11 / 53
11話
しおりを挟む
延々と狭い移動用ゲージの中ですずは緩やかに揺られていた。前回莉津子の魂に出会ったのはいつだったかはっきり覚えていないがそこそこ前だったのもあり、電車という乗り物に今初めて乗っている。
最初は好奇心でドキドキしていたが次第に慣れてきて、はっきり言って退屈だ。寿也が膝に乗せて抱えてくれているおかげで窓の外も一応見えるが、移動速度が驚くほど速すぎてゆっくり堪能するどころではない。あれは何だと思った瞬間にそれはもう視界からなくなっているのだ。ただ、空を見上げるとずっと変わらず薄い水色のままだ。空を見上げて時間をつぶしてもいいかもしれない。
こんなことならいっそ鈴はすずだと正体をばらしていたらよかっただろうか。受け入れてもらえるかどうかわからないが、もし受け入れてもらえていたら今も人間の姿で寿也と会話しながら風景や電車内を楽しめたかもしれないのにとつい思ってしまう。人間の姿なら一緒に食事だって楽しめただろう。すずを大事にしてくれているからか、寿也は人間の食べ物を基本的にすずには与えてくれない。先ほども弁当を食べていた寿也は、移動用ゲージの中にはドライフードを入れてくれていた。
「オレは猫又だから人間の食べ物も体、壊さないよ。大丈夫だから一緒にお弁当食べたい」
そう言ってもニャーとしか聞こえないのだろう。ニコニコしながら「いい子だからなるべく静かにね」と言われただけだった。もちろん静かにしながらドライフードは完食した。
退屈だが、こういう時間も考え方によっては悪くないのかもしれない。と思うことにした。どうせなら直接寿也の膝の上に乗りたいが、ゲージに阻まれつつも寿也のそばで一緒に揺られている。最初は煩いなと思っていた電車の音も慣れてきたら何だか単調で心地良い。揺れに合っているからだろうか。気づけばすずは夢の中だった。
「着いたよ」
寿也の声でハッと目を覚ました時には既にどんな夢を見ていたのかほぼ覚えていない。だが断片的に覚えている内容はあまり楽しいものではなかった。山と聞くといい記憶がない原因となった相手が出てきた気がする。
いつのことだったか、何度目の莉津子の魂だったか。多分人間の世界では明治だか大正だか言われていた時代だったとは思う。今から思えば、莉津子のいた文政の時代から大きく変わった時代ではあっただろうか。どこぞの山から珍しく出てきたというろくでもないあやかしに多少関わったことがある。本来の姿だと伸びて二つに分かれるすずの尻尾を見て笑ってきた九尾狐野郎だ。よくからかわれた。本人曰く「俺は山の神だからね、もっと敬意示してくれていいんだよ」らしいが、あんな軽い神などあってたまるかと思った記憶しかない。だいたいもし本当に山の神ならその山から離れるなと言いたい。
ちなみに気に食わない奏流も基本的に軽いタイプだし、多分すずはそういう生き物との相性が最悪なのだと思う。ユキのように頼れる系の落ち着いた格好がいいあやかしが好きだ。ユキも時折怖い話ですずを多分からかってくるが、あの狐や奏流のような苛つく軽さがないところが大きい。あとユキは怖いけれどもキリッとした顔立ちのお姉さんで、とても綺麗だ。目の色もそれぞれ違って美しく、それを本人に言えば「オッドアイって言うんだよ」と教えてくれた。
ゲージの中でため息をつき、着いたのなら早くゲージから出して寿也に癒されたいと思いつつ、すずは何気に風景を見た。
山だ。すごく、山だ。
ほぼ山しかない気がする。莉津子の頃からあの辺りをほぼ出たことのないすずからしたら、山は相当遠いところに薄っすらと見えるものというイメージしかなかった。山だらけの風景は初めて見る。大きな木の塊たちにすごいなと純粋に見惚れつつも、すずの中でもやもやとしたものが感じられた。
「寿也、オレね、何だか嫌な予感しかしないんだけど」
「うんうん、ゲージの中は嫌だよね。でももう少し待ってね。今からバスに乗って俺の家に向かうからね」
相変わらず通じてない上に、どうやらまだ何かに乗るらしい。別に乗り物が嫌いではないが、今日はもう十二分に乗った気がする。とはいえ仕方がないのですずは大人しくしていた。ただ、どんどんもやもやとしたものが広がっていく。猫のシックスセンスとでも言うのだろうか。嫌な予感しかしない。
「……でも別に寿也に何か悪いことが起きるとかそういう感じじゃないしなあ。一応警戒しておけばいいか。きっとさっき見た夢のせいだ」
内容はほぼ覚えていないが、どこぞの山の神だとのたまう性格の悪い阿保狐の夢を見たせいだろう。その上来てみれば「周り山だよ」どころか山しかない。だからきっと落ち着かないのだろう。
気のせいだ、気のせいだと自分に言い聞かせた。
バスを降りてからも少し寿也は歩いたが、その後ようやく着いたらしい。知らない匂いの家で、すずはゲージから出してもらえた。
「す、すず? 知らないとこだから緊張してるのかな……毛が逆立ってる」
「知らないとこだけど寿也がいるから大丈夫。毛が逆立つのは違う意味でだよ」
伝わらないとわかっていても言い返し、すずは気を張り巡らせた。
最初は好奇心でドキドキしていたが次第に慣れてきて、はっきり言って退屈だ。寿也が膝に乗せて抱えてくれているおかげで窓の外も一応見えるが、移動速度が驚くほど速すぎてゆっくり堪能するどころではない。あれは何だと思った瞬間にそれはもう視界からなくなっているのだ。ただ、空を見上げるとずっと変わらず薄い水色のままだ。空を見上げて時間をつぶしてもいいかもしれない。
こんなことならいっそ鈴はすずだと正体をばらしていたらよかっただろうか。受け入れてもらえるかどうかわからないが、もし受け入れてもらえていたら今も人間の姿で寿也と会話しながら風景や電車内を楽しめたかもしれないのにとつい思ってしまう。人間の姿なら一緒に食事だって楽しめただろう。すずを大事にしてくれているからか、寿也は人間の食べ物を基本的にすずには与えてくれない。先ほども弁当を食べていた寿也は、移動用ゲージの中にはドライフードを入れてくれていた。
「オレは猫又だから人間の食べ物も体、壊さないよ。大丈夫だから一緒にお弁当食べたい」
そう言ってもニャーとしか聞こえないのだろう。ニコニコしながら「いい子だからなるべく静かにね」と言われただけだった。もちろん静かにしながらドライフードは完食した。
退屈だが、こういう時間も考え方によっては悪くないのかもしれない。と思うことにした。どうせなら直接寿也の膝の上に乗りたいが、ゲージに阻まれつつも寿也のそばで一緒に揺られている。最初は煩いなと思っていた電車の音も慣れてきたら何だか単調で心地良い。揺れに合っているからだろうか。気づけばすずは夢の中だった。
「着いたよ」
寿也の声でハッと目を覚ました時には既にどんな夢を見ていたのかほぼ覚えていない。だが断片的に覚えている内容はあまり楽しいものではなかった。山と聞くといい記憶がない原因となった相手が出てきた気がする。
いつのことだったか、何度目の莉津子の魂だったか。多分人間の世界では明治だか大正だか言われていた時代だったとは思う。今から思えば、莉津子のいた文政の時代から大きく変わった時代ではあっただろうか。どこぞの山から珍しく出てきたというろくでもないあやかしに多少関わったことがある。本来の姿だと伸びて二つに分かれるすずの尻尾を見て笑ってきた九尾狐野郎だ。よくからかわれた。本人曰く「俺は山の神だからね、もっと敬意示してくれていいんだよ」らしいが、あんな軽い神などあってたまるかと思った記憶しかない。だいたいもし本当に山の神ならその山から離れるなと言いたい。
