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「すず。ごはん」
寿也が穏やかな笑みを浮かべながらすず専用のエサ入れにドライフードを入れてきた。すずとしてはカリカリは喉が渇きやすいので正直缶詰のほうが好みだが、寿也が与えてくれるものなら結局何でもいいとも思う。
ゴロゴロと喉を鳴らしながらカリカリ音を立てて食べていると背中を撫でられた。莉津子もよくこうしてくれていたのをぼんやり思い出す。
すずはずっと寿也の魂を追いかけ続けている。
初めて出会ったのはいつ頃のことだっただろうか。確か人間たちは皆洋服ではなく着物を着用していて、髪は大抵髷を結っていた気がする。莉津子もそうだった。
莉津子の飼い猫として、すずは生まれたてからずっと莉津子のそばにいた。彼女が死ぬまで、ずっとだ。今の寿也が住んでいる小さな家と違って大きな屋敷の中でずっと、そばにいた。すずという名前を付けてくれたのは彼女だ。鈴の付いた洒落た首輪もつけてくれた。大好きだった。莉津子がとても大好きだった。
彼女が死んだ後もすずは莉津子の家をずっと守り続けるつもりでいたのだが、その後知らない人間が入れ代わり立ち代わり入ってきて、すずから莉津子の家を奪ってきた。
屋敷を追い出され、すずはたった一匹だった。家でずっと飼われていたので知り合いもなかった。
居場所を奪われはしたが恨む気持ちはなく、別に構わなかったのだがどうしても莉津子にもう一度会いたかった。当時はまだ「死」という概念もあまり把握しておらず、すずはひたすら彷徨い歩いた。莉津子が恋しくて仕方がなかった。彷徨えば会える可能性だってあるのではないかとひたすら彷徨った。せめてもう一度だけでも会いたくて仕方がなかった。生まれて初めて、悲しくて苦しくて、すずは目から水を流した。病気以外で猫は目から水など流さない。後から思えばその時点でもうすでに普通の猫ではなかったのかもしれない。
その後どこかの港にもくもくと煙を吐き出す、黒い船が外国の人間とともにやって来た。そうこうしているうちに周りの風景はどんどん変わっていった。莉津子がいた世界が変わっていくのも悲しかった。
大好きな莉津子を探し続けていたある日、すずは二度目の生を生きている彼女の魂を見つけた。
顔も性格も違う。だが間違いなく莉津子の魂だとわかった。あの心地のいい手ですずを抱き上げ、そして背中を撫でてくれた。相変わらず魂そのものが温かくて心地よかった。例え見た目が変わっても、それよりまた会えたことが嬉しくて仕方がなかった。
だというのに、人間の命は短い。とても短かった。気づけば幸せな時間は過ぎ去っていた。またもやすずは大切な人を見送る羽目になった。
その頃には理解していた。自分がどうやら知らない内に普通の猫ではなくなっているということを。
莉津子の時はすずが猫として老衰するより先に莉津子があまりにも早い生の終わりを迎えていたため、気づかなかった。だが本来ならば猫は人間よりもなお、寿命が短いはずだ。野生ならば特に、長生きしても十五、六年といったところだろう。だがすずはそんな年数など遥か昔に越えている。
また見送らなくてはならない苦しさに、すずは二度目の水を目から流した。だがその後は悲しくとも流すこともなくなっていった。
もちろんそれでもすずはその後もひたすら莉津子の魂を追いかけている。何度も見つけては、その生を見送っていた。刹那を生きる魂が眩しくて愛おしくて堪らないのにすずはただ見送るだけだ。共に生きている感じがあまりにもしなくて、気づけば目から水を落とすことすらなくなっていた。
ちなみに莉津子の魂は同じ性とは限らなかった。一見した性格や見た目が違うように、性別もその時によって違う。とはいえすずにとってそんなことは些細なことに過ぎなかった。そばにいられればそれでよかった。共に生きたかった。お互いどんな姿でも、ひたすらそばにいられればそれで幸せだった。
実際は追いかけて見つけ、共に過ごしては見送るを繰り返している。
今回も久しぶりに見つけたのだが、やはり短い生を寿也も終えていくのだろうか。精一杯生きたと満足したように、呆気なくすずを置いていくのだろうか。
すずは食事を終えると、ゴロゴロと喉を鳴らしたまま寿也に体を擦りつけた。あの頃と変わらない、温かくて心地のいい魂が、その温かい手ですずを撫でてくれる。
また別れを告げられることになるのだろうか。
そう思うとすでに切なくて悲しくて苦しい。だがわかっていても、この温もりから離れたくはなかった。
「すーずちゃん」
ふと、寿也の友人らしい奏流が目を細めながらすずの頭を撫でてきた。その表情が気に食わなくて、すずは「シャーッ」と威嚇しながら部屋の隅まで離れる。
「あーあ。やっぱり俺、すずちゃんに嫌われてんのかなー。悲しすぎない?」
悲しい?
すずは離れた場所からじろりと奏流を睨んだ。こいつはここへ来すぎだと忌々しく思うし、その気持ちを隠すつもりはさらさらない。
そもそも、その顔はちっとも悲しそうではなかった。悲しいという気持ちを痛いほど知っているすずからすれば腹立たしいほどへらへらと笑っている。だというのに目は笑っていないようにしか見えない。むしろその目はまるですずを憐れんでいるかのように見える。
全部、知ってるよ。
まるでそんな風に言われているかのような顔に見えた。全てを見透かされているように見えた。
だからすずは奏流が苦手だった。
寿也が穏やかな笑みを浮かべながらすず専用のエサ入れにドライフードを入れてきた。すずとしてはカリカリは喉が渇きやすいので正直缶詰のほうが好みだが、寿也が与えてくれるものなら結局何でもいいとも思う。
ゴロゴロと喉を鳴らしながらカリカリ音を立てて食べていると背中を撫でられた。莉津子もよくこうしてくれていたのをぼんやり思い出す。
すずはずっと寿也の魂を追いかけ続けている。
初めて出会ったのはいつ頃のことだっただろうか。確か人間たちは皆洋服ではなく着物を着用していて、髪は大抵髷を結っていた気がする。莉津子もそうだった。
莉津子の飼い猫として、すずは生まれたてからずっと莉津子のそばにいた。彼女が死ぬまで、ずっとだ。今の寿也が住んでいる小さな家と違って大きな屋敷の中でずっと、そばにいた。すずという名前を付けてくれたのは彼女だ。鈴の付いた洒落た首輪もつけてくれた。大好きだった。莉津子がとても大好きだった。
彼女が死んだ後もすずは莉津子の家をずっと守り続けるつもりでいたのだが、その後知らない人間が入れ代わり立ち代わり入ってきて、すずから莉津子の家を奪ってきた。
屋敷を追い出され、すずはたった一匹だった。家でずっと飼われていたので知り合いもなかった。
居場所を奪われはしたが恨む気持ちはなく、別に構わなかったのだがどうしても莉津子にもう一度会いたかった。当時はまだ「死」という概念もあまり把握しておらず、すずはひたすら彷徨い歩いた。莉津子が恋しくて仕方がなかった。彷徨えば会える可能性だってあるのではないかとひたすら彷徨った。せめてもう一度だけでも会いたくて仕方がなかった。生まれて初めて、悲しくて苦しくて、すずは目から水を流した。病気以外で猫は目から水など流さない。後から思えばその時点でもうすでに普通の猫ではなかったのかもしれない。
その後どこかの港にもくもくと煙を吐き出す、黒い船が外国の人間とともにやって来た。そうこうしているうちに周りの風景はどんどん変わっていった。莉津子がいた世界が変わっていくのも悲しかった。
大好きな莉津子を探し続けていたある日、すずは二度目の生を生きている彼女の魂を見つけた。
顔も性格も違う。だが間違いなく莉津子の魂だとわかった。あの心地のいい手ですずを抱き上げ、そして背中を撫でてくれた。相変わらず魂そのものが温かくて心地よかった。例え見た目が変わっても、それよりまた会えたことが嬉しくて仕方がなかった。
だというのに、人間の命は短い。とても短かった。気づけば幸せな時間は過ぎ去っていた。またもやすずは大切な人を見送る羽目になった。
その頃には理解していた。自分がどうやら知らない内に普通の猫ではなくなっているということを。
莉津子の時はすずが猫として老衰するより先に莉津子があまりにも早い生の終わりを迎えていたため、気づかなかった。だが本来ならば猫は人間よりもなお、寿命が短いはずだ。野生ならば特に、長生きしても十五、六年といったところだろう。だがすずはそんな年数など遥か昔に越えている。
また見送らなくてはならない苦しさに、すずは二度目の水を目から流した。だがその後は悲しくとも流すこともなくなっていった。
もちろんそれでもすずはその後もひたすら莉津子の魂を追いかけている。何度も見つけては、その生を見送っていた。刹那を生きる魂が眩しくて愛おしくて堪らないのにすずはただ見送るだけだ。共に生きている感じがあまりにもしなくて、気づけば目から水を落とすことすらなくなっていた。
ちなみに莉津子の魂は同じ性とは限らなかった。一見した性格や見た目が違うように、性別もその時によって違う。とはいえすずにとってそんなことは些細なことに過ぎなかった。そばにいられればそれでよかった。共に生きたかった。お互いどんな姿でも、ひたすらそばにいられればそれで幸せだった。
実際は追いかけて見つけ、共に過ごしては見送るを繰り返している。
今回も久しぶりに見つけたのだが、やはり短い生を寿也も終えていくのだろうか。精一杯生きたと満足したように、呆気なくすずを置いていくのだろうか。
すずは食事を終えると、ゴロゴロと喉を鳴らしたまま寿也に体を擦りつけた。あの頃と変わらない、温かくて心地のいい魂が、その温かい手ですずを撫でてくれる。
また別れを告げられることになるのだろうか。
そう思うとすでに切なくて悲しくて苦しい。だがわかっていても、この温もりから離れたくはなかった。
「すーずちゃん」
ふと、寿也の友人らしい奏流が目を細めながらすずの頭を撫でてきた。その表情が気に食わなくて、すずは「シャーッ」と威嚇しながら部屋の隅まで離れる。
「あーあ。やっぱり俺、すずちゃんに嫌われてんのかなー。悲しすぎない?」
悲しい?
すずは離れた場所からじろりと奏流を睨んだ。こいつはここへ来すぎだと忌々しく思うし、その気持ちを隠すつもりはさらさらない。
そもそも、その顔はちっとも悲しそうではなかった。悲しいという気持ちを痛いほど知っているすずからすれば腹立たしいほどへらへらと笑っている。だというのに目は笑っていないようにしか見えない。むしろその目はまるですずを憐れんでいるかのように見える。
全部、知ってるよ。
まるでそんな風に言われているかのような顔に見えた。全てを見透かされているように見えた。
だからすずは奏流が苦手だった。
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