18 / 45
18話
しおりを挟む
聖恒の家から連絡が入った。もう来なくていいという。
もちろん、恵が何かして首とかではない。むしろとてもお礼言われた。給与を支払う際によければ食事をご馳走したいとまで言ってもらえた。
成績が上がるまでという契約だったし、実際聖恒の成績は間違いなく上がった。家庭教師に関しては大学ですぐ見つけられるため、そういった契約でも問題ないと思い、初めてするのもあり恵も試しのつもりでそういった契約の家を選んでいた。聞いた話では専用のところへ登録すると、辞めたくても中々辞め辛いこともあるらしい。
食事に関してやんわりと断りを入れつつ、恵は契約終了を承諾した。
キスだけでなく、見かけたあの出来事から行き辛いなとは思っていたが、いざ強制的に終わると切ない。だがこれでいいのかもしれないと、恵は自分に言い聞かせた。やはり会わないほうがいいだろう。会わなければ、今抱いている生まれたばかりの気持ちはきっと薄れていくはずだ。持たないほうがいいとしか思えないような気持ちなど、なくなったほうがいい。
思い返せば、あのキス以来、聖恒とはまだ会っていなかった。
「一方的に見てはいたけどね」
ポツリと呟く。そして俯いた。あの状況を思い出し、胸が痛くなった。
翌日は火曜日で、本当なら聖恒の元へ行く日だった。スケジュール帳を見て、恵はため息つく。
「結構つらいものだな」
手帳をパタリと閉じて聖恒を思い浮かべた。ただ、こうして好きになり、何故かキスまでしてしまっている状態で、予定通り家庭教師をしに向かったとして、自分はどういった態度を取っていたのだろうと恵は思う。
どうしたかっただろう。どうしていただろう。
考えてみるが、頭がまとまらない。答えを出そうとしているのに、全然関係のないような言葉や雑念が入り交じり回答を導き出せない。数学のようにわかりやすかったらいいのにとまた思った。それならきっといつだって簡単に答えがわかったし、対応のしようもありそうな気がする。
その時ふと聖恒が出てきた夢を思い出し、頭を振った。何故今思い出すのだと思う。例の夢のように、自分は聖恒とそういうことをしたかったのだろうか。
まさか、とまた頭を振る。そういうことをしたいだなどと思ったことないはずだった。
でも、と恵はさらに思い巡らせる。キスした日、もしあのまま理性を失っていたら自分はどうなっていただろうかと。
俺は――
「きよを抱いていた?」
思わず言葉にした後でギョッとなった。顔がとてつもなく熱い。
もしかしたら今日、家庭教師として家へ行っていたら、そんなことを本当にしかねないかもしれないと思うと、やはりこれでよかったのだろうと恵はため息つく。
昼食時、カフェテラスでいつものように一人、食事をした後でコーヒーを飲んでいると聖恒の兄である遥希から声をかけられた。
「大月くん、だっけ」
「はい」
恵はついそっと視線を逸らせてしまう。
「? どうかしたか?」
あなたの弟とキスした上に邪なこと思っていました。
そんなこと到底言えるわけない。変に顔が赤くなったり、妙な表情になったりしませんようにと祈りながら、恵は何とか顔を合わせる。
「いえ……。あの、何か?」
「ああ。その、うちの親がいきなり連絡してすまない」
整った顔立ちとはいえ一件不愛想にも見えかねない遥希だが、少し笑いながらも申し訳なさそうに謝ってきた。
遥希が笑った時、一瞬胸苦しいような気がしたが気のせいだったようだ。
「ああ! そんなの構いませんよ。そういう契約でしたし」
律儀な人だなと思い、恵は笑いかけた。それで終わりかと思ったら遥希は恵の隣に座ってきた。何というか落ち着かない。
「そう言ってもらえてよかった、ありがとう。あと、弟のことも、ありがとう」
弟のこと、と言われて一瞬ビクリとなった。だがすぐに「家庭教師」のことだと気づく。少々自意識過剰というか、気にし過ぎじゃないのかと内心自嘲する。
「成績、上がってよかったです」
「ああ。あいつ、他の教科はいいのに何でか数学だけは駄目だったからなあ。俺が見てやるのにって思ってたけど、大月くんに教えてもらってよかったんだろうな」
ニッコリ微笑まれ、恵はどうにも居たたまれない気持ちになった。もちろん嬉しいことだが、申し訳なさも半端ない。
「……ありがとうございます」
「うん。それじゃあ」
また笑みを浮かべると遥希は立ち上がり、手を振ってどこかへ歩いていった。
ふと笑った顔がどこか聖恒に似ているような気がした。先ほど胸苦しい気がしたのは多分このせいだろう。知らず知らずの内に思わずぼーっと見てしまっていた。だがすぐにハッとなり、コーヒーを飲み干す。
遥希に礼を言われたことでやはり改めて寂しく思うが、本当に終わったんだなあと実感した。
「また、別の家へ家庭教師行かないとな」
ぼそりと呟いた。
いつもなら学校が終わると聖恒の家へ向かっていた日だが、今日からは何もない。どこかへ寄ろうかとも思ったが、やはりまっすぐ帰ろうと駅へ向かった。歩いている途中「あの、先生」と声をかけられた。聖恒の声ならすぐわかったが、そうじゃない。だが他に自分を先生と呼んでくる相手に心当たりなどなかった。
怪訝に思い、恵は振り返った。
もちろん、恵が何かして首とかではない。むしろとてもお礼言われた。給与を支払う際によければ食事をご馳走したいとまで言ってもらえた。
成績が上がるまでという契約だったし、実際聖恒の成績は間違いなく上がった。家庭教師に関しては大学ですぐ見つけられるため、そういった契約でも問題ないと思い、初めてするのもあり恵も試しのつもりでそういった契約の家を選んでいた。聞いた話では専用のところへ登録すると、辞めたくても中々辞め辛いこともあるらしい。
食事に関してやんわりと断りを入れつつ、恵は契約終了を承諾した。
キスだけでなく、見かけたあの出来事から行き辛いなとは思っていたが、いざ強制的に終わると切ない。だがこれでいいのかもしれないと、恵は自分に言い聞かせた。やはり会わないほうがいいだろう。会わなければ、今抱いている生まれたばかりの気持ちはきっと薄れていくはずだ。持たないほうがいいとしか思えないような気持ちなど、なくなったほうがいい。
思い返せば、あのキス以来、聖恒とはまだ会っていなかった。
「一方的に見てはいたけどね」
ポツリと呟く。そして俯いた。あの状況を思い出し、胸が痛くなった。
翌日は火曜日で、本当なら聖恒の元へ行く日だった。スケジュール帳を見て、恵はため息つく。
「結構つらいものだな」
手帳をパタリと閉じて聖恒を思い浮かべた。ただ、こうして好きになり、何故かキスまでしてしまっている状態で、予定通り家庭教師をしに向かったとして、自分はどういった態度を取っていたのだろうと恵は思う。
どうしたかっただろう。どうしていただろう。
考えてみるが、頭がまとまらない。答えを出そうとしているのに、全然関係のないような言葉や雑念が入り交じり回答を導き出せない。数学のようにわかりやすかったらいいのにとまた思った。それならきっといつだって簡単に答えがわかったし、対応のしようもありそうな気がする。
その時ふと聖恒が出てきた夢を思い出し、頭を振った。何故今思い出すのだと思う。例の夢のように、自分は聖恒とそういうことをしたかったのだろうか。
まさか、とまた頭を振る。そういうことをしたいだなどと思ったことないはずだった。
でも、と恵はさらに思い巡らせる。キスした日、もしあのまま理性を失っていたら自分はどうなっていただろうかと。
俺は――
「きよを抱いていた?」
思わず言葉にした後でギョッとなった。顔がとてつもなく熱い。
もしかしたら今日、家庭教師として家へ行っていたら、そんなことを本当にしかねないかもしれないと思うと、やはりこれでよかったのだろうと恵はため息つく。
昼食時、カフェテラスでいつものように一人、食事をした後でコーヒーを飲んでいると聖恒の兄である遥希から声をかけられた。
「大月くん、だっけ」
「はい」
恵はついそっと視線を逸らせてしまう。
「? どうかしたか?」
あなたの弟とキスした上に邪なこと思っていました。
そんなこと到底言えるわけない。変に顔が赤くなったり、妙な表情になったりしませんようにと祈りながら、恵は何とか顔を合わせる。
「いえ……。あの、何か?」
「ああ。その、うちの親がいきなり連絡してすまない」
整った顔立ちとはいえ一件不愛想にも見えかねない遥希だが、少し笑いながらも申し訳なさそうに謝ってきた。
遥希が笑った時、一瞬胸苦しいような気がしたが気のせいだったようだ。
「ああ! そんなの構いませんよ。そういう契約でしたし」
律儀な人だなと思い、恵は笑いかけた。それで終わりかと思ったら遥希は恵の隣に座ってきた。何というか落ち着かない。
「そう言ってもらえてよかった、ありがとう。あと、弟のことも、ありがとう」
弟のこと、と言われて一瞬ビクリとなった。だがすぐに「家庭教師」のことだと気づく。少々自意識過剰というか、気にし過ぎじゃないのかと内心自嘲する。
「成績、上がってよかったです」
「ああ。あいつ、他の教科はいいのに何でか数学だけは駄目だったからなあ。俺が見てやるのにって思ってたけど、大月くんに教えてもらってよかったんだろうな」
ニッコリ微笑まれ、恵はどうにも居たたまれない気持ちになった。もちろん嬉しいことだが、申し訳なさも半端ない。
「……ありがとうございます」
「うん。それじゃあ」
また笑みを浮かべると遥希は立ち上がり、手を振ってどこかへ歩いていった。
ふと笑った顔がどこか聖恒に似ているような気がした。先ほど胸苦しい気がしたのは多分このせいだろう。知らず知らずの内に思わずぼーっと見てしまっていた。だがすぐにハッとなり、コーヒーを飲み干す。
遥希に礼を言われたことでやはり改めて寂しく思うが、本当に終わったんだなあと実感した。
「また、別の家へ家庭教師行かないとな」
ぼそりと呟いた。
いつもなら学校が終わると聖恒の家へ向かっていた日だが、今日からは何もない。どこかへ寄ろうかとも思ったが、やはりまっすぐ帰ろうと駅へ向かった。歩いている途中「あの、先生」と声をかけられた。聖恒の声ならすぐわかったが、そうじゃない。だが他に自分を先生と呼んでくる相手に心当たりなどなかった。
怪訝に思い、恵は振り返った。
0
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる