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12話
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「マキのが一番」
そう言っても麻輝は「へぇ」とどうでもよさそうに呟きながらあらぬ方向を見ている。別に手さえ貸してくれているのならそれでも構わない訳だが、数少ない友人としてその態度は冷たいと黒兎はぼんやり思う。
ただこうしていいように触らせてくれているので実際冷たい訳ではないとも思っている。なので構わず触れ続けているとどんどんと舐めたい欲求が高まってきた。
「……舐めたい」
思わずため息を吐きながら呟くと、今度はハッキリいい加減にしろと言われる。
「あまりやり過ぎると触らせないって言ってるだろ」
言っているし、わかっている。それでもムッとした気持ちになり「ケチ」と不平を漏らすと「ケチじゃないの!」と窘められる。
「クロ、考えてもみろよ。男同士で手を舐め、舐められてる図! この学校の雰囲気が許しても世間様では許されねーからね! 奇異にしか映らないからねっ?」
それだって、とてもわかっている。だからこそ、軽率であろう中学生だった当時ですら、黒兎は誰にも自分が手フェチだとは言わなかった。普段皆が気軽に「俺足フェチだからさ」「匂いフェチなんだ」などと言っているのは本格的じゃないから言えるんじゃないかと黒兎は思っている。
実際に、例えば好きな匂いを嗅ぐだけで興奮して一晩中嗅いでも気が済まない、とかだとしたら多分その人はあえて言わない気がする。
黒兎もできるのなら好みの手を見るたびに画像を撮り、触れ、握り、そして舐めたり噛んだりしたい。だがそれが一般的にはおかしなことだというのはわかっている。単に、触れたい、見たいだけでもその対象が「手」というだけで一般的だとはあまり思ってもらえないだろう。
いきなり知らない人の姿を撮ったりどこであれ触れたりすることすらある意味犯罪だろうが、普通ならば興奮材料になる胸や性器をさらけ出して歩いていない。黒兎にとって手はそういう意味に近い。それくらい、手を性的なものとして捉えている。
もちろん裸で歩く時点でその本人もどうかと思うが、例えば誰か女性がもし出してもおかしくない場所で胸をさらけ出していたら、皆堂々と見るだろうし撮ったり触れたりしたいと思うはずだ。
「……ッチ」
思わず舌打ちだってしたくなる。至るところで興奮材料がさらけ出されているのだ。手が好きだという人の中でも黒兎とは違った好み方をする人もいるだろうし本当に人それぞれだとは思うが、とりあえず黒兎にとってはまさに天国であり地獄だ。
「舌打ちもなし! あのねえ、クロ。俺は受け入れてるからいいけど、ほんと他ではするなよ。君のそれは、本来隠れて楽しむよーなものなんだからな」
麻輝はいいやつだが、たまにこうして冷たかったり説教じみたことを言ってきたりする。わかっていることだけに面倒臭くなり、黒兎はそういう場合、話を聞かない。ベッドに転がり雑誌に目を通したりする。
それはそれで楽しい。説教した後の麻輝は大抵すぐに折れてこちらの様子を窺ってきたりするからかもしれない。ただ、それを隙ありとばかりに舐めていいのか聞いてもやはり駄目だと言う。ガードが堅いなとその度にため息を吐く。
ただそれでも麻輝はいいやつだと思う。
ルームメイトの麦彦の手も麻輝ほどではないがとてもいい手をしていて、つい触ってしまったりした。麦彦の場合は向こうから「手フェチ?」と言ってきた。それもあってもしかしたら麦彦のほうがフェチに対する理解度があるのかもしれない。手だってもっと触らせてくれるのかもしれない。
だがなんとなく、麻輝のほうが触れやすかった。一番お気に入りの手だからというのもあるだろうが、麻輝が多分そういう人柄なんだと黒兎は思っている。
