金の鈴

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17話

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 天狐とは千歳を超えた強力な神通力を持つ狐のことで、神となった狐を言うらしい。ちなみに空狐は天狐からさらに二千年という年月を経た神通力を自在に操れる最強の大神狐を言うようだ。

「……想像もつかないな」

 寿也はぼそりと呟いて携帯電話を下ろした。鈴が言っていた例の狐を差す「テンコ、クウコ」が何を言っているのかさっぱりだったのだが、鈴が話している時は聞く余裕もなかったというか、他のもっとわけがわからないことに気を取られていて後から「そういえば、何?」と思い至った。ネット検索して調べていたのだが、あまりに現実味を帯びなさ過ぎて調べてもピンとこない。ちなみに猫又についても検索したが「日本の民間伝承や古典の怪談、随筆などにあるネコの妖怪」といった結局曖昧なことしか調べられなかった。一応山中に存在するパターンと人家で飼われ長生きした猫が化けるパターンがあるようだとはわかった。とはいえそれも人間が想像した内容でしかない。
 それに猫又は尾が二又に分かれていることが語源らしいが、すずの尻尾は分かれるどころか「かぎしっぽ」と言われている短く丸まっている、まるでウサギの尾のような形をしている。あれでは分かれようがない。

「うーん、わからない」

 調べることも諦めて伸びをしていると、家の中をうろうろしていたすずが戻ってきて「ニャー」と鳴いてきた。もちろん何を言っているのかわからない。そう思うと鈴の姿は便利だななどと浮かんだ。ついて行けないなどと言いながら、自分の都合がいいことには順応しているかのようで寿也は微妙な気持ちになる。
 寿也の手に頭を擦り寄せてくるすずを見ていると、しかし改めて普通の猫にしか見えない。角が生えているわけでもないし、尻尾は相変わらず短い。撫でてもふかふか、もふもふと気持ちがいいだけだ。仏壇が置いてある広い畳の上に転がっていた寿也は体を起こしてすずを抱き上げた。そして逆にごろんと転がったゴロゴロ喉を鳴らしているすずのもふもふとした体に顔を埋めて息を吸い込んだ。もはや定期的に猫の匂いを嗅がないと禁断症状が出る体になっている。
 とはいえ今回は思い切り吸い込んだところでふと我に返り、今自分が顔を埋めているのは猫又の腹なのか、とか鈴の腹なのか、とか頭に過って何となく微妙な気持ちになった。顔を上げてすずをじっと見る。だがやはり相変わらず可愛い可愛い寿也の愛くるしすぎる飼い猫にしか見えない。

「お前を見てると猫又で、あの鈴だって思えないよなあ……」

 もしかしたら角は生えていないが気づいていなかっただけで牙は生えているかもしれない。むにっと寿也はすずの口に手を突っ込んで開けさせた。ただ、猫なので当然するどい犬歯が生えているのを再確認しただけだ。

「でもこうして見ると、猫の口の中って妖怪っぽい?」

 上顎、下顎の中央に小さな切歯が左右三本ずつ生えている次にするどい犬歯がこれまた上下に生えている。臼歯の中でも特に上顎に生えている前臼歯もそれなりに鋭い。犬歯は横幅が広く、くさびのように獲物の首筋に食い込めばちょうど脊髄に当たって効率よく切断させることができるらしい。切断された獲物は即死だ。しかも獲物の脊髄を正確に嚙み切れる部分を犬歯で感じ取れるようになっている。小ぶりで間隔が開いていない切歯は櫛を通すように毛づくろいしやすいだけでなく、肉を引きちぎったり骨から削いだりしやすいよう生えている。臼歯は前臼歯と後臼歯に分かれていて、その中でも裂肉歯という上顎の第三前臼歯と下顎の第一後臼歯は鋏のように咬合して肉を切り裂ける。
 歯を見ていると猫は肉食だと実感できるが、今の寿也としては妖怪っぽくも見えてきた。
 見ていると、すずがもがき出して寿也の手から逃れる。

「あ、ごめんね。嫌だったね」

 わりと不愉快そうな目つきをしているすずに気づくと、確かに無理やりだったしもしかしたら普通の猫なら思い切り噛みつかれるか爪で引っかかれていたかもしれないと寿也は思った。猫又で人間にも化けられるすずだから遠慮してくれたのかもしれない。
 ふと、すずが体を少し震わせたかと思うとじわじわ大きくなっていく。

「って、ちょ、待って! もしかして人間の鈴になろうとしてるっ? こ、ここじゃ駄目だよすず……! せめて人目につかないとこじゃないと!」

 また突然素っ裸の鈴が現れることに一瞬焦ったのだが、大の男が素っ裸で現れるのも問題ながらに何より猫が人間に化ける様子を当たり前のように人目につくところで堂々とさせるべきじゃない。

「ごめん。きっと文句でも言いたくて鈴になろうとしたんだろうけど、もうしないから。俺に正体ばらしたからって気を抜いちゃだめだよ……」

 まだ少し不愉快そうな目をしたまま、すずは元の大きさに戻った。確かに歯医者に診てもらう以外でいきなり口の中に手を突っ込まれて歯をしみじみ見られたら寿也も嬉しくない。すずは一応猫だから歯医者に診てもらうことすらないだろうし、そもそも普通の猫なら無理やり何かをされることをあからさまに嫌がるだろう。

「ほんとごめんね」

 手をそっと差し出すと、すずは手のひらをじっと見た後で匂いを嗅ぎ、そこにまた顔を擦りつけてきた。ホッとして寿也はすずの頭や体を撫でる。

「お兄ちゃん! 何かすっごい綺麗な人が来たちゃ。何? まさかお兄ちゃんの彼女……? まさか。まさかちゃね」
「……まさかまさか、言い過ぎ」

 誰かが寿也を訪ねてきたことを驚きながら教えてくれた寿花を微妙な顔で見ながら、寿也は「もしかして九郎丸さん……?」と内心少し落ち着かなくなった。
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