ホンモノの恋

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16話

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 具合でも悪いのかと大学では聞かれた。

「いや……何で」
「何かぼんやりしてる。ここのところたまにしてるよね」

 野々村に言われ、ああと恵はさりげなく目を逸らした。言われても自覚ないほどうっかりはしていない。自分でも今日は特にひたすらボーっとしていただろうなとわかっていた。
 ずっと頭に浮かぶのは聖恒のことだ。

「ちょっと、バイトとかで疲れてたのかも」
「ああ、そういえば家庭教師をしてたんだっけ」
「うん」
「大月くんって教えるの上手そうだもんね」
「え? そ、そう?」

 ポカンとして恵は野々村を見た。あまりつき合い方はよくないので、そういう風に言ってもらえるとは思っていなかった。

「うん、上手いと思うよ。ほら、皆で話し合う時も上手くまとめてくれるし」
「……そ、うかな。ありがとう」

 礼を言うと今度は野々村にポカンとされた。

「何でそんな顔」
「だって大月くんにお礼言われるとは思ってなかったから」

 待て、一体俺はどういう男だと思われてんだ。

 今の言葉で恵は微妙な顔になる。基本的にどう思われてもいいがさすがに少々どうかなと思う。

「俺、お礼すら言わなさそうな風に見えるのか」
「うーん、少し違う。本当に何かあればちゃんと頭も下げる人だとは思うけど、普段は自分のこと言われても何かどうでもいいというか苦手そうだから」

 むしろとても把握されている感じがして、思わず耳まで熱くなった。

「……わー、大月くんって……クールでカッコいいと思ってたけど……意外にかわいいというか……」

 ますますポカンとしてくる野々村の頭を、背後から馬場がルーズリーフで軽く叩く。

「痛いじゃないか」
「痛くないくせに。変なこと言って大月くん困らせるなよ」
「困らせてないよね、大月くん」
「え、ああ、えっと、うん……」

 何とか頷いたものの、少々居たたまれなくなって「俺、ちょっとやることあるから……」と恵は少し笑って断り入れるとその場を離れた。二人は気を悪くした様子もなく「うん、じゃあね」と手を振ってきてくれた。
 一人になり少しホッとしたところでまた聖恒のことを思い出してしまう。今日は本当に駄目だなと帰る準備をした。
 理系を選択していたらこんなにのんびりとしていられなかったのだろうなと思う。研究室を選んだりして大変になるのは三年生からだろうが、二年生の今でも理系は大変そうだ。
 経済学部なので数字に関してはできないと厳しく、文系の中でもかなり理系寄りではあるだろうが、勉強はそこまで大変ではない。今日も早々に家へ帰ると、車を出した。普段は休みの日くらいしかドライブはしないが、気分転換がしたかった。
 運転していると、だんだんリラックスしてくる。少し離れたところにある夜景の見える、展望広場と呼ばれている峠まで来ると、空いているところに車を停め、中に留まったままゆったりと座り直す。そして深くため息ついた。
 好きだと自覚し、認めても戸惑いや申し訳なさがじわじわと湧き起こる。高校生でしかも男。
 ここしばらくの胸の痛みは嫉妬だったのだろうなと改めて考える。実のところ、嫉妬なのだとはどこかでわかっていた。だが気づきたくなくて、自覚したくなくて、考えないようにしていた。

 だって……あってはならない思いなんだから……。

 それでもこうして自覚した上に、キスまでしてしまった。あの時の聖恒はとても大人びてさえ見えた。触れてはいけないとわかっていたし、必死になって何とか抗っていたはずが、ほだされていた。いや、途中からは自ら進んで受け入れていた。
 一応あれでもかろうじて理性を保っていた。何度も何度もキスしあったが、それでもかろうじて理性は保っていた。
 だがもしも同じことが次にあったならば、恵は理性を保っていられるかどうかわからなかった。なぜ聖恒がキスしてきたかもとても気になる。気になるが、それ以上に自分が夢で見たことを現実で犯してしまうかもしれないということのほうが気がかりだった。
 夜景は目に入っているようで見えていなかった。恵は熱くなった顔を冷やすためにも窓を開ける。だが、入ってきたのは新鮮な夜の山の空気というよりは生ぬるい、湿気を含んだ空気だった。思わず顔をしかめる。
 一応深呼吸してから、開けた窓をまたすぐに閉めた。エアコンを少しだけ強めると、エンジンをかけ始めた。
 翌日、休みなのもあって文房具を買うためにいつものショッピングモールがある駅へ電車で向かった。買い物を終えると喫茶店へ立ち寄る。
 一人でゆっくりコーヒーを飲むのは落ち着くので好きだったりする。家では甘いものを食べても落ち着くが、さすがに外では甘いものは少々一人では食べにくい。
 聖恒のことをやはり考えつつも、いい感じにリラックスできた。その帰りだった。また聖恒を見かける。
 今度はこの間の子とは違う子と歩いていた。この間の子は綺麗な顔立ちのきりっとした雰囲気を漂わせていたが、今度はとてもかわいらしい見た目の少女だった。絶対付き合うことがないらしい幼馴染みの彼女とは真逆のタイプだ。
 気になったがずっと様子を窺うのはまるでストーカーのようで、どうしようかと逡巡しているとその彼女に引っ張られるようにして聖恒が人通りの少ない場所へ入っていく。どうしようもなく気になり、結局後を追った。すると二人を見つける。とても親密に見えた。
 居たたまれなくなり、恵はまた黙ってその場を後にした。ショッピングモールを出ると雨が降っていた。向かった時は曇りではあったが、降ると思っていなかったので傘も何もない。だがショッピングモールへ戻る気分ではなかったので濡れながら駅へ向かった。駅から直結している道を使えばよかったのだろうが、そんなことに頭は回っていなかった。

「キス、してた」

 小さく呟く。聖恒が何考えているかなど、恵にはわからない。恵にキスしてきた聖恒に悪意など感じなかったし、あの日のキスは恵にとって特別なものに感じていた。
 だが聖恒は他の子ともキスしていた。これはどういうことなのだろうとぼんやり思う。
 駅に着くと、のろのろハンカチで簡単に体を拭いた。そしてホームへ向かう。やってきた電車に乗ると、反対側の出入り口付近にもたれるようにして立ち、ぼんやりと外を見る。

 だいたい、あれが普通じゃないだろ。

 恵はまるで自分へ言い聞かせるように心の中で言う。あの日のキスのことだ。
 そもそも男同士なのだ。自然じゃないはずだ。そう思っても心の痛みはちっとも薄れなかった。

「……次の仕事……キツいなぁ」

 また恵は小さくポツリと呟いた。
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