いいやつだもんな。
麻輝が部屋に泊まった時に「恐るべき子供たち」の話を少ししたことがある。何を読んでいるのかと聞かれ、本のタイトルを言った時の麻輝の反応はたまに「冷たい」と思う反応と似ていた。
「……へぇ」
ただ、麻輝は普段からこういった文学が得意ではないようなので恐らく「知らないな」というところから来る反応だったのかもしれない。
何となく微妙な顔をしている麻輝に、黒兎はぽつりと告げた。
「……マキは……ここに出てくるマリエットみたいだ」
「っえ? 俺? まりえっと……ってどんな人? なんか女性みたいな名前だけど」
「うん。主人公たちの世話をする年配の女中」
「待って。年配? 女中? 俺、クロの中でどんな立ち位置なの……っ?」
麻輝の反応がおかしくて黒兎は少し笑う。
マリエットという名前の、主人公たちを世話する年配の女中が作品に出てくる。
「一体どんな話? 子どもが怖いって話? ホラー?」
「……どんな……。同性愛とか嘘、盗み、宝物、人との関係、近親相姦のような感覚が絡んだ、未熟でいて永遠の子どものひたすら真っ直ぐで狂気的な気持ちを描いた話……?」
「余計わからないよ……」
困ったような麻輝を見ながら、黒兎は思った。
麻輝に言ったような登場人物や設定が絡み合う話で、マリエットだけはとても好ましいと黒兎は考えている。主人公たちもマリエットに対してだけは、子どもらしい純粋な愛情を持っていたように思える。
そんな存在なのだ。麻輝はそんな存在に似ている。とはいえ麻輝には伝わらず、しばらく続けた後でいつものように「へぇ」と言ってくる。
そろそろこの「へぇ」が麻輝ならではの受け流しだろうかと黒兎は思いながら、当然のように麻輝の手を取った。
よく受け流してくるのなら、もしかしたらどこかでやはり迷惑だと思っているのだろうか。
男同士で手を触れている状態は当たり前の光景という訳ではないだろう。この学校にいる限りでは、特に奇異に映ることはないかもしれないが、そもそも黒兎も麻輝もゲイではない。
麻輝が女だったらよかったのにと少し思ってみたが、女だったとしたらこうして気安く手に触れることもできなかったかもしれない。
男同士で手を触れることについて考えても、黒兎にとっては全然ありなので違う風に考えてみる。
男同士で抱きしめ合う。
男同士でキスをする。
男同士で――
あまり考えたくなくなってきて、黒兎は微妙な顔になりながらため息を吐いた。そう考えるとやはり麻輝相手だろうが、手に触りまくるのもよくないのかもしれない。いくら麻輝がいいやつで「クロフェチ」とやらでも、さすがに気持ち悪いと思うかもしれない。
ただ、あまりに手が好み過ぎるからだろうか。麻輝の手を舐めることを小さな夢にしているからだろうか。
キスくらいなら、麻輝とはできそうな気もする。手が唇になっただけだ。そう思ったところでその発想なら好みの手をしている者なら誰でもキスくらい余裕ということになると気づく。
だがやはり一番お気に入りの手だからだろうか。麻輝の人柄だろうか。麻輝の手が触れやすいように、キスも恐らくできそうなのは麻輝くらいかもしれないと思った。
……しないけれども。
何でこんな発想になったのかと黒兎は微妙になる。どうせキスするなら女性に、というか付き合う相手にしたいものだ。手フェチとはいえ、付き合う相手は手ではなく恋愛対象であるくらい黒兎も把握している。
うんうん、と納得していると麻輝の声が聞こえた気がした。手以外に関心がない黒兎でも、最近は麻輝の声を他の声の中から簡単に聞き分けできる。
そんなにわかりやすい声なのだろうかと考えていると「どうかしたの?」と麻輝が顔を覗き込んできた。ギョッとした後に抱きしめるように伏せていた机から顔を上げる。
クラスが違うのに何でここにいるんだとぼんやり見ていると「今日は昼ごはん、一緒に食べる約束だろ」と麻輝がニコニコ笑いかけてきた。
そう言っても麻輝は「へぇ」とどうでもよさそうに呟きながらあらぬ方向を見ている。別に手さえ貸してくれているのならそれでも構わない訳だが、数少ない友人としてその態度は冷たいと黒兎はぼんやり思う。
ただこうしていいように触らせてくれているので実際冷たい訳ではないとも思っている。なので構わず触れ続けているとどんどんと舐めたい欲求が高まってきた。
「……舐めたい」
思わずため息を吐きながら呟くと、今度はハッキリいい加減にしろと言われる。
「あまりやり過ぎると触らせないって言ってるだろ」
言っているし、わかっている。それでもムッとした気持ちになり「ケチ」と不平を漏らすと「ケチじゃないの!」と窘められる。
「クロ、考えてもみろよ。男同士で手を舐め、舐められてる図! この学校の雰囲気が許しても世間様では許されねーからね! 奇異にしか映らないからねっ?」
それだって、とてもわかっている。だからこそ、軽率であろう中学生だった当時ですら、黒兎は誰にも自分が手フェチだとは言わなかった。普段皆が気軽に「俺足フェチだからさ」「匂いフェチなんだ」などと言っているのは本格的じゃないから言えるんじゃないかと黒兎は思っている。
実際に、例えば好きな匂いを嗅ぐだけで興奮して一晩中嗅いでも気が済まない、とかだとしたら多分その人はあえて言わない気がする。
黒兎もできるのなら好みの手を見るたびに画像を撮り、触れ、握り、そして舐めたり噛んだりしたい。だがそれが一般的にはおかしなことだというのはわかっている。単に、触れたい、見たいだけでもその対象が「手」というだけで一般的だとはあまり思ってもらえないだろう。
いきなり知らない人の姿を撮ったりどこであれ触れたりすることすらある意味犯罪だろうが、普通ならば興奮材料になる胸や性器をさらけ出して歩いていない。黒兎にとって手はそういう意味に近い。それくらい、手を性的なものとして捉えている。
もちろん裸で歩く時点でその本人もどうかと思うが、例えば誰か女性がもし出してもおかしくない場所で胸をさらけ出していたら、皆堂々と見るだろうし撮ったり触れたりしたいと思うはずだ。
「……ッチ」
思わず舌打ちだってしたくなる。至るところで興奮材料がさらけ出されているのだ。手が好きだという人の中でも黒兎とは違った好み方をする人もいるだろうし本当に人それぞれだとは思うが、とりあえず黒兎にとってはまさに天国であり地獄だ。
「舌打ちもなし! あのねえ、クロ。俺は受け入れてるからいいけど、ほんと他ではするなよ。君のそれは、本来隠れて楽しむよーなものなんだからな」
麻輝はいいやつだが、たまにこうして冷たかったり説教じみたことを言ってきたりする。わかっていることだけに面倒臭くなり、黒兎はそういう場合、話を聞かない。ベッドに転がり雑誌に目を通したりする。
それはそれで楽しい。説教した後の麻輝は大抵すぐに折れてこちらの様子を窺ってきたりするからかもしれない。ただ、それを隙ありとばかりに舐めていいのか聞いてもやはり駄目だと言う。ガードが堅いなとその度にため息を吐く。
ただそれでも麻輝はいいやつだと思う。
ルームメイトの麦彦の手も麻輝ほどではないがとてもいい手をしていて、つい触ってしまったりした。麦彦の場合は向こうから「手フェチ?」と言ってきた。それもあってもしかしたら麦彦のほうがフェチに対する理解度があるのかもしれない。手だってもっと触らせてくれるのかもしれない。
だがなんとなく、麻輝のほうが触れやすかった。一番お気に入りの手だからというのもあるだろうが、麻輝が多分そういう人柄なんだと黒兎は思っている。
いいやつだもんな。
麻輝が部屋に泊まった時に「恐るべき子供たち」の話を少ししたことがある。何を読んでいるのかと聞かれ、本のタイトルを言った時の麻輝の反応はたまに「冷たい」と思う反応と似ていた。
「……へぇ」
ただ、麻輝は普段からこういった文学が得意ではないようなので恐らく「知らないな」というところから来る反応だったのかもしれない。
何となく微妙な顔をしている麻輝に、黒兎はぽつりと告げた。
「……マキは……ここに出てくるマリエットみたいだ」
「っえ? 俺? まりえっと……ってどんな人? なんか女性みたいな名前だけど」
「うん。主人公たちの世話をする年配の女中」
「待って。年配? 女中? 俺、クロの中でどんな立ち位置なの……っ?」
麻輝の反応がおかしくて黒兎は少し笑う。
マリエットという名前の、主人公たちを世話する年配の女中が作品に出てくる。
「一体どんな話? 子どもが怖いって話? ホラー?」
「……どんな……。同性愛とか嘘、盗み、宝物、人との関係、近親相姦のような感覚が絡んだ、未熟でいて永遠の子どものひたすら真っ直ぐで狂気的な気持ちを描いた話……?」
「余計わからないよ……」
困ったような麻輝を見ながら、黒兎は思った。
麻輝に言ったような登場人物や設定が絡み合う話で、マリエットだけはとても好ましいと黒兎は考えている。主人公たちもマリエットに対してだけは、子どもらしい純粋な愛情を持っていたように思える。
そんな存在なのだ。麻輝はそんな存在に似ている。とはいえ麻輝には伝わらず、しばらく続けた後でいつものように「へぇ」と言ってくる。
そろそろこの「へぇ」が麻輝ならではの受け流しだろうかと黒兎は思いながら、当然のように麻輝の手を取った。
よく受け流してくるのなら、もしかしたらどこかでやはり迷惑だと思っているのだろうか。
男同士で手を触れている状態は当たり前の光景という訳ではないだろう。この学校にいる限りでは、特に奇異に映ることはないかもしれないが、そもそも黒兎も麻輝もゲイではない。
麻輝が女だったらよかったのにと少し思ってみたが、女だったとしたらこうして気安く手に触れることもできなかったかもしれない。
男同士で手を触れることについて考えても、黒兎にとっては全然ありなので違う風に考えてみる。
男同士で抱きしめ合う。
男同士でキスをする。
男同士で――
あまり考えたくなくなってきて、黒兎は微妙な顔になりながらため息を吐いた。そう考えるとやはり麻輝相手だろうが、手に触りまくるのもよくないのかもしれない。いくら麻輝がいいやつで「クロフェチ」とやらでも、さすがに気持ち悪いと思うかもしれない。
ただ、あまりに手が好み過ぎるからだろうか。麻輝の手を舐めることを小さな夢にしているからだろうか。
キスくらいなら、麻輝とはできそうな気もする。手が唇になっただけだ。そう思ったところでその発想なら好みの手をしている者なら誰でもキスくらい余裕ということになると気づく。
だがやはり一番お気に入りの手だからだろうか。麻輝の人柄だろうか。麻輝の手が触れやすいように、キスも恐らくできそうなのは麻輝くらいかもしれないと思った。
……しないけれども。
何でこんな発想になったのかと黒兎は微妙になる。どうせキスするなら女性に、というか付き合う相手にしたいものだ。手フェチとはいえ、付き合う相手は手ではなく恋愛対象であるくらい黒兎も把握している。
うんうん、と納得していると麻輝の声が聞こえた気がした。手以外に関心がない黒兎でも、最近は麻輝の声を他の声の中から簡単に聞き分けできる。
そんなにわかりやすい声なのだろうかと考えていると「どうかしたの?」と麻輝が顔を覗き込んできた。ギョッとした後に抱きしめるように伏せていた机から顔を上げる。
クラスが違うのに何でここにいるんだとぼんやり見ていると「今日は昼ごはん、一緒に食べる約束だろ」と麻輝がニコニコ笑いかけてきた。
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