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安心した様子の鈴が背筋を少し崩して座っている様子が、何故かまたすずの姿とたぶった。何故か、というか鈴はすずらしいのだが全く実感が湧かなかった。しかし実際何度もこうしてだぶらせていることを思うと「間違いなく鈴はすずなんだ」と寿也は自分の中に浸透してくる気がした。
鈴は安心した様子を見せてきたが、すぐにどこか心許無い表情をしてきた。猫の時と違って人間だけに気持ちがわかりやすいのはいいかもしれない。鈴は他の人に比べるとあまり感情を出さないタイプのようだが、それでも猫の表情よりかは幾分わかりやすい。
「どうかしたのか?」
「寿也に言いたいこともあって正体、ばらしたんだけど……そういうことするの、寿也が初めてだから……落ち着かない」
「俺が初めて?」
鈴は目を伏せるようにしてコクリと頷いてきた。その様子がまたすずと重なる。思わず頭を撫でてしまい、すぐにハッとなって寿也は微妙な気持ちになった。今はどちらも成人している大の男だというのに頭を撫でたり撫でられたりと、違和感しかない。とはいえ相手がすずだと思うとその違和感も薄らいでしまう。
「その姿だとなんか調子狂うね」
「撫でてくれて、いいよ」
「うーん。……というか今までの飼い主さんに正体、ばらしたことはないのか」
「寿也が初めて。りつこの時はオレ、まだ普通の猫だったし、その後のりつ……主の時だって思いつきもしなかった。でも寿也にばらすのも、ちょっと怖かった」
「怖い?」
「嫌われたり怖がられたりしたらどうしようって」
「ああ」
「そう思ったままだったんだけど、九郎のこと言っておきたくて、ばらすことにした」
「くろう?」
「寿也が会った女」
俺が会った女? と寿也は首を傾げた。何の話だと少し考えて道案内をした鳴という綺麗な女性を思い出す。
「九郎丸さんのこと?」
「そいつ」
「そいつって……鈴は知ってるの?」
「そいつ、あの山の神」
あの、と鈴は外を指差して言ってきた。
「はい?」
鈴がすずだと、理解できなくとも受け入れるだけでも結構なキャパオーバーだったというのに、新たにまた寿也にとって容量のでかすぎる話が出てきた。聞き間違いであれと願いつつ「山の神、って言った? 言ってないよな?」と聞き返す。
「言った。九郎は九尾の天狐……空狐かも、で、鳴宮神社の神で、そんでオレや多分寿也をからかおうとしている性格の悪い阿保狐」
ついて行けない。
どうしたってついて行けるわけがない。
今まで生きてきてからつい先ほどまで、寿也は人間の常識内で無難に過ごしていた。ホラーや不思議なことは物語などの中でしか存在しないという常識だ。それだというのにいきなり猫又だの山の神だの、ついて行けるわけがなかった。
とはいえすずのことは今でも可愛い自分の飼い猫だと思っている。そのため逃げる気もないし無視する気もない。ただ、ついて行けない。
「すず……」
「はい」
「……俺はお前のこと、家族のように思ってる。大事な存在だよ」
「ニャア!」
「……にゃあ?」
今のすずは鈴の姿のままでは? と寿也は怪訝な顔を改めて鈴へ向けた。
「あ……その……嬉しくてつい……興奮気味になったら地がでやす、くなるから……」
いつも淡々とアルバイトの仕事をこなしていた鈴が、白い肌をほんのり赤らめながら片手で顔を覆っている。
思わず寿也は目の前の自分より背のある男を抱き上げてぎゅっと抱きしめ、頭やら背中やらを撫でたくて仕方がなくなった。だが「冷静になれ俺」と言い聞かせ、堪える。あまり鈴やらすずやらをまだ理解できていないせいでむしろ鈴とすずの区分けがうまくできていないようだ。すずにしているようなことを目の前の男にしたら、どう考えても絵面が大惨事だ。
何とか息を吸い込むと、寿也は先ほど言いかけていた話を続けた。
「その、すずは大事、だけど今この時点でも俺はそういう世界っていうの? 不思議な世界が現実に存在していることを受け入れられてないんだ。現実逃避ってのとも違って、とにかくついて行けていない」
「はい。今の人間なら、仕方ないと思う」
「今の?」
「文政や天保の時代の人間は今よりあやかしとかを信じてた、から」
「ぶんせい? って文政か。江戸時代のことか。……え、すずって実はいくつなの……?」
「正確には覚えてない、けど二百年は生きてる」
以前初めて鈴が家に来て一緒に飲んだ時のことを寿也は思い出した。年齢を聞いた時、鈴が言いかけた「に」という言葉に対して二十歳かそこそこだろう、さすがに「二百」ではないだろうと思っていた。
……めちゃくちゃ二百だった……!
唖然としていると鈴が「そんなことより」と寿也をじっと見てきた。
「ついて来れなくてもいいから、九郎に気をつけて」
「気をつけて、って言われても、どう……」
「どうとでもいいから気をつけて。女の姿で現れたんなら寿也を誘惑してくるかもだし」
「ゆ、誘惑?」
どうしようもなく男なので、相手が妖怪だと知ってもつい、寿也はあの美しい姿が浮かんで少しどきりとした。
「もう誘惑された……?」
「さ、されてない! されてないよ」
「あいつ阿保狐だけど妖力はきっとすごい。多分からかう程度だとは思うけどろくなことしてこないようなやつだから」
「で、でも神様なんだろ」
「寿也。神なんて自分勝手でろくでもないの、いっぱいいるぞ」
ああ、本当について行けない。
眠気なんていつの間にか完全に吹き飛びながら、寿也は思い切り頭を抱えたくなった。
鈴は安心した様子を見せてきたが、すぐにどこか心許無い表情をしてきた。猫の時と違って人間だけに気持ちがわかりやすいのはいいかもしれない。鈴は他の人に比べるとあまり感情を出さないタイプのようだが、それでも猫の表情よりかは幾分わかりやすい。
「どうかしたのか?」
「寿也に言いたいこともあって正体、ばらしたんだけど……そういうことするの、寿也が初めてだから……落ち着かない」
「俺が初めて?」
鈴は目を伏せるようにしてコクリと頷いてきた。その様子がまたすずと重なる。思わず頭を撫でてしまい、すぐにハッとなって寿也は微妙な気持ちになった。今はどちらも成人している大の男だというのに頭を撫でたり撫でられたりと、違和感しかない。とはいえ相手がすずだと思うとその違和感も薄らいでしまう。
「その姿だとなんか調子狂うね」
「撫でてくれて、いいよ」
「うーん。……というか今までの飼い主さんに正体、ばらしたことはないのか」
「寿也が初めて。りつこの時はオレ、まだ普通の猫だったし、その後のりつ……主の時だって思いつきもしなかった。でも寿也にばらすのも、ちょっと怖かった」
「怖い?」
「嫌われたり怖がられたりしたらどうしようって」
「ああ」
「そう思ったままだったんだけど、九郎のこと言っておきたくて、ばらすことにした」
「くろう?」
「寿也が会った女」
俺が会った女? と寿也は首を傾げた。何の話だと少し考えて道案内をした鳴という綺麗な女性を思い出す。
「九郎丸さんのこと?」
「そいつ」
「そいつって……鈴は知ってるの?」
「そいつ、あの山の神」
あの、と鈴は外を指差して言ってきた。
「はい?」
鈴がすずだと、理解できなくとも受け入れるだけでも結構なキャパオーバーだったというのに、新たにまた寿也にとって容量のでかすぎる話が出てきた。聞き間違いであれと願いつつ「山の神、って言った? 言ってないよな?」と聞き返す。
「言った。九郎は九尾の天狐……空狐かも、で、鳴宮神社の神で、そんでオレや多分寿也をからかおうとしている性格の悪い阿保狐」
ついて行けない。
どうしたってついて行けるわけがない。
今まで生きてきてからつい先ほどまで、寿也は人間の常識内で無難に過ごしていた。ホラーや不思議なことは物語などの中でしか存在しないという常識だ。それだというのにいきなり猫又だの山の神だの、ついて行けるわけがなかった。
とはいえすずのことは今でも可愛い自分の飼い猫だと思っている。そのため逃げる気もないし無視する気もない。ただ、ついて行けない。
「すず……」
「はい」
「……俺はお前のこと、家族のように思ってる。大事な存在だよ」
「ニャア!」
「……にゃあ?」
今のすずは鈴の姿のままでは? と寿也は怪訝な顔を改めて鈴へ向けた。
「あ……その……嬉しくてつい……興奮気味になったら地がでやす、くなるから……」
いつも淡々とアルバイトの仕事をこなしていた鈴が、白い肌をほんのり赤らめながら片手で顔を覆っている。
思わず寿也は目の前の自分より背のある男を抱き上げてぎゅっと抱きしめ、頭やら背中やらを撫でたくて仕方がなくなった。だが「冷静になれ俺」と言い聞かせ、堪える。あまり鈴やらすずやらをまだ理解できていないせいでむしろ鈴とすずの区分けがうまくできていないようだ。すずにしているようなことを目の前の男にしたら、どう考えても絵面が大惨事だ。
何とか息を吸い込むと、寿也は先ほど言いかけていた話を続けた。
「その、すずは大事、だけど今この時点でも俺はそういう世界っていうの? 不思議な世界が現実に存在していることを受け入れられてないんだ。現実逃避ってのとも違って、とにかくついて行けていない」
「はい。今の人間なら、仕方ないと思う」
「今の?」
「文政や天保の時代の人間は今よりあやかしとかを信じてた、から」
「ぶんせい? って文政か。江戸時代のことか。……え、すずって実はいくつなの……?」
「正確には覚えてない、けど二百年は生きてる」
以前初めて鈴が家に来て一緒に飲んだ時のことを寿也は思い出した。年齢を聞いた時、鈴が言いかけた「に」という言葉に対して二十歳かそこそこだろう、さすがに「二百」ではないだろうと思っていた。
……めちゃくちゃ二百だった……!
唖然としていると鈴が「そんなことより」と寿也をじっと見てきた。
「ついて来れなくてもいいから、九郎に気をつけて」
「気をつけて、って言われても、どう……」
「どうとでもいいから気をつけて。女の姿で現れたんなら寿也を誘惑してくるかもだし」
「ゆ、誘惑?」
どうしようもなく男なので、相手が妖怪だと知ってもつい、寿也はあの美しい姿が浮かんで少しどきりとした。
「もう誘惑された……?」
「さ、されてない! されてないよ」
「あいつ阿保狐だけど妖力はきっとすごい。多分からかう程度だとは思うけどろくなことしてこないようなやつだから」
「で、でも神様なんだろ」
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