12 / 53
12話
しおりを挟む
しばらく警戒していたが、特に何も起きなかった。ただの気のせいというか考えすぎだったのだろうか。
ようやく気持ちを落ち着かせると、すずは知らない匂いの家を探ることにした。辺りを探りながら歩く。最初に思ったのは、静かなところだなということだ。すずや寿也が住んでいる場所はいつも何らかの音が聞こえている。車のクラクション音やサイレンの音、人の声や物が落ちたり何かする音。だがここはシンとしている。すずの耳には風に揺れる木の葉などの音が聞こえてはくるが、それくらいだろうか。
家の中は広かった。寿也の家は一つの部屋にあとは風呂や便所、調理する場所のくっついた廊下があるくらいだが、ここはたくさんの部屋がある。しかもあらゆるところに入り込める隙間がある。少し楽しくなってきた。
そろそろ階段も上ってみようかとすずが思ったところで、だが邪魔が入った。
「わあ、てげ可愛いっちゃが!」
そんな声がしたかと思うとすずは簡単に背後から抱き上げられてしまった。寿也以外に背後を許すなどと、家の様子に夢中で油断していたようだ。おもわず「ギニャッ」と変な声が出たが、すずを抱き上げた者はおかまいなしにすずを抱っこしたまま「お兄ちゃん、お兄ちゃん帰ってきちょるんやろ? どこっ」などと騒がしい。静かなのは幻だったようだ。
「寿花。ここだよ。久しぶりだな」
「そうっちゃよ。全然帰ってこんからもぅ。で、この子、何?」
「俺が飼ってる子。すずって言うんだ」
「お兄ちゃんが? わあ、すずって言うんやなあ? 私と似てる! 私のすずか、から取ったの?」
「まさか。俺の友だちがつけてくれたんだ」
「何や、そっかぁ。でもそっくりやかぃ、運命感じる」
オレは感じてないぞ。
寿花と呼ばれた者が寿也の元へ走ったことで一旦すずも大人しくしていたがハッとなり、もがいてようやく寿花の手から逃れた。
「あ、逃げてしもうた」
「猫に無理やり何かしちゃ駄目だよ寿花」
「えー。だって可愛いっちゃ」
寿也の言葉に対して、だって可愛い?
文法としておかしくないか?
人間の言葉に対してすずは微妙になりながら寿也の背後へ隠れた。
「わあ、その子お兄ちゃんに懐いちょる」
「うん、まあ」
苦笑しながら、今度は寿也が「ごめんね、すず」とすずを抱き上げてきた。とはいえ相手は寿也だ。抵抗する理由がないのですずは大人しく抱かれるがままでいる。
「何でお兄ちゃんが抱っこするとすずは大人しいん」
当たり前だろう、とすずは改めて目線が近い状態で寿花を見た。お兄ちゃんと呼んでいるということはおそらく寿也の妹なのだろう。そういえば人間の顔はわからないながらもどことなく雰囲気は似ているかもしれない。だが魂が全然違うからか、寿花には当然ながら莉津子の面影はない。
「すず。この子は俺の妹。今中学一年生だよ」
「寿也の妹なら多少仲良くしてもいいけど、この子ちょっと煩いよ」
そう返事はしたが、単に「ニャー」としか聞こえていないのはわかっている。わかっているが、寿也となら会話が成立しなくても会話したい。
「ねーねー、お兄ちゃん。私、今日この子と寝たい」
「嫌だよ」
寿也が返事する前に返事しながらすずは「シャーッ」と威嚇しておいた。
「え、怒ってる?」
「すずはわりと人見知りするみたいなんだ。俺の友だちにも懐かないんだよな。まあ、一緒に寝るのは諦めたほうがいいかも。じゃないと引っかかれるかもだよ」
「えー。そんなぁ。じゃあ一緒にお風呂入るのは?」
「猫は風呂、入らないよ」
「えー」
妹と話している寿也は苦笑しながらも楽しそうだ。きっと久しぶりの家族だからなのだろう。すずは気をきかせることにした。寿也の腕からも下りる。
