洋菓子店主の苦悩

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9話

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 今すぐ離れないと追い出すからな、と何とか口にすると、ようやく桜太郎はしぶしぶ柚斗を離してきた。
 こういうところはほんの少しだがかわいいとも思える。一見した桜太郎の容姿や態度を思うと、追い出すと言われても強引に襲ってきそうなイメージがある。だというのにしぶしぶとはいえちゃんと言うことを聞いて離してくるところが何となく犬や猫っぽい。いや、猫ほど気ままという訳でもないから、躾のまだあまりできていない犬だろうか。
 そんなことをつい考えていると「言われた通り離したっス」と不満そうに口にしてきた。

「ああ、うん。偉いね」
「仕事とか今のとか偉いっつーけど口だけじゃねーか」
「口だけ?」
「そう思うならもっと褒めて欲しいっス」

 やはり犬か。

「褒めてるだろ、偉いって」
「褒美くれっス」
「……見返り求めるほどのことか?」
「仕方ねーよ。俺、あんたが好きっつってんだよ。見返り欲しいに決まってんだろ」

 先ほどまでは「好き」と言葉にするのは言いにくそうだったというのに、一度口にしたからからか今度はふてぶてしいまでに堂々と言ってくる。

「好きなら偉いねって言葉だけでも嬉しいものじゃない?」
「んなもんじゃ足りねえっス」
「……。ただでさえ好きな相手には不安になりがちだってのに、男同士だろ。気持ち悪いとか拒否されるの心配にならないの? お前むしろ厚かましいんだけど」
「男同士は……」

 桜太郎は少し言い淀んだ後続けてきた。

「ゆーと、……さん、こないだ変に親しい男と仲よくしてたじゃねえっスか。誰って聞いても教えてくんねーし。そんなやついんのなら、だったら俺だって、って思うだろが」

 むしろ誰だよそれ。

 ポカンとしていると「それこそフランス人みてーなやつだよ!」と睨まれた。

 フランス人……。

「……え? あ、もしかしてテオのこと?」
「名前なんか知るかよ。頭くりくりした顔の濃いやつ!」

 頭くりくり、って……そこはせめて髪って言ってくれよ。

 思わず少し吹き出すと「何笑ってんだよ」とまた睨まれた。

「多分テオのことだと思うけど。夜に来て俺がワインとカヌレ出したのをテーブルで食べてたイケメンだろ」
「……イケメン。……クソが」

 悪態をついているというのに、心なしか落ち込んでいるように見える。
 何だろうな、と柚斗は顔だけ真顔になりながら思っていた。
 初対面の時はあれほど意味のわからないチャラ男か不良かに見えていたというのに、今は耳と尻尾が見えそうな気さえする。

 問題は桜太郎が犬か猫かがよくわからないところ……じゃないだろ俺……!

 自分の考えにさえ少々吹きそうになりながら、柚斗は桜太郎を見た。

「あれ、俺の弟」
「お、と?」
「うと。弟だよ。似てないけど、実の弟」
「はぁ? マジかよ……」
「マジ、だよ。俺と同じく八分の一フランス人なんだけど、弟はむしろほぼフランス人に見えるだろ。いい成分全部、俺は母親のおなかの中に置き忘れちゃったんだろうなあ。それをテオが全部吸収してきたのかも」

 あはは、と笑いかけるも桜太郎は笑わない。

「いい成分が何か知んねえけど、あんたいいもんめっちゃ持ってるっスけど」
「俺?」

 ポカンとした顔で改めて見ると、桜太郎はコクリと頷いてきた。

「どうかなあ。ほんとに持ってると嬉しいけど。ああ、カヌレを作るのが上手いとかならそうかも。あれは俺、結構自信あるからね」
「ちげぇ。あ、いやカヌレマジうめぇけど、そうじゃねえっス。んなもん、菓子作んのがうめぇだけで俺が男好きになるかっつーんだよ」
「……うーん。それは嬉しいけど、反応にも困るね」
「んで困んだよ」
「だってその、俺は桜太郎のこと、そういう目で見てないからね。申し訳ないけど」
「んなもん、今から見てくれたらいっス」

 大したことではない、とばかりに桜太郎はサラリと言ってくる。

「いや、だから。お前、男で俺も男だからね」
「わかってるっスけど、俺だって女がいいけどあんたのこと好きになったんだから、あんただってなれんだろ」
「そんな軽い……」

 確かに学生時代に柚斗もそういう気持ちで男と一度付き合った。もちろんちゃんと好きになった。だから桜太郎の言いたいこともわかる。
 だが柚斗はもう二十七だ。全く気軽に楽しめない訳ではないが、さすがにあまり恋愛事に冒険はできない。
 それに、と柚斗は桜太郎をちらりと見る。
 一見チャラそうにしか見えないし実際中身のなさそうな言動をしてくるが、案外桜太郎は真面目で真剣なところがあるように思う。

「何だよ」
「……一応聞くけど、お前の言ってる好きって、その、遊んでみたい、みたいな、のではないよな?」
「ぁあ? んなもん、遊びで男としてえとか思えるかよ」

 だよな。

 内心苦笑しながら、柚斗は「うーん」と腕を組んだ。

「だから何だよ」
「あのさ、男同士ってそう簡単なもんじゃないぞ。その、行為のことだけじゃなく、世間的にも」
「世間なんて知らねえよ」

 確かに世間体を気にするタイプでないのは見た目からもわかる。

「それに別に俺的には珍しくねえ。俺の叔父がバイっつーの? 男もいけるやつっスしね」
「そうなの?」
「ああ。昔は女とも付き合ってたみてーだけど、俺が幼稚園か小学校入る頃くらいからだっけか、同じ男とずっと付き合ってる」
「長くない?」
「だよな。俺の親父が言うには昔は遊んでばっかだったらしーっスけど。まあそんななんで。別に珍しくはねえ」

 桜太郎はどうだ、とばかりに柚斗を見てきた。
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