スキンシップ

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10話

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 夢の中での黒兎はそれはもう、手を合わせて祈りたい程かわいかった。朝、一瞬今自分がどこにいるのかわからなくて混乱しつつもようやく我に返った麻輝は、今の状況よりも何よりも夢を忘れないよう反芻していた。手ではなく、ひたすら麻輝に甘え、触れてくるそれも扇情的な黒兎だった。
 改めて記憶にインプットしなおした後、枕に顔を埋め、とてつもなく落ち込む。
 同じ部屋で黒兎が眠っている状態だというのに、夢のせいで自分の分身が少々どころか結構暴れん坊状態になっていることにも落ち込むが、主にはそれではない。
 昨夜のことだ。黒兎はとても見事に残念な勢いで「クロフェチ」を納得してくれた上でどこに触れてもいいとさえ言ってくれた。
 だというのに結局麻輝はなにもできなかった。
 いや、挑戦はした。恐る恐る髪に触れたのだ。ずっと触れたいと思っていた一つでもあった。黒兎の、とても深くて綺麗な黒に指を通したいと思っていた。
 思っていた通り、それはとてもサラサラとして滑らかだった。いや、少し硬めにも見えていた髪質だが、思っていた以上にサラサラとしていた。

 ヤバイ、ムリ。髪に顔も埋めたい。匂い嗅ぎたい。キスしたい。というか他のところにも同じようにしたい。

 もの凄い勢いで思考が先走っていると黒兎が「ヘアフェチ?」と麻輝を見てきた。それでありがたくも少しクールダウンできた。

「い、いや違うよ。クロ厨だから髪に限らない……」
「なら他も触っていい」

 黒兎はサラリとそんなことを言うと麻輝のずっと握っている手にまた指を這わせてきた。
最高に幸せを噛みしめそうだったがハッとなる。

 何かこれ、まるでセックスみたいじゃないか?

 お互いの好きなところに触れ合う行為に煽情的な意味以外どう考えていいかむしろわからない。だというのに黒兎は相変わらずひたすら手に関心を寄せている以外は何ともなさそうだった。
 少し胸が痛くなる。と同時に、やはりこんな状態で我を忘れそうな行為を続ける訳にはいかないと麻輝は思った。

「や、やっぱりもういい、かな」
「あっさりしてるな」
「う、うん。ちょっと眠くなってきたし」
「じゃあ寝るか」

 寝るか。

 黒兎が放った何でもないはずの言葉が歪んだ言葉として麻輝の中に行き渡る。

「だ、だね! お、おや、おやすみ!」

 そのまま黒兎の布団に入りそうになったことに関しては、誓って言うが他意はなかった。邪な気持ちになる余裕すらなく、ただ慌て焦っての行動だった。むしろ一緒に眠るなど、蛇の生殺しよりも惨い。
 ただそれに気づくよりも前に黒兎が「お前はあっち」とサラリと言ってきた。助かった訳だが、黒兎にあっさり言われると勝手な話、少し落ち込んだ。
 そして麦彦のベッドを借りて今に至る。自分のヘタレっぷりに呆れて落ち込む。何とも情けないとしか思えなかった。

 普通、男が据え膳状態で逃げ腰になるか? 俺、バカじゃねーの?

 とはいえあのまま勢いで手を出していたら今頃もっと後悔することになっていたような気がする。麻輝はため息を吐きながら起き上がった。黒兎が目を覚ます前に自分の前を落ち着けておきたかった。
 別に朝から抜く訳じゃない。というか人の部屋でそんなことはできない。麻輝はとりあえず洗面所へ入り歯を磨いた。大抵朝立ちはこうしていると収まってくれる。
 ただ今回は黒兎が近くで眠っているのを全自分が把握しているからか、中々縮んでくれない。顔も洗い終えた後、いい加減尿意も我慢できないところまできていたので麻輝は仕方なくトイレへ入った。
 先ほどよりは少しマシにはなっているので、そのまま便器の前に前かがみになり、便器の前の壁に片手をついた。決して、抜く体勢ではない。不自然すぎる体勢だが、こうでもしないと勃起している状態では厳しいからだ。下手をしたら飛び散ってしまう。
 もう一度ため息を吐きながら、麻輝はなんとか綺麗に用を足した。今度はスッキリしてため息を吐く。自分の部屋なら自分で掃除するが、黒兎の部屋を例えトイレであれ尿で汚すなんて嫌だった。
 ようやく収まってくれた自分の分身を下着の中へしまい、ずらしていたズボンをあげると水を流し、手を洗う。
 戻ると黒兎が横たえていた体をのそりと起こすところだった。

「起きたんだ。おはよ」

 近づきながらニコニコと話しかける。お泊りはヘタレな結果ではあったが、こうして朝の挨拶を黒兎がベッドから起き上がったところですぐにできることだけでもとてつもなく幸せを感じた。

「……おはよ」

 まだ眠そうな黒兎がぼんやりしたまま掛け布団をめくる。
ニコニコしていた麻輝は笑顔のままもの凄い勢いでその布団を掛けなおした。

「……何やってんだ? 今日も学校あんのに」
「っえっ? あ、いや……」

 君の分身が何というか。

 口にしにくいので目線で訴えるが「布団がどうかしたのか」と伝わらない。もう一度目線で訴えようとしたら「何か挙動不審だけど」と気持ち悪い人を見るような顔で言われる。

「……勃ってましたので」
「……なんで敬語? つか、そりゃ朝だしな。お前だって勃つことあるだろ」

 黒兎は恥ずかしがるどころか淡々とした様子だった。とても男らしくてつい麻輝はキュンとしそうになったが「何か違うだろ」と自分に微妙になる。

「ああ、まあ、そうなんですが」
「だからなんで敬語。お前も自分ので知ってるだろ。放っておけばその内収まるから」

 黒兎は動じることなく、ただ微妙な顔を麻輝に向けた後に布団をめくり、堂々とベッドに腰かけた状態でテレビを付けた。
 ちなみにテレビは常備されていない。この部屋のテレビは麦彦が持ってきたそうだ。麻輝の部屋では青貴がパソコンを置いている。それでテレビも観られる。
 麻輝もテレビがついていたらなんとなくぼんやりとでも見てしまう方だが、今だけはどうしても目線は黒兎の股間に釘づけだった。自分でも自分が残念だと思う。
 しかし目を離せないでいるとテレビを見ていたはずの黒兎が「何?」と不思議そうに麻輝を見ていた。目線が下だったため、気づけなかった。

「っあ、いや、な、何でもない何でもない」
「……? 制服着替えたりとかちゃんとするぞ。……あー、ちんぽか。そんなにおっ勃ててんの気になんのか」
「ダメ!」
「は?」
「クロはそういう言い方しちゃダメだって! なんかこう、もっと上品に!」

 黒兎の言い方に、つい勢いよく言い返してしまった後に黒兎の引いたような表情に気づく。

「あ、えっと」
「お前、俺フェチだからって言い方までなんか拘りあんの?」

 そっちに行くんだ……!

「えー、あー……ぅんー……」
「なんて言えばいいの。ペニスを勃起させてるのが気になるのか、か?」
「……いや、別に言い直さなくてよかった、です……」
「また敬語? 変なヤツ」

 黒兎の目が細められ少し目元が垂れる感じになる。薄っすらと笑いじわができる。

 ああ……、幸せだな。

 先ほどからひたすら焦ったりドキドキしていた麻輝はまたなんとなく思った。
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