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8話
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玄関から出てきたのはまだ学校帰りといった聖恒だった。
「いらっしゃい、先生」
ドライブへ行った時は散々「めぐちゃん」と呼んできた聖恒は、いつものように「先生」と呼んでくる。そういう部分はむしろ真面目だなと恵は何となく微笑ましく思った。
「こんにちは」
家へ入れてもらうと、母親の他に見たことのない学生服姿の少年が恵を見ていた。聖恒と同じ歳くらいの、聖恒とはタイプの違ったかわいらしい顔立ちをしている。改めて「やっぱり今時の子は皆男の子もかわいらしいな」と内心そっと微笑む。身長は聖恒よりほんの少しだけ小さいくらいだろうか。
「こんにちは、初めまして」
仕事だからか、普段よりも愛想がいいことは自分でもわかる。恵が笑みを浮かべて挨拶すると、その少年はニッコリ笑いかけてきた。
「こんちは! 俺、近所に住むただの少年です。俺は気にせずに上できょーにスパルタ授業してやってください」
その勢いに圧倒されていると聖恒が呆れた顔しながら間に入ってきた。
「……おい、こん。すみません、先生。こいつ、俺の幼馴染みの紺野真和です。でも無視してくれたらいいんで」
ニッコリ聖恒に言われ、恵は苦笑するしかなかった。幼馴染みという真和と聖恒のやりとりはとても気安く楽しそうだ。恵は羨ましくも思う。
一応友人と呼べる相手がいても、この二人のような、気が置けない存在は恵にいない。昔から、恵にはどこか壁を作ったようなところがあったせいだろう。親友と呼べる友人はいたことない。ただ、友人関係を面倒くさいものだと思ってしまう性格はきっと治らない気がする。
「どうしました?」
勉強を始めてから聖恒が問題を解いている間、恵は前回宿題として出していた問題の聖恒が書いた回答をチェックしていた。その際についぼんやりしていたようで、気づいた聖恒が恵に聞いてきた。
「あ、いや。紺野くんだっけ? 彼と仲よさそうで羨ましいなあと思って」
「そうですか? あいつ煩いだけですよ。あ。それよりこの問題も解けたんで見てください」
宿題は完璧だった。おまけに今解いていた問題も正解だ。恵は聖恒の頭をポンと撫でる。
「凄いね。宿題もこの問題も完璧。きよは飲み込みが早くて、寂しいくらいだよ」
恵が言うと、聖恒は得意げに笑った。その表情が本当にかわいくて、恵はもっと聖恒の頭をクシャクシャとしたくなった。それをグッと堪える。
弟がいたらこんな感じなのだろうなと考える。実際に聖恒が弟である遥希が羨ましく思えた。
時間となり、二人で階下へ降りる。下では真和が夕食の手伝いをしていた。時間はもう七時半を過ぎている。このままここへ泊まる予定なのだろうかと恵はちらりと真和を見る。
何故かモヤモヤとした。だが何となく複雑なこの気持ちが何なのかはわからない。
聖恒と母親が恵を玄関まで見送ってくれた。家から出て帰ろうと歩いていると、聖恒と同世代くらいの少女とすれ違った。その少女は「きょーちゃん!」と聖恒を呼びながら聖恒の家へ入っていく。気軽に家へ出入り出来るくらい親しい子なのだろうなと恵は少し振り返った後にまた歩き出しながら思った。聖恒には遥希以外に兄弟は確かいなかったはずだ。
「そういえばプライベートな話ってあまりしたことなかったけど、きよは彼女がいてもおかしくないもんな」
ぼそりと呟く。すると胸がツキリと痛んだ。自分に懐いている生徒を取られたような気分にでもなったか、と恵は思う。友人関係を面倒がるくせに勝手なものだなと自嘲ぎみに笑う。
彼女に関してもそうだ。いや、さすがに彼女に対して面倒がったことはない。告白され、自分もちゃんと好きだと思いつき合った。そして気づけば振られている。いつもそのパターンだ。面倒がってはいないが、彼女に対してもきちんとした関係を結べていない気がする。
「……大切にしてきたとは思うんだけどな」
それでも振られるということは、自分の何かが足りないのか駄目だということなのだろう。
「私のこと、好き?」
「好きだよ」
「私のこと、どう思ってる?」
「大事だよ」
聞かれるとちゃんと答えてきた。普段も彼女をできる限り優先させてきた。デートもしたし誕生日や記念日は忘れなかった。セックスだって丁寧に大事に扱った。それでも何か駄目なのだろう。
振られると落ち込んだ。ちゃんと好きだったのだ。落ち込むに決まっている。
「あなたがわからない」
そんな風に言われたこともある。
俺もそれじゃあわからないよ。何が足りない? 何が駄目なの?
ただ、言われた時は「そう……」としか言えなかった。
もしかしたら、だから複雑な感情が胸に宿るのだろうかと恵は小さく首を傾げた。聖恒はきっと、彼女ともいい関係を築けそうだと恵は思う。 きっととても仲よく楽しく過ごすのだろう。
それが羨ましいのだろうか。だから胸が痛む?
人との関係性を面倒がるくせに、と恵はまた思った。
ただ、羨ましいと思って複雑な感情になっているのとも違うような気もする。やはり、取られたような気持ちになったからか。
それとも他に理由ある?
こういった人づき合いが数学のようだったなら簡単だろう。決まったルールや理由があり、それを理解しているからこそ、それらを厳密に守りつつ色んな展開や発想を楽しめる。
何て楽で楽しいのか。
「いらっしゃい、先生」
ドライブへ行った時は散々「めぐちゃん」と呼んできた聖恒は、いつものように「先生」と呼んでくる。そういう部分はむしろ真面目だなと恵は何となく微笑ましく思った。
「こんにちは」
家へ入れてもらうと、母親の他に見たことのない学生服姿の少年が恵を見ていた。聖恒と同じ歳くらいの、聖恒とはタイプの違ったかわいらしい顔立ちをしている。改めて「やっぱり今時の子は皆男の子もかわいらしいな」と内心そっと微笑む。身長は聖恒よりほんの少しだけ小さいくらいだろうか。
「こんにちは、初めまして」
仕事だからか、普段よりも愛想がいいことは自分でもわかる。恵が笑みを浮かべて挨拶すると、その少年はニッコリ笑いかけてきた。
「こんちは! 俺、近所に住むただの少年です。俺は気にせずに上できょーにスパルタ授業してやってください」
その勢いに圧倒されていると聖恒が呆れた顔しながら間に入ってきた。
「……おい、こん。すみません、先生。こいつ、俺の幼馴染みの紺野真和です。でも無視してくれたらいいんで」
ニッコリ聖恒に言われ、恵は苦笑するしかなかった。幼馴染みという真和と聖恒のやりとりはとても気安く楽しそうだ。恵は羨ましくも思う。
一応友人と呼べる相手がいても、この二人のような、気が置けない存在は恵にいない。昔から、恵にはどこか壁を作ったようなところがあったせいだろう。親友と呼べる友人はいたことない。ただ、友人関係を面倒くさいものだと思ってしまう性格はきっと治らない気がする。
「どうしました?」
勉強を始めてから聖恒が問題を解いている間、恵は前回宿題として出していた問題の聖恒が書いた回答をチェックしていた。その際についぼんやりしていたようで、気づいた聖恒が恵に聞いてきた。
「あ、いや。紺野くんだっけ? 彼と仲よさそうで羨ましいなあと思って」
「そうですか? あいつ煩いだけですよ。あ。それよりこの問題も解けたんで見てください」
宿題は完璧だった。おまけに今解いていた問題も正解だ。恵は聖恒の頭をポンと撫でる。
「凄いね。宿題もこの問題も完璧。きよは飲み込みが早くて、寂しいくらいだよ」
恵が言うと、聖恒は得意げに笑った。その表情が本当にかわいくて、恵はもっと聖恒の頭をクシャクシャとしたくなった。それをグッと堪える。
弟がいたらこんな感じなのだろうなと考える。実際に聖恒が弟である遥希が羨ましく思えた。
時間となり、二人で階下へ降りる。下では真和が夕食の手伝いをしていた。時間はもう七時半を過ぎている。このままここへ泊まる予定なのだろうかと恵はちらりと真和を見る。
何故かモヤモヤとした。だが何となく複雑なこの気持ちが何なのかはわからない。
聖恒と母親が恵を玄関まで見送ってくれた。家から出て帰ろうと歩いていると、聖恒と同世代くらいの少女とすれ違った。その少女は「きょーちゃん!」と聖恒を呼びながら聖恒の家へ入っていく。気軽に家へ出入り出来るくらい親しい子なのだろうなと恵は少し振り返った後にまた歩き出しながら思った。聖恒には遥希以外に兄弟は確かいなかったはずだ。
「そういえばプライベートな話ってあまりしたことなかったけど、きよは彼女がいてもおかしくないもんな」
ぼそりと呟く。すると胸がツキリと痛んだ。自分に懐いている生徒を取られたような気分にでもなったか、と恵は思う。友人関係を面倒がるくせに勝手なものだなと自嘲ぎみに笑う。
彼女に関してもそうだ。いや、さすがに彼女に対して面倒がったことはない。告白され、自分もちゃんと好きだと思いつき合った。そして気づけば振られている。いつもそのパターンだ。面倒がってはいないが、彼女に対してもきちんとした関係を結べていない気がする。
「……大切にしてきたとは思うんだけどな」
それでも振られるということは、自分の何かが足りないのか駄目だということなのだろう。
「私のこと、好き?」
「好きだよ」
「私のこと、どう思ってる?」
「大事だよ」
聞かれるとちゃんと答えてきた。普段も彼女をできる限り優先させてきた。デートもしたし誕生日や記念日は忘れなかった。セックスだって丁寧に大事に扱った。それでも何か駄目なのだろう。
振られると落ち込んだ。ちゃんと好きだったのだ。落ち込むに決まっている。
「あなたがわからない」
そんな風に言われたこともある。
俺もそれじゃあわからないよ。何が足りない? 何が駄目なの?
ただ、言われた時は「そう……」としか言えなかった。
もしかしたら、だから複雑な感情が胸に宿るのだろうかと恵は小さく首を傾げた。聖恒はきっと、彼女ともいい関係を築けそうだと恵は思う。 きっととても仲よく楽しく過ごすのだろう。
それが羨ましいのだろうか。だから胸が痛む?
人との関係性を面倒がるくせに、と恵はまた思った。
ただ、羨ましいと思って複雑な感情になっているのとも違うような気もする。やはり、取られたような気持ちになったからか。
それとも他に理由ある?
こういった人づき合いが数学のようだったなら簡単だろう。決まったルールや理由があり、それを理解しているからこそ、それらを厳密に守りつつ色んな展開や発想を楽しめる。
何て楽で楽しいのか。
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