ラインの向こう側

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10話

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 外で会うなどとんでもないと思っていたくせに、実は少しそわそわとしている自分を、衛二は内心冷めつつも微妙な気持ちで眺めている気分だった。
 日曜日が近づくにつれ、落ち着かない気持ちになっていく。
 生智のことは誰にも言っていない。一か月の期間を設けた後に諦めて貰うことを想定したら言う必要もないと思っていたのだが、その分相談もできない。別に恋愛に慣れていない訳ではないが、さすがにかなり年下のしかも生徒相手だと調子が狂う。
 こういう場合、学生時代の友人よりも基一の方が衛二にとって新鮮というか目新しい発想をくれそうな気がする。ただやはり同じ学校の教師だけに言いにくい。
 土曜日になるまで生智から特に何も言ってこなかったので、もしかして日曜に出かけるというのは勘違いだったかと思い始めていた。
 基本的にずっと携帯をチェックするタイプではないので気づいたのは遅かったが、連絡が来たのに気づいた時は思わず驚いて心臓がドキドキとした。
 明日覚えているかと聞かれたのでそのまま『覚えている』と返すと、すぐに既読にはなったようだが間があった。その後『どうしたい?』と聞いてきたので『一人でゆっくりしたい』と返す。
 付き合うとは言ったものの、できればあまり個人的に接触したくない上に、仕事のない休日は本当にゆっくりしたい。
 すると向こうからしたら当然だろうが『それはナシ!』と返ってきたので思ったことをそのまま返した。

『お前はどうしたいんだ』

 別に何でも言うとおりにするつもりはないが、こちらとしては生徒である生智相手にしたいことなど思いつかない。
 すると『先生の家は?』ときたので即否定した。普通に何人かで本当に遊びに来ると言われてもできれば断りたい。生徒と仲良く過ごしたいとは思うが、自分の家に上げるのは大げさだが寛ぎの場を壊されるような気持ちになりそうだ。
 生智だとなおさら家には呼べない。好きと言うのが本気であればあるほど、来てもらうのは困る。

『フツーにぶらぶらショップ回ってカフェとかでいいんじゃねーの』
『じゃあカラオケ?』

 こんな風にどんどん提案してくれるのはいいが、衛二としてはただでさえ気の知れた相手という訳ではないのに人混みの中をひたすら歩いたりするのはごめんだったしカラオケもできれば遠慮したかった。

 そもそも俺、そういえばあまり遊ぶってことしてきてないかもな。

 ふとそう思った。
 別に友人がいない訳ではないが、会うにしても大抵飲み会くらいだったような気がする。学生の頃は学校でやりとりをしていても遊びに出かけることはあまりなかった。大抵衛二は家でのんびりと読書をしたり映画を観たり、勉強して過ごしていた。
 このまま疲れそうな提案ばかり出そうなら、映画でも観に行こうと誘おうかと思っているとボーリングに決定された。ボーリングも疲れるが、その時だけ体を動かすというのは嫌いではない。だらだら歩き回るよりスッキリしている。なのでそれならいいかと思った。
 翌日、待ち合わせ場所へ向かうと生智がもう既に待っていた。勝手なイメージだが、待ち合わせぎりぎりの時間か遅れるくらいの勢いだろうかなとなんとなく思っていた。

「悪い、待たせたか?」

 慌てて駆け寄り声をかけると生智が嬉しそうな顔を衛二に向けてくる。

「あ、違う。俺、すげー早く着きすぎちゃってさ。だってほら、まだ十一時になってねーよ。大丈夫」
「そうか、よかった」

 待たせたのでないならよかったとホッとすると同時に、生智の無邪気な笑顔に少し戸惑う。
 もっとスれたタイプだと最初は思っていた。接するようになって意外にもいい子だとわかるようにはなっていたが、こんな無邪気な表情もするのだなと衛二は思った。

「つか先生、私服も真面目だよな」

 そう言われ、衛二は自分の服を見下ろした。大抵いつもこんな格好をしていたので意識していなかったが、生智を見ればなるほど、確かに地味なのだろうなと思える。一応動きやすいようジーンズを履いたがこれが浮いているのだろうかと衛二は「変、か?」と呟いた。
 生智の服装は引くような派手派手しさはなかったが、衛二からしたら今時の若者、という感じがとてもする。

「いや、先生らしーよ」

 ニコニコと言われ、ホッとすればいいのか微妙になればいいのかと思いつつ、衛二は「先生」という呼び方に落ち着かなさを覚えた。もちろん学校では是非ともそう呼んで欲しいが、こういう外だと何だろうか、いけないことをしている気持ちになる。
 先生はやめないか、と持ちかけてみると生智はなんの抵抗もなく「衛二」と呼び捨てにしてきた。呆れてそれを突っ込むも、相変わらずああ言えばこう言うといった風に返してくる。それもよくわからないことを言われ微妙になりつつも、何となくこういった愚にもつかないやりとりが楽しく思えた。
 何だかんだ言いながら先に食事へ行くことになり、店の説明をしながら歩く生智に衛二はついて行く。
 向かった店は普段なら自分は行かないようなお洒落だけれども気軽な感じの店だった。

「正条は普段、こういう店で友だちとかと食事するのか?」

 食事中にふと聞けば、生智は少し照れくさそうな顔をしてきた。

「友だちとかならファミレスかファーストフードだよ。こんな店普段入らねーよ。先せ……衛二だからな。衛二からしたら普通のレストランだろけど、俺にはわりと特別」
「俺からしてもいい店だよ」
「マジで?」

 いい店だと言うと、生智は嬉しそうに笑ってきた。
 ボーリングでは生智の唖然とした顔が見られた。実際、衛二はそれなりに得意だ。ターキーくらいなら取れる。トータルも生智が133なのに対し182だった。

「マジかよ。せ……衛二ってなんかこーゆーの苦手そーなのに」
「苦手そうなのに誘ったのか?」
「えー、そういう訳じゃないけどブラブラもカラオケも嫌っつっただろ。他にも動物園とか公園とか一応浮かんだけどさーそういうとこは何つーかもっと……」
「もっと?」
「……恋人っぽくなってから!」

 今度は少しムッとしたような顔で言い放つとフイと横を向く。自分と違って表情が豊かな生智を、衛二は微笑ましく思った。
 一見、生智はどちらかというと澄ましたような顔をしている。整った顔立ちだからだろうか。あとどことなく偉そうな態度がそう思わせるのかもしれない。
 だが蓋を開けてみればガンガンとは来るが、偉そうな部分はほぼ見られないし表情も豊かだ。
 ゲームは三回続けてやった。三回目になるとさすがに衛二は疲れてくる。

「これで終わりな」
「マジで? もうあと二ゲームくらいやろーよ」
「じゃあお前一人でやるといい。俺は見てる」
「ヤだよ何それ! んじゃさー、これで終わる代わりにちょっとだけさ、街ぶらつくの付き合ってよ」
「何でそんなにぶらつきたいんだ? 散歩が好きなのか?」
「別にそういうじいさんみたいな趣味はねーよ。衛二とぶらぶらしたいっての察しろよ」

 察したくはないしあまりウロウロもしたくないが、これ以上ゲームを続けると筋肉痛になりそう、というか恐らくなる気しかしないので衛二は仕方なく頷いた。
 歩きながら、気になる店があると付き合わされる。

「衛二も服見れば」
「いや……俺はいい」
「でもさー、そのカーディガンはわりとイケてんだからさ、中をいっそ無地の白Tにするとか、バンドカラーシャツにするとかすればいーんだよ。あと下もさ、黒スキニーとかさ」
「お前は俺のコーディネーターなのか? あと俺、ヤンキーはもっとダサい恰好すると思ってたけどな」
「何その偏見。つか別に俺、ヤンキーじゃねーよ。そんなに俺、イキがってるんかよ」
「そんな髪の色して制服着崩しておきながら何言ってんだ」
「他もやってんだろ」
「あと授業態度とか最悪だったしな」
「今はじゃあいい子だろ?」

 生智がニヤリと笑いながら言ってくる。その言い方と表情が妙に衛二にとってどこか落ち着かない感じがして、衛二はあらぬ方を見ながら「まぁな」と呟いた。
 その後、夕食も一緒に食べたいと言われたが「それはまた今度」と言って衛二は早々に生智を帰した。
 自宅へ向かいながら、今日あったことをぼんやりと思い出す。あっという間に今日は過ぎて行った。思い返しても、正直なところ楽しかった。その事実がまた衛二を落ち着かなくさせてくる。
 翌日、案の定衛二は筋肉痛になっていた。
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