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13話
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桜太郎がいなくなって少し経つ。
ただ単に元の生活に戻った訳だが、何とも静かに感じる。ろくでもない言動でありながら決して桜太郎は煩いタイプではなかった。むしろ基本的には無口なほうなのではないだろうか。だというのに妙に静かになった気がする。
店の客にも何度か桜太郎はどうしたのか聞かれた。その度に「私事で実家に帰っていて。戻ってくるかどうかはわからないですが」と適当に濁しつつ本当のことを言っておいた。
「寂しくなりますね」
「はは、そうですね」
実際のところ仕事中寂しいかと聞かれたらそうでもない。元々店内では別の場所が基本だった。ただ、桜太郎のおかげで生産量を上げられていたので店主としてはその辺は寂しいかもしれない。
「兄さん、これこないだゼミの研修でのお土産」
「ああ、ありがとう」
仕事が終わってからも、たまにこうして灯央が遊びに来てくれる。私生活も何も問題ない。
「……兄さんさあ」
「ん、何?」
灯央が持ってきてくれたクリームチーズの味噌漬けと店のカヌレ、そしてワインを店内のインテリアとして置いている小さなテーブルに並べ、乾杯をした後に柚斗は灯央を見た。
「まさかあのろくでもない男いなくなって寂しく思ってないよな?」
「な、何で」
こくりとワインを少し飲んだ後にクリームチーズを口に入れた。
「……これ美味いな。ワインとも合う」
「だろ? 兄さんなら絶対好きだろなーって思った!」
嬉しそうに笑ってから、灯央は呆れたように柚斗を見てくる。
「話逸らすなよ」
「逸らしてないよ。ほんとに今食べて美味かったから」
「で、寂しく思ってんの?」
「仕事中そんなこと全然思わないよ」
「仕事中ね」
「ああ」
「兄さん」
「テオってそんな煩かったけ?」
「兄さん」
「……まぁ、仕事終わった後とかは、ちょっと寂しいかも、な」
ため息を吐きながら言えば舌打ちが聞こえてきた。舌打ちするくらいなら聞かなければいいのにと柚斗は苦笑する。柚斗とて、弟に指摘された上で肯定するのは何となく悔しい。
別に寂しくて仕方がないという訳ではない。ただ、ふとした瞬間に思い出すというのだろうか。ずっと長らく一人暮らしをしてきた反動もあるのかもしれない。
店を閉める時や夕食を作る時といった、ちょっとした時にふと桜太郎と過ごした時のことを思い出す。ただそれだけだ。
桜太郎が家に戻って最初の頃はそうでもなかった。だが日数が経つにつれ、何となく桜太郎はもう来ないかもしれないと思うようになるにつれ、思い出となったからだろうか、ふと浮かぶようになった。
「それだけだよ」
「……兄さんさ、昔、兄さんが高校の頃だったっけ。男と付き合ったことあるだろ」
予想もしていなかったことを灯央の口から聞かされ、柚斗は口に含んだワインを吹き出しそうになった。
「な、に急に」
「誤魔化しても無駄だからな。俺だけじゃなくて親も知ってんだから」
「え、……は? 嘘だろ……っ?」
「何も言わなかったのは多分親は一過性のものだろって思ったからじゃないかな。もしかしたら同性でも気にしなかった可能性もあるけど、あの二人なら。でも俺は認めたくなかったからこそむしろ何も言わなかったけど、相手のことは死ねばいいのにって思ってた」
物騒だな……!
当時付き合っていた相手が妙に灯央を避けていたのは見た目や無愛想さに圧倒されてだと思っていたが、もしかしたら違うのかもしれない。
「その後別れてくれて俺はそっとガッツポーズしたし、女の子と付き合ってる兄さんにホッとしたよ。なのに何だってまた……! しかもあんなクッソ生意気そうなガキ!」
「……あれでも成人はしてるぞ」
「そこはどうでもいいんだよ兄さん!」
灯央がテーブルをバンッと叩いてきた。食器がかちゃりと音を立てる。
「落ち着けよ。というか動揺したいのは俺だからな? 何で昔……親にまで……バレて……。あーもう。とにかく、何でそんな話になったんだよ。で、何でそこから桜太郎の話になるんだよ」
「……兄さんがあのクッソムカつくやつのこと、好きだからだろ」
「は? いや、それはないぞ」
向こうだ。好きだと言っていたのは。
──そのくせ、戻ってはこないけども。
「じゃあ何で寂しく思ってんだよ」
「そりゃ少しだけど一緒にいたし。多少は寂しくなるだろ」
「兄さん、フランスでもよくルームシェアしてただろ」
「は? してたけど……」
「その時はもっと淡々としてただろ、兄さん」
「そりゃまあ、家賃の負担軽くするためのシェアだったし……」
「じゃああいつは? どういうシェアだよ」
「どういう、って……」
ゴミ袋に埋もれそうになって寝ていた上に怪我をしていたから拾って、そして雇う羽目になって、ついでに部屋も貸した、ただで。そしたらヤクザの息子だった。
どういうシェアだろう。
「家業? が何だか知らないけどその仕事しかしたことない家出野郎だろ。フランスでシェアしてた人らより条件最悪じゃないか。なのに同情しただけで寂しく思う訳」
テオ……実はもっと何て言うか、状況は酷いんだ……。
拾ったこともヤクザの息子ということも言っていない柚斗は微妙な顔でそっと目を逸らした。
だが、灯央が言うより酷い条件の相手を柚斗は淡々とすることもなく寂しく思っているということになる。
「……うーん……」
柚斗は思わず唸った。
ただ単に元の生活に戻った訳だが、何とも静かに感じる。ろくでもない言動でありながら決して桜太郎は煩いタイプではなかった。むしろ基本的には無口なほうなのではないだろうか。だというのに妙に静かになった気がする。
店の客にも何度か桜太郎はどうしたのか聞かれた。その度に「私事で実家に帰っていて。戻ってくるかどうかはわからないですが」と適当に濁しつつ本当のことを言っておいた。
「寂しくなりますね」
「はは、そうですね」
実際のところ仕事中寂しいかと聞かれたらそうでもない。元々店内では別の場所が基本だった。ただ、桜太郎のおかげで生産量を上げられていたので店主としてはその辺は寂しいかもしれない。
「兄さん、これこないだゼミの研修でのお土産」
「ああ、ありがとう」
仕事が終わってからも、たまにこうして灯央が遊びに来てくれる。私生活も何も問題ない。
「……兄さんさあ」
「ん、何?」
灯央が持ってきてくれたクリームチーズの味噌漬けと店のカヌレ、そしてワインを店内のインテリアとして置いている小さなテーブルに並べ、乾杯をした後に柚斗は灯央を見た。
「まさかあのろくでもない男いなくなって寂しく思ってないよな?」
「な、何で」
こくりとワインを少し飲んだ後にクリームチーズを口に入れた。
「……これ美味いな。ワインとも合う」
「だろ? 兄さんなら絶対好きだろなーって思った!」
嬉しそうに笑ってから、灯央は呆れたように柚斗を見てくる。
「話逸らすなよ」
「逸らしてないよ。ほんとに今食べて美味かったから」
「で、寂しく思ってんの?」
「仕事中そんなこと全然思わないよ」
「仕事中ね」
「ああ」
「兄さん」
「テオってそんな煩かったけ?」
「兄さん」
「……まぁ、仕事終わった後とかは、ちょっと寂しいかも、な」
ため息を吐きながら言えば舌打ちが聞こえてきた。舌打ちするくらいなら聞かなければいいのにと柚斗は苦笑する。柚斗とて、弟に指摘された上で肯定するのは何となく悔しい。
別に寂しくて仕方がないという訳ではない。ただ、ふとした瞬間に思い出すというのだろうか。ずっと長らく一人暮らしをしてきた反動もあるのかもしれない。
店を閉める時や夕食を作る時といった、ちょっとした時にふと桜太郎と過ごした時のことを思い出す。ただそれだけだ。
桜太郎が家に戻って最初の頃はそうでもなかった。だが日数が経つにつれ、何となく桜太郎はもう来ないかもしれないと思うようになるにつれ、思い出となったからだろうか、ふと浮かぶようになった。
「それだけだよ」
「……兄さんさ、昔、兄さんが高校の頃だったっけ。男と付き合ったことあるだろ」
予想もしていなかったことを灯央の口から聞かされ、柚斗は口に含んだワインを吹き出しそうになった。
「な、に急に」
「誤魔化しても無駄だからな。俺だけじゃなくて親も知ってんだから」
「え、……は? 嘘だろ……っ?」
「何も言わなかったのは多分親は一過性のものだろって思ったからじゃないかな。もしかしたら同性でも気にしなかった可能性もあるけど、あの二人なら。でも俺は認めたくなかったからこそむしろ何も言わなかったけど、相手のことは死ねばいいのにって思ってた」
物騒だな……!
当時付き合っていた相手が妙に灯央を避けていたのは見た目や無愛想さに圧倒されてだと思っていたが、もしかしたら違うのかもしれない。
「その後別れてくれて俺はそっとガッツポーズしたし、女の子と付き合ってる兄さんにホッとしたよ。なのに何だってまた……! しかもあんなクッソ生意気そうなガキ!」
「……あれでも成人はしてるぞ」
「そこはどうでもいいんだよ兄さん!」
灯央がテーブルをバンッと叩いてきた。食器がかちゃりと音を立てる。
「落ち着けよ。というか動揺したいのは俺だからな? 何で昔……親にまで……バレて……。あーもう。とにかく、何でそんな話になったんだよ。で、何でそこから桜太郎の話になるんだよ」
「……兄さんがあのクッソムカつくやつのこと、好きだからだろ」
「は? いや、それはないぞ」
向こうだ。好きだと言っていたのは。
──そのくせ、戻ってはこないけども。
「じゃあ何で寂しく思ってんだよ」
「そりゃ少しだけど一緒にいたし。多少は寂しくなるだろ」
「兄さん、フランスでもよくルームシェアしてただろ」
「は? してたけど……」
「その時はもっと淡々としてただろ、兄さん」
「そりゃまあ、家賃の負担軽くするためのシェアだったし……」
「じゃああいつは? どういうシェアだよ」
「どういう、って……」
ゴミ袋に埋もれそうになって寝ていた上に怪我をしていたから拾って、そして雇う羽目になって、ついでに部屋も貸した、ただで。そしたらヤクザの息子だった。
どういうシェアだろう。
「家業? が何だか知らないけどその仕事しかしたことない家出野郎だろ。フランスでシェアしてた人らより条件最悪じゃないか。なのに同情しただけで寂しく思う訳」
テオ……実はもっと何て言うか、状況は酷いんだ……。
拾ったこともヤクザの息子ということも言っていない柚斗は微妙な顔でそっと目を逸らした。
だが、灯央が言うより酷い条件の相手を柚斗は淡々とすることもなく寂しく思っているということになる。
「……うーん……」
柚斗は思わず唸った。
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