたのだろう。レッドは優秀だろうが何だろうが普通の人間だ。ウィルフレッドを信じる信じないの次元ではなく、魔王や生まれ変わりといった事柄自体があまりに身近ではなさ過ぎるのだろう。

 ──ってことで俺はただの痛い発言をしているやつということになる。

「部屋もそろそろ暖まってきましたね。俺はじゃあ……」

 血を得たクライドもいそいそと部屋を出ている上にウィルも鬱陶しい気の使い方をしてきたためにここにいない。ウィルフレッドは思わず「待て」と今にも出て行こうとしていたレッドの腕をつかんだ。

「王子?」
「あ、あれだ。血を少し抜いたからだろうな。顔は逆上せたりしているがやはり体温が下がって寒い」
「ではベッドに入って──」
「病人ではない」
「ああでは……」

 レッドがさっと動いてブランケットを持ってきてウィルフレッドにふわりと掛けた。違うそうじゃない、本当に出来る側近だなと内心少し嫌味を込めて思う。

「しばらく寒さが続くようでしたらやはりベッドに横になってください」
「問題ない。一時的なものだ。いいからお前、一緒に座ってくっついてろ。じゃあ俺もすぐに暖まる」
「しかし……」
「寒い」
「──失礼いたします」

 一緒に眠ることに抵抗はなくなっている様子とはいえ、基本的にレッドはウィルフレッドに対してあまり近くあろうとしない。何かあればむしろ止めてくれという勢いで横抱きに抱えて運んだりすらするくせに、普段は一定の距離を保ちたがる。いくら紛うことなき忠誠を誓っていようが主人に対してはやはり距離を保ちたいのだろう。今も仕方なくといった風にレッドはウィルフレッドの隣に座ってきた。
好きだと自覚してからひたすら動揺したり体のあちこちから支障が出たり動揺したり、動揺したりだったウィルフレッドだが、思い切って打ち明けてみたものの全く本気と受け取られずとてつもなくサラリと流されたせいだろうか。心臓が口から垂れ流れそうになることもなく自らレッドの上に向かい合うようにして座りなおせた。

「王子」
「煩い。暖かいからこのままでいろ」

 即言い返しながらレッドの胸元に顔を埋める。頭上で小さなため息が聞こえたがその後にブランケットを二人とも包むようにして掛け直してくれた。
 とてつもなく暖かい。ベッドの中に潜ったほうが安定して暖かいかもしれないが、今こうしているのがウィルフレッドにとっては一番暖かかった。
 ふわりとレッドの匂いが漂う。石鹸と朝露と、木や苔むす森が混じりあったような香りがする。つい顔をすり、っと胸元に押し付けて深呼吸したくなる。そしてそんな自分に気づき、今頃になってようやく最近すぐやってくる動揺と心臓の支障がウィルフレッドを襲ってきた。

 俺は一体何をやっているのか。

 思わずそんなことを心の中で問いかけたが、何をも何も、好きだと気づく以前は散々体を重ねあっていたくらいだ。今更これくらいどうってことはないはずだ。
 そう言い聞かせても心臓がドキドキと煩く鼓動するのはマシにならない。せめてレッドにばれないよう、むしろ顔を更に胸元に押し付けた。こうすれば自分の胸板がレッドにくっつくことはない。

「王子。もう子どもではないんですから」

 いつも子ども扱いはするなと昔から言ってはいたが、これはちょっと違うぞとウィルフレッドはブランケットとレッドに包まれながら微妙に思う。改めてレッドはウィルフレッドに対してそういう気持ちではないのだろうなと否応なしに実感した。
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