金の鈴

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26話

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 年末年始というものはやはり九郎にとって忙しいものなのか、あれほどすずや寿也の周りをうろついてきていたというのに全く姿を見せない。
 寿也は二日経っても三日経っても熱が下がらなかった。寿也の家族も心配しており、一度寿也を病院へ連れていったようだ。寿也を外へ連れ出すことに不安はあったが、鳴宮神社とは違う方向のようだしどのみちすずがついていけたとしても多分何もできないだろう。
 病院へ行っても無駄なことはわかっている。絶対に野狐が呪ったか何かしたせいだ。電流が走ったような痛み以外特に何も目立った症状のないすずも、まだ未だに人間に化ける力が戻っていない。それでも多少であっても寿也が楽になれるのならとすずは病院から戻ってきた寿也のそばをうろうろしていた。
「……すず、心配してくれてるのかな。大丈夫、点滴打ってもらったし解熱剤や頓服ももらったし、大丈夫だよ」
 全然大丈夫そうでない寿也がそっと手を伸ばし、すずの背中を撫でてくれた。多分寿也も寿也の家族と同じように野狐の呪いだなどと思いもしていないのだろう。
 薬が多少は効いているのか、その後うつらうつらしていた寿也が完全に眠ってしまってからすずはかろうじて使える力を寄せ集めるようにして寿也の周りに小さな結界を張った。寿也の体に添う程度の小さな結界だし弱いものだけに簡単に壊されてしまうだろうが、目隠し程度にはなるはずだ。
 改めて寿也の匂いを嗅いだりして様子を窺ってから、すずは外へ出た。そのまま鳴宮神社へ向かう。途中野狐に見つかって攻撃を食らうだろうかと思っていたが、何もなかった。
「お前、また来たの」
 境内近くまでやって来るとひたすら邪険にしてきた狐ではなく一応教えてくれた狐がすずに気づいてきた。二本足で立ち、地面を箒で掃いていた手を止めて嫌そうな顔してくる。ちなみに狐の姿が見えない人間からはどう見えているのかほんの少し気になった。箒だけ見えるのだろうか。それとも箒も見えず、ただ風が地面の落ち葉などをさらっているように見えるのだろうか。
「九郎に会わせろ」
「言っただろ。九郎様は忙しいんだよ」
「煩い。オレの何より大切な寿也が野狐のせいで高熱出して倒れた。元はと言えば九郎のせいだろ。責任逃れするつもりか」
「九郎様に対して何て言い草だい」
 狐が目を光らせ、毛を逆立ててきた。力がある状態ならまだしもまだ回復していないすずがどうにかできる相手ではない。だが怯むことなく威嚇して睨みつけていると、その狐はむしろ戦意を無くしたのか力を抜いてため息をついてきた。
「お前みたいなのを無謀な馬鹿って言うんだよ。まだ大して長く生きてもいないくせに私に挑もうなんてあと数百年は早いよ」
「無謀でも何でもいい。寿也を助けられるなら何だってする」
「は。……まあ、主を思う気持ちはわからないでもない。だいたい何度も来られては猫臭くてかなわない。ちょっと待ってな」
 嘲笑うような顔や心底鬱陶しそうな顔しつつも、狐は言い残すとこの場を去って行った。やはりさほど悪い奴ではないような気がする。
 すずは所在なさげに辺りを見た。とても静かだった。時折鳥の声が聞こえる。さわさわと木々の葉が擦れる音がする。わけのわからない野狐に狙われたせいで寿也が弱っているなどと嘘みたいな気がしそうだ。
 だが寿也は間違いなく高熱にうなされている。あのまま死んでしまわないだろうかと内心怖くて堪らない。人間は儚い。ちょっとしたことで死んでしまう。すずも多分頭を潰されれば死んでしまうだろうが、人間は体温があまりに高くても低くても死ぬ。火に焼かれたくらいでも死ぬ。ちょっとした風邪を拗らせただけですら、死ぬ。
 寿也だって例外ではない。ただでさえ今、高い熱にやられている。このまま死んでしまわないなどと誰が保証してくれるのか。
 ふるりと体が震えた。あまりの心許無さに心臓が痛くなる。寂しくてまたふるりと震えた。
 だがまたあの嫌な気を感じて、すずは気持ちを切り替えた。猫の姿なら見つけられるかもしれない。すずの力はまだほぼ戻っていないが、正体を探すくらい普通の猫でもできる。頭を低くし、待ち伏せのポーズを取った。短い尻尾が少し揺れるのを感じつつ、すずは辺りを窺った。
「そこか……っ」
 明らかに違和感のある気配を察知し、すずは待ち伏せた体勢から一気に飛びかかった。ギャッという声がする。思い切り爪を立て噛みついて捕らえたものは、やはり狐だった。それも普通の狐ではない。見た目は一見普通かもしれない。だが噛みついて本性を表したのもあるのか今はとてつもなく禍々しい気を発していた。人間がもしこの狐を見ることができればおそらくとても恐れるのだろうなとすずは思った。呪いや祟りを人間は恐れるとすずは知っているし、この狐からはそういった気配が溢れ出ている。
 だが残念ながらと言うのか、幸いと言えばいいのかすずにとって呪いや祟りは怖いものではない。白猫ユキの猫鬼話は怖かったが、ああいったものは人間が楽しむ怪談話のようなものだ。実際は見えるからかもしれないが、怖くない。

「離せ!」
「離すかよ」

 むしろそのままさらに噛みついてやった。すると舌打ちが聞こえ、青い炎がすずを燃やしてきたが、すずは離さず噛みついたままだった。多分狐火だろう。大して害はないはずだと踏んだ。
 実際、炎がすずを包み込んだが体の芯を燃やす感じはない。力があまり戻っていなくともすずはあやかしだ。この程度の火にやられるような体ではなかった。
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