ホンモノの恋

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18話

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 聖恒の家から連絡が入った。もう来なくていいという。
 もちろん、恵が何かして首とかではない。むしろとてもお礼言われた。給与を支払う際によければ食事をご馳走したいとまで言ってもらえた。
 成績が上がるまでという契約だったし、実際聖恒の成績は間違いなく上がった。家庭教師に関しては大学ですぐ見つけられるため、そういった契約でも問題ないと思い、初めてするのもあり恵も試しのつもりでそういった契約の家を選んでいた。聞いた話では専用のところへ登録すると、辞めたくても中々辞め辛いこともあるらしい。
 食事に関してやんわりと断りを入れつつ、恵は契約終了を承諾した。
 キスだけでなく、見かけたあの出来事から行き辛いなとは思っていたが、いざ強制的に終わると切ない。だがこれでいいのかもしれないと、恵は自分に言い聞かせた。やはり会わないほうがいいだろう。会わなければ、今抱いている生まれたばかりの気持ちはきっと薄れていくはずだ。持たないほうがいいとしか思えないような気持ちなど、なくなったほうがいい。
 思い返せば、あのキス以来、聖恒とはまだ会っていなかった。

「一方的に見てはいたけどね」

 ポツリと呟く。そして俯いた。あの状況を思い出し、胸が痛くなった。
 翌日は火曜日で、本当なら聖恒の元へ行く日だった。スケジュール帳を見て、恵はため息つく。

「結構つらいものだな」

 手帳をパタリと閉じて聖恒を思い浮かべた。ただ、こうして好きになり、何故かキスまでしてしまっている状態で、予定通り家庭教師をしに向かったとして、自分はどういった態度を取っていたのだろうと恵は思う。

 どうしたかっただろう。どうしていただろう。

 考えてみるが、頭がまとまらない。答えを出そうとしているのに、全然関係のないような言葉や雑念が入り交じり回答を導き出せない。数学のようにわかりやすかったらいいのにとまた思った。それならきっといつだって簡単に答えがわかったし、対応のしようもありそうな気がする。
 その時ふと聖恒が出てきた夢を思い出し、頭を振った。何故今思い出すのだと思う。例の夢のように、自分は聖恒とそういうことをしたかったのだろうか。
 まさか、とまた頭を振る。そういうことをしたいだなどと思ったことないはずだった。
 でも、と恵はさらに思い巡らせる。キスした日、もしあのまま理性を失っていたら自分はどうなっていただろうかと。

 俺は――

「きよを抱いていた?」

 思わず言葉にした後でギョッとなった。顔がとてつもなく熱い。
 もしかしたら今日、家庭教師として家へ行っていたら、そんなことを本当にしかねないかもしれないと思うと、やはりこれでよかったのだろうと恵はため息つく。
 昼食時、カフェテラスでいつものように一人、食事をした後でコーヒーを飲んでいると聖恒の兄である遥希から声をかけられた。

「大月くん、だっけ」
「はい」

 恵はついそっと視線を逸らせてしまう。

「? どうかしたか?」

 あなたの弟とキスした上に邪なこと思っていました。

 そんなこと到底言えるわけない。変に顔が赤くなったり、妙な表情になったりしませんようにと祈りながら、恵は何とか顔を合わせる。

「いえ……。あの、何か?」
「ああ。その、うちの親がいきなり連絡してすまない」

 整った顔立ちとはいえ一件不愛想にも見えかねない遥希だが、少し笑いながらも申し訳なさそうに謝ってきた。
 遥希が笑った時、一瞬胸苦しいような気がしたが気のせいだったようだ。

「ああ! そんなの構いませんよ。そういう契約でしたし」

 律儀な人だなと思い、恵は笑いかけた。それで終わりかと思ったら遥希は恵の隣に座ってきた。何というか落ち着かない。

「そう言ってもらえてよかった、ありがとう。あと、弟のことも、ありがとう」

 弟のこと、と言われて一瞬ビクリとなった。だがすぐに「家庭教師」のことだと気づく。少々自意識過剰というか、気にし過ぎじゃないのかと内心自嘲する。

「成績、上がってよかったです」
「ああ。あいつ、他の教科はいいのに何でか数学だけは駄目だったからなあ。俺が見てやるのにって思ってたけど、大月くんに教えてもらってよかったんだろうな」

 ニッコリ微笑まれ、恵はどうにも居たたまれない気持ちになった。もちろん嬉しいことだが、申し訳なさも半端ない。

「……ありがとうございます」
「うん。それじゃあ」

 また笑みを浮かべると遥希は立ち上がり、手を振ってどこかへ歩いていった。
 ふと笑った顔がどこか聖恒に似ているような気がした。先ほど胸苦しい気がしたのは多分このせいだろう。知らず知らずの内に思わずぼーっと見てしまっていた。だがすぐにハッとなり、コーヒーを飲み干す。
 遥希に礼を言われたことでやはり改めて寂しく思うが、本当に終わったんだなあと実感した。

「また、別の家へ家庭教師行かないとな」

 ぼそりと呟いた。
 いつもなら学校が終わると聖恒の家へ向かっていた日だが、今日からは何もない。どこかへ寄ろうかとも思ったが、やはりまっすぐ帰ろうと駅へ向かった。歩いている途中「あの、先生」と声をかけられた。聖恒の声ならすぐわかったが、そうじゃない。だが他に自分を先生と呼んでくる相手に心当たりなどなかった。
 怪訝に思い、恵は振り返った。
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