ちなみに気に食わない奏流も基本的に軽いタイプだし、多分すずはそういう生き物との相性が最悪なのだと思う。ユキのように頼れる系の落ち着いた格好がいいあやかしが好きだ。ユキも時折怖い話ですずを多分からかってくるが、あの狐や奏流のような苛つく軽さがないところが大きい。あとユキは怖いけれどもキリッとした顔立ちのお姉さんで、とても綺麗だ。目の色もそれぞれ違って美しく、それを本人に言えば「オッドアイって言うんだよ」と教えてくれた。
ゲージの中でため息をつき、着いたのなら早くゲージから出して寿也に癒されたいと思いつつ、すずは何気に風景を見た。
山だ。すごく、山だ。
ほぼ山しかない気がする。莉津子の頃からあの辺りをほぼ出たことのないすずからしたら、山は相当遠いところに薄っすらと見えるものというイメージしかなかった。山だらけの風景は初めて見る。大きな木の塊たちにすごいなと純粋に見惚れつつも、すずの中でもやもやとしたものが感じられた。
「寿也、オレね、何だか嫌な予感しかしないんだけど」
「うんうん、ゲージの中は嫌だよね。でももう少し待ってね。今からバスに乗って俺の家に向かうからね」
相変わらず通じてない上に、どうやらまだ何かに乗るらしい。別に乗り物が嫌いではないが、今日はもう十二分に乗った気がする。とはいえ仕方がないのですずは大人しくしていた。ただ、どんどんもやもやとしたものが広がっていく。猫のシックスセンスとでも言うのだろうか。嫌な予感しかしない。
「……でも別に寿也に何か悪いことが起きるとかそういう感じじゃないしなあ。一応警戒しておけばいいか。きっとさっき見た夢のせいだ」
内容はほぼ覚えていないが、どこぞの山の神だとのたまう性格の悪い阿保狐の夢を見たせいだろう。その上来てみれば「周り山だよ」どころか山しかない。だからきっと落ち着かないのだろう。
気のせいだ、気のせいだと自分に言い聞かせた。
バスを降りてからも少し寿也は歩いたが、その後ようやく着いたらしい。知らない匂いの家で、すずはゲージから出してもらえた。
「す、すず? 知らないとこだから緊張してるのかな……毛が逆立ってる」
「知らないとこだけど寿也がいるから大丈夫。毛が逆立つのは違う意味でだよ」
伝わらないとわかっていても言い返し、すずは気を張り巡らせた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~
白亜凛
キャラ文芸
ときは平安。
ひっそりと佇む邸の奥深く、
祓い姫と呼ばれる不思議な力を持つ姫がいた。
ある雨の夜。
邸にひとりの公達が訪れた。
「折り入って頼みがある。このまま付いて来てほしい」
宮中では、ある事件が起きていた。
オヤジ栽培〜癒しのオヤジを咲かせましょう〜
草加奈呼
キャラ文芸
会社員である草木好子《くさきよしこ》は、
毎日多忙な日々を送り心身ともに疲れきっていた。
ある日、仕事帰りに着物姿の女性に出会い、花の種をもらう。
「植物にはリラックス効果があるの」そう言われて花の種を育ててみると……
生えてきたのは植物ではなく、人間!?
咲くのは、なぜか皆〝オヤジ〟ばかり。
人型植物と人間が交差する日常の中で描かれる、
家族、別れ、再生。
ほんのり不思議で、少しだけ怖く、
それでも最後には、どこかあたたかい。
人型植物《オヤジ》たちが咲かせる群像劇(オムニバス)形式の物語。
あなたは、どんな花《オヤジ》を咲かせますか?
またいいオヤジが思いついたらどんどん増やしていきます!
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる