金の鈴

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28話

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 呆気なさ過ぎる。
 病院を出てから小さな体の猫又姿に戻り、一目散に走りながらすずは呆然と思った。
 40度を超えたら確かに猫でも発熱していると言える。猫の平熱はだいたい38度から39度くらいだし、41度を超えれば猫でも脱水症状などを起こして死んでしまうこともある。だがあやかしのすずには関係のない話だ。高熱どころか多少燃やされるくらいなら死なない。
 だというのに人間は高熱でも死ぬ。少し湯をかぶったくらいでも死ぬと寿也は言っていた。呆気なさ過ぎる。
 死は肉体と魂の分離でしかないと、白猫のユキは言っていた。肉体から分離した魂は次へと向かっていくのだと。それはすずも実感してわかっている。莉津子がそうだ。魂がまた次の生へと移っていく様をすずは目の当たりにして知っている。そんなことはわかっている。終わりではない。確かにそうだ。
 でも、その時の「莉津子」は終わる。寿也だって莉津子の魂であっても莉津子ではない。今までの莉津子もそうだ。魂そのものを愛しