金の鈴

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5話

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 まさかそんなに嬉しそうな顔をされるとはと軽く驚きつつ、寿也は自分も顔を綻ばせた。

「そっか、よかった。浅見くんさえよければまた誘うよ。あとうちの子も見て欲しいし」
「そ、そうですね」

 買って来たつまみだけでは足りないかもと、簡単なものを作って鈴の前に置く。本当に簡単なもので、アスパラガスをベーコンで巻いたものやウィンナーとかのさっとできる炒め物だ。鈴はそれらをじっと見ている。怪訝に思いつつ、もしかしたらまだ遠慮しているのかなと寿也は爪楊枝を一本取ってベーコン巻きに刺した。

「ほら、食べて。大丈夫、不味く作ろうにも作れないものばかりだから」
「い、いえ。そんなことは」

 鈴はそれを手に取り、匂いを嗅いだ後、口へ運んだ。その後少し固まったかと思うと舌をちろりと出す。熱かったのだろうかと思っているとビールに舌をそっと突っ込んで冷やしているようだった。
 猫舌なのかなと、寿也はつい口元が緩んだ。先ほどすずと被ったばかりだけに何だか微笑ましく感じてしまう。

「浅見くんって、もしかして猫舌?」
「はい。オレ、熱いの苦手です。でも、これはすごく美味しいです」

 食べ終えた唇に味が残っていたのか、ぺろりと舐めてから鈴は嬉しそうに笑ってきた。今気づいたが、八重歯があるようだ。ちらりと見えた。

 意外なような、似合っているような?

 また食べたいけれども熱いから冷まさないとと、うずうずしている様子の鈴に、今度はもっとちゃんとしたものを作ってあげたくなった。
 その後も飲んだり話したりして、どうやらその場で寝落ちていたようだ。夜中にふと寿也は目を覚ましてそのことに気づいた。見れば鈴は寿也の足元あたりに体を丸めるようにして眠っていた。
 夏も終わってずいぶん秋らしくなってはきていたが、まだ寒さを感じる時期ではない。だがそのまま眠ってしまって少し寒いのかもしれない。寿也はベッドから掛け布団を取ってくると鈴にかけてやった。寒くはないものの、自分用にはまだしまってなかったタオルケットを持ってきたのでそれを被る。もぞもぞと潜り込むようにして横になりながら、気づいた。
 そういえばすずは結局戻ってこなかった。
 翌日の朝、鈴は「寝ちゃってごめんなさい」と恐縮しながら帰っていった。全然問題ないしまた一緒に飲もうと言えば嬉しそうに頷いていた。鈴がいなくなってから広くない家の中を探したが、やはりすずが隠れている様子はなかった。何かあったのだろうかと心配になっていると背後から「ニャー」という声が聞こえてきた。

「すずっ」

振り返るとやはり真っ黒で青い目をした猫が自分を見上げていた。

「どこ行ってたんだよ。もしかして彼女でもできたのか? 遊びに行くなとは言わないけど、あまり出っぱなしは俺が心配になるから駄目。わかった?」
「ニャア」

 すずはわかっているのかいないのか、寿也を見上げて返事をするかのように鳴いてきた。思わず笑みを浮かべ、すずを抱き上げる。

「体も汚れてないようだけど、一応風呂に入れるか」

 一晩外にいたしなと寿也が独り言を口にすると、大人しく抱かれていたすずがもぞもぞと暴れだし、寿也の腕から下りてしまった。そういえば病院から出てきてから少しして風呂に入れた時「ギェー」などと変な鳴き声を上げながら嫌がっている様子だった。
 猫はどうやらあまり風呂が好きではないらしい。風呂を手伝ってくれた奏流も「猫は自分で舐めて綺麗にするタイプだもんねえ」と言っていた。確かに実家で飼っていた犬と違ってあまり体臭がない。奏流いわく、猫は元々獲物を待ち伏せて狙う生き物だから気づかれないよう体臭は少ないもの、らしい。あと自分で舐めて毛づくろいすることによって体は常に清潔な状態を保つのだという。

「とはいえ野良猫はどうしてもノミとかダニとかいるもんねえ。すずちゃんもかわいそうだけど風呂入るしかなかったよねー」

 奏流がニコニコとすずに言えば「シャーッ」と返されていた。
 これも奏流が言っていたことだが、猫が水を嫌うのは猫の先祖が砂漠に住んでいた名残りなのだそうだ。昼は暑いものの夜凍えるほど寒くなる砂漠地域では体が濡れることで命を失う危険があるかららしい。それは本当だろうけれども猫の先祖に関しては本当かなとほんのり疑いつつ、確かに猫は寒さには弱いよなと寿也は思った。濡れたら体が冷えやすくなるから本能的に避けるのかもしれない。

「あとはねー、犬は体ぶるぶるさせたらいいけど、犬と違って毛に油分が少ない猫は濡れたらべっとり体に張りついちゃって水弾きにくいみたい」
「へえ」
「でもすずちゃんは優秀そうだし気が強そうだし変わったとこありそうだし、慣れたらきっと寿也とお風呂、入ってくれるよ。ねーすずちゃん」
「シャーッ」
「反論しかなさそうだぞ」
「あはは」

 飄々と笑っている奏流に、すずはまた威嚇の声を上げていた。
 その時のことを思い出して苦笑しつつ、寿也は「まあ、いいか」とすずを風呂に入れることを諦めた。嫌がる猫を無理やり風呂へ入れるのはやめたほうがいいと確かどこかで見た気がする。

「でもあまりに汚してきたら、その時は絶対風呂に入れるからね」
「ニャア」

 すずがまた返事するかのように寿也を見上げて鳴いてきた。
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