「あ、どっか行ってしまうよ」
「大丈夫だよ」
そう、大丈夫だよ寿也。オレは普通の猫じゃないからね。
そう言い残すと、すずは家の探索をまた続けた。家の中をそれなりに把握すると、今度は家の周りを見る。時折少し離れたところから動物の気配を感じる。多分すずのようなペットというより家畜だろうか。そちらのほうへも行ってみたいが、あまり離れると寿也が心配するかもしれない。どうしようかなと思っていると、ようやく消えていた嫌なもやもやしたものがまたずずの中で広がってきた。しかも先ほどは気のせいで済んだが、今度は実際に肌で感じる。間違いなく気のせいではない。
思い切り警戒して辺りの様子を探っていると「俺のこと、感じ取ってんの?」という声とともに、嫌な気配が近づいてきた。ますます警戒を強める。
「ちょっとちょっと。警戒し過ぎだろ。ここはむしろ歓迎するとこじゃないの」
「阿保狐……」
今にも牙をむいてやるといった様子ですずは絞り出すように呟く。すずの目の前には光っているせいで金色とも銀色ともつかない毛色をした狐が現れた。尻尾が九つに分かれている。
「おいおい、聞こえたぞ。阿保狐とはひどいな。山の神だよ俺? もっと敬意を払うべきだろ」
「煩い阿保狐。何しに来た」
「やだなあ。何しに来たも何も、俺、ここの山の神」
嫌な予感はやはり当たるらしい。
「……っち」
「今、神様に舌打ちした?」
「煩い。大体いつも思うことだけど山の神なら山から離れんな! 今もわざわざ下りてきただろ……」
「楽しそうな気配したから下りよって思って」
軽い。
すずはイライラと狐を見た。
ようやく気持ちを落ち着かせると、すずは知らない匂いの家を探ることにした。辺りを探りながら歩く。最初に思ったのは、静かなところだなということだ。すずや寿也が住んでいる場所はいつも何らかの音が聞こえている。車のクラクション音やサイレンの音、人の声や物が落ちたり何かする音。だがここはシンとしている。すずの耳には風に揺れる木の葉などの音が聞こえてはくるが、それくらいだろうか。
家の中は広かった。寿也の家は一つの部屋にあとは風呂や便所、調理する場所のくっついた廊下があるくらいだが、ここはたくさんの部屋がある。しかもあらゆるところに入り込める隙間がある。少し楽しくなってきた。
そろそろ階段も上ってみようかとすずが思ったところで、だが邪魔が入った。
「わあ、てげ可愛いっちゃが!」
そんな声がしたかと思うとすずは簡単に背後から抱き上げられてしまった。寿也以外に背後を許すなどと、家の様子に夢中で油断していたようだ。おもわず「ギニャッ」と変な声が出たが、すずを抱き上げた者はおかまいなしにすずを抱っこしたまま「お兄ちゃん、お兄ちゃん帰ってきちょるんやろ? どこっ」などと騒がしい。静かなのは幻だったようだ。
「寿花。ここだよ。久しぶりだな」
「そうっちゃよ。全然帰ってこんからもぅ。で、この子、何?」
「俺が飼ってる子。すずって言うんだ」
「お兄ちゃんが? わあ、すずって言うんやなあ? 私と似てる! 私のすずか、から取ったの?」
「まさか。俺の友だちがつけてくれたんだ」
「何や、そっかぁ。でもそっくりやかぃ、運命感じる」
オレは感じてないぞ。
寿花と呼ばれた者が寿也の元へ走ったことで一旦すずも大人しくしていたがハッとなり、もがいてようやく寿花の手から逃れた。
「あ、逃げてしもうた」
「猫に無理やり何かしちゃ駄目だよ寿花」
「えー。だって可愛いっちゃ」
寿也の言葉に対して、だって可愛い?
文法としておかしくないか?
人間の言葉に対してすずは微妙になりながら寿也の背後へ隠れた。
「わあ、その子お兄ちゃんに懐いちょる」
「うん、まあ」
苦笑しながら、今度は寿也が「ごめんね、すず」とすずを抱き上げてきた。とはいえ相手は寿也だ。抵抗する理由がないのですずは大人しく抱かれるがままでいる。
「何でお兄ちゃんが抱っこするとすずは大人しいん」
当たり前だろう、とすずは改めて目線が近い状態で寿花を見た。お兄ちゃんと呼んでいるということはおそらく寿也の妹なのだろう。そういえば人間の顔はわからないながらもどことなく雰囲気は似ているかもしれない。だが魂が全然違うからか、寿花には当然ながら莉津子の面影はない。
「すず。この子は俺の妹。今中学一年生だよ」
「寿也の妹なら多少仲良くしてもいいけど、この子ちょっと煩いよ」
そう返事はしたが、単に「ニャー」としか聞こえていないのはわかっている。わかっているが、寿也となら会話が成立しなくても会話したい。
「ねーねー、お兄ちゃん。私、今日この子と寝たい」
「嫌だよ」
寿也が返事する前に返事しながらすずは「シャーッ」と威嚇しておいた。
「え、怒ってる?」
「すずはわりと人見知りするみたいなんだ。俺の友だちにも懐かないんだよな。まあ、一緒に寝るのは諦めたほうがいいかも。じゃないと引っかかれるかもだよ」
「えー。そんなぁ。じゃあ一緒にお風呂入るのは?」
「猫は風呂、入らないよ」
「えー」
妹と話している寿也は苦笑しながらも楽しそうだ。きっと久しぶりの家族だからなのだろう。すずは気をきかせることにした。寿也の腕からも下りる。
「あ、どっか行ってしまうよ」
「大丈夫だよ」
そう、大丈夫だよ寿也。オレは普通の猫じゃないからね。
そう言い残すと、すずは家の探索をまた続けた。家の中をそれなりに把握すると、今度は家の周りを見る。時折少し離れたところから動物の気配を感じる。多分すずのようなペットというより家畜だろうか。そちらのほうへも行ってみたいが、あまり離れると寿也が心配するかもしれない。どうしようかなと思っていると、ようやく消えていた嫌なもやもやしたものがまたずずの中で広がってきた。しかも先ほどは気のせいで済んだが、今度は実際に肌で感じる。間違いなく気のせいではない。
思い切り警戒して辺りの様子を探っていると「俺のこと、感じ取ってんの?」という声とともに、嫌な気配が近づいてきた。ますます警戒を強める。
「ちょっとちょっと。警戒し過ぎだろ。ここはむしろ歓迎するとこじゃないの」
「阿保狐……」
今にも牙をむいてやるといった様子ですずは絞り出すように呟く。すずの目の前には光っているせいで金色とも銀色ともつかない毛色をした狐が現れた。尻尾が九つに分かれている。
「おいおい、聞こえたぞ。阿保狐とはひどいな。山の神だよ俺? もっと敬意を払うべきだろ」
「煩い阿保狐。何しに来た」
「やだなあ。何しに来たも何も、俺、ここの山の神」
嫌な予感はやはり当たるらしい。
「……っち」
「今、神様に舌打ちした?」
「煩い。大体いつも思うことだけど山の神なら山から離れんな! 今もわざわざ下りてきただろ……」
「楽しそうな気配したから下りよって思って」
軽い。
すずはイライラと狐を見た。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~
白亜凛
キャラ文芸
ときは平安。
ひっそりと佇む邸の奥深く、
祓い姫と呼ばれる不思議な力を持つ姫がいた。
ある雨の夜。
邸にひとりの公達が訪れた。
「折り入って頼みがある。このまま付いて来てほしい」
宮中では、ある事件が起きていた。
オヤジ栽培〜癒しのオヤジを咲かせましょう〜
草加奈呼
キャラ文芸
会社員である草木好子《くさきよしこ》は、
毎日多忙な日々を送り心身ともに疲れきっていた。
ある日、仕事帰りに着物姿の女性に出会い、花の種をもらう。
「植物にはリラックス効果があるの」そう言われて花の種を育ててみると……
生えてきたのは植物ではなく、人間!?
咲くのは、なぜか皆〝オヤジ〟ばかり。
人型植物と人間が交差する日常の中で描かれる、
家族、別れ、再生。
ほんのり不思議で、少しだけ怖く、
それでも最後には、どこかあたたかい。
人型植物《オヤジ》たちが咲かせる群像劇(オムニバス)形式の物語。
あなたは、どんな花《オヤジ》を咲かせますか?
またいいオヤジが思いついたらどんどん増やしていきます!
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる