洋菓子店主の苦悩

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2話

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 袖をめくり上げるとけっこう深そうな傷に見えた。

「うわ……これ、切られたの?」
「さぁ、多分?」
「けっこうな傷なのに適当だね」

 少し呆れてため息を吐くと、相手はじっと柚斗を見てくる。今まで態度や口調に気がいってしまいすぐに気づかなかったが、男はとても綺麗な顔立ちをしていた。切れ長で二重瞼の目にすっと通った鼻筋、引き締まった口元、どれもとてもバランスよく配置されている。背も高い。

 どう見ても美形イケメンというやつだな。

「覚えてねーんで」

 口さえ利かなければ。

 柚斗はそのまま男を水道のところへ連れていった。そして腕をつかんで傷口を蛇口へ近づけ洗う。恐らくかなりしみるとは思ったが、男は大人しくされるがままだった。
 その後椅子に座らせ、清潔なタオルで周りを拭うと患部に創傷被覆材を貼った。

「はい」
「あ?」

 大人しくされるがままだった男が傷口に貼りつけられたものを見た後に柚斗を見てきた。綺麗な顔立ちだというのに目付きが悪いのか実際そうなのか、睨まれているように見える。

「……何」
「消毒っつったのに消毒してねぇから……」
「ああ。消毒液はいい菌も殺しちゃって治り遅くなるから。こうしてるのが一番治るの早いんだよ」
「へぇ。あんた、医者っスか」
「こういうエプロンしてる俺とこの店でよくそう思えたね。洋菓子店の店主だよ」
「あー……そっスか。とりま手数かけて、すんませんっス」
「あぁ、うん……」

 うーん……。

 柚斗はほんのり目を逸らしながら少々困惑していた。反応がいまいちよくわからないというか、ついていけない。これがジェネレーションギャップというものなのだろうか。相手の年齢を知らないが、少なくともアラサーの柚斗よりは間違いなくかなり下なのだけはわかる。
 とりあえず相手も柚斗と話していても楽しくもなんともないだろう。年齢だけでなくタイプも違いすぎる。服装もお兄系というのだろうか。渋谷と新宿を混ぜたような、安っぽくはないもののチャラいホストといった格好は若い女子にはウケるのかもしれないが、柚斗からしたらあまり関わりたくないタイプのファッションだ。
 退屈してこのまま出ていってくれないかと思ったが、男はむしろ「あんた、名前なんつーんスか。俺、おうたろーっス」と話しかけてきた。

 別にお前の名前に興味ないし、そもそも名前聞いても仕方なくないか?

 もう関わることのない相手だろうと思うのだが、「おうたろー」とやらはまたじっと柚斗と見てくる。

「……柚斗だ」

 名乗るとニヤリと笑われた。美形ではあるが目付きが悪いからか、どう見ても何か企んでいるような笑顔にしか見えない。

「何……」
「いや、俺に合わせて名前の方名乗ってくれたんスか。あんたみたいなの、堅苦しく名字名乗ってくるって思ってたっスね」

 名乗られるならそうしてたっすねと柚斗は微妙な顔で思う。
 クォーターである父親はハーフである祖父ともちろん同じ名字だ。そして祖父はフランス人の曾祖父のファーストネームを受け継いでいる。要は日本の名字じゃないということだ。
 どう見ても純粋で平凡な日本人だというのに「柚斗ルグラン」だとできるだけ名乗りたくない。正式に名乗らないといけないような場面ではなるべく名刺を渡すようにしてきた。
 名刺には「柚斗(YUTO)LEGRAND」と書かれている。口頭にするよりなんとなく自分が楽だ。相手もあまり突っ込んでこない。こういう時に日本人は楽だと思う。大抵の人は「ゆうと、さん?」と聞いてくるのでニコニコ「はい」とだけ答えている。聞いてこない場合も「柚斗と申します」とさっと名乗る。

「……お前は」
「おうたろーっス」
「O太郎……、って変な名前だな?」
「あ?」

 確かに変な、と言ってしまった柚斗も悪いのかもしれないが、何故いちいち凄むのだと微妙になる。

「いや……おうってアルファベットのOが浮かんで……」
「んな訳ねぇ。んだそら」

 口調は荒いが、口元は笑っている、ように辛うじて見える。凄まれているようにも見えるが。

「桜って書いておうっス。んで、太郎」
「あ、あー、ああ。さくらたろうな」
「んだ、その日本昔話みてぇなの」

 柚斗にすれば、忌々しげな様子で言われたようにしか思えない。だが桜太郎が立ち去る様子はない。

 ほんと、何なの……。

 拾ってしまったことを後悔しつつも、チャラそうな男が大人しく椅子に座っている様子は何となくかわいらしくも思えた。

 借りてきた野良猫か野良犬みたいだ。

「何スか」

 やはり禍々しささえ感じそうな風に言われ、自分がじっと桜太郎を見ていたことに気づく。さすがに「風変わりな動物を観察していた」とは言えない。

「コーヒー。飲むか」
「うス」

 誤魔化すようについ余計なことを言ってしまったが、頷かれて仕方なく柚斗はコーヒーの準備を始めた。カヌレはワインともとてもよく合うのだが、このよくわからない相手に酒は出したくない。

「……うめぇ」

 出したコーヒーを「さんきゅーっス」と一口飲むと、桜太郎はまじまじとコーヒーを見ながら口にしてきた。

「そ、うか。ありがとう」

 口や態度が基本的に悪いのもあるのだろうか、桜太郎の言葉は飾り気がなくとも真実味が感じられる。

「これもどうぞ」

 柚斗がカヌレを出すと、桜太郎はそれをぽかんと見た後で今度は引いたような顔で柚斗を見てきた。

「何スか、コレ。焦げたんスか」
「ちげぇわ……」

 本当に飾る気ないな……!

「カヌレって言うんだ。甘いものが大丈夫なら食べてみて」
「あー……」

 何とも読めない顔で桜太郎はカヌレを手で直接つかみ、かぶりついた。そして無言のまま咀嚼する。噛み終えるとべろりと自分の指を舐めた。
 そんな様子に何となくドキリとしていると桜太郎がまた柚斗を見てきた。

「うまかったっス」

 客もよくそう言ってくれる。もちろんとても嬉しい。だが態度の悪い見知らぬ男の素っ気ない言葉は妙に柚斗の心に響いた。
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