ラインの向こう側

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3話

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 その日の放課後は居残り授業もなく、生智は晴れ晴れとした面持ちで何人かの友だちと学校を出てカラオケへ向かおうとしていた。
 だが歩いている途中で、教室に携帯ゲーム機を忘れてきたことに気づく。別に今夜一晩ないくらい全然問題ないのだが、ゲーム機を置きっぱなしにしておくことが落ち着かない。

「わり、忘れもん」
「おー。んじゃ店、先行ってっから」
「わかった」

 面倒くさいと思いつつも生智は来た道を引き返した。
 誰もいないと思った教室に足を踏み入れる前に、生智は衛二に気づく。

 ……げ。

 一瞬引き返そうと思った。だが妙な体勢だなと思ったのがどうやら寝ているのだと気づくと、そっと教室に入った。
 様子を窺いながら机の中のゲーム機を取り出すと生智は鞄にそれをしまう。音を立てないようにしてそのまま立ち去ろうとまた様子を窺うと、うつ伏せで顔を横にして寝ている衛二の顔が目に入ってきた。
 衛二は女子に人気があるのも頷けるほど、整った顔をしている。男らしいというよりは美形であり、もし化粧をしたら、骨格などのせいで違和感は拭い去れないながらも中々に似合いそうだと誰かが言っていた。
 とはいえ本人は実際真面目なのだろうが、いつも真面目ぶった表情をしている。どう間違ってもふざけたりノリで化粧などしてくれないタイプだ。副担任の衛二と違って担任である森永はその点、生徒に混じって化粧すらノリでやってくれそうではある。ただし、チャラい割にいかつい顔立ちのせいで似合わなさ過ぎて、見た者全員が恐らく百パーセント怯えるか吹き出すだろう。
 そんな、いつもはすました真面目ぶった表情をしている衛二の寝顔があまりに無防備で、生智は思わず目を奪われた。
 気づけば髪に触れていた。だがハッとなり、慌ててその場から離れる。
 カラオケ店へ向かったもののその日は何となく上の空になった。

「何かお前、変じゃね? 忘れたもん、見つからなかったんか?」
「え? ああいや、あった」

 誤魔化すように笑った後で、生智の脳内にまた先ほどの衛二の顔が浮かんだ。

「いやいやいや何だよおかしくね……」
「はっ? いっちゃんまでんなこと言うんかよ。えー? 俺の歌そんなおかしいっ?」
「だぁかぁらー、おかしいっつってんだろ」
「何でそこで音程上げてくんだよ、つかわざとじゃねーのかよ」
「わざとの訳ねーだろっ」
「お前、球技ノーコンってだけじゃなく音程までノーコンかよ」
「上手く言ったつもりだろーけどな、全然上手くねーからなっ?」

 思わずボソリと呟いていたらしい言葉は、幸い他の皆との会話とかみ合っていたらしい。とりあえずせっかくのカラオケだとばかりに生智はその後ひたすら歌い倒した。

「つか男ばっかさみしーし、女誰か呼ばね?」
「誰呼ぶんだよ。彼女はむしろヤだからな。お前らろくなこと言わなさそ」
「そんなの俺だってじゃー嫌だわ」
「正条、元カノとか女友だちとか結構いるじゃん。誰か呼んでよ」
「は? ざけんな。テメーらちゃっかり皆彼女いるくせに今彼女いない俺に何させる気だよマジざけんな」

 歌の合間に皆が振ってきた話には大いに気分を害し、思い切り睨みつけておいた。
 翌日になってもどうにも気になって仕方がない。正直なところ、何故気になっているのかさえよくわかっていない。男のそれも恐らく一応二十代とはいえ生智たちからすれば「おっさん」に近いはずの相手の何が気になるのか。
 わからなさ過ぎて、英語の授業中もついじっと見てしまう。
 居残り授業ではさらに間近で見られるため、じろじろ見ていたら「何か質問あるのか」と言われた。

「え? あー。そいや先生って彼女いんの?」
「……居残り中に何が『そいや』なんだ? ……全く。ちゃんと集中しろ。そいや、今はいない」

 呆れたような顔をした後にため息を吐かれ、説教的なものを喰らったので「まぁ英賀谷先生だもんな」と思っていたら最後に付け加えられ、生智は改めてポカンと衛二を見た。

「……? 何だ」
「あ、いや。へぇ、先生いねーんだ」
「もし正条が英語で質問してくるなら、その会話続けてもいい。無理ならこっちに集中しろ」
「ぅ」

 何だかんだで結局みっちりと補習を受けさせられた。帰り道に先ほど衛二が言っていた言葉を反芻する。

「そいや、今はいない」

 ……そいやって何とか言っておきながらな。

 あんなに真面目そうにしか見えないというのにユーモアみたいなのもあるのかと生智は思った。全然上手くはないところがむしろ衛二らしい気がする。

「……って、先生らしい気がするってなんだよ」

 考えから我に返り、生智は微妙になった。
 つい最近までほぼ興味のなかった教師だ。変に気になったり落ち着かないのは腹が減っているせいもあるかもしれないと、家の近くまで来たところでコンビニエンスストアへ寄ってパンを買った。いざ歩きながら食べようとしてふと衛二の顔が浮かんだ。それをひたすら脳で反芻していることに気づき、生智は急に食欲がなくなる。
 どうにも意味がわからない。

「よぉ、いっちゃん今帰りかよ。つか何ニヤニヤしてたんだ?」

 家の近くで将が釣り目を楽しげに細め、八重歯剥きだして手を上げて近づいてきた。
 今はクラスも同じだが、将とは中学の時からずっと仲がいい。
 馬鹿みたいに髪のサイドをピンで留めまくっている将も一見頭が悪そうにしか見えないが、何だかんだで生智と共に今の高校に入っている。好みなどが今まで一切合ったことがないのに、何故か気が合うのか腐れ縁のように高校でも三年間仲がいい。とはいえ普段からお互い労わり合うところなど皆無で、好き勝手にはしている。
 今も生智は妙に動揺したのか落ち着かないままイライラと将を睨んだ。

「ニヤニヤなんてしてない」
「してたっつーの。何、いい女でもいた?」
「たも、お前の彼女がお前に見切りをつける呪いかけてやる」
「ぁあっ? 何でだよ!」

 両手を振り上げて大袈裟に文句を言っている将をスルーしつつ「やる」と先ほど買ったパンの袋を投げると「マジかよ」と将はすぐに嬉しげにそれを受け取った。

「つか、何で。毒でも入ってんじゃねーだろな」
「袋も開けてないやつに毒入れる技術が俺にあると思ってんのかよ。何か胸いっぱいでいらねーんだよ」
「へえ。好きな子でもできたん?」
「は?」

 何気に言ってきた将の言葉に、生智はとてつもなくポカンとした顔で見返した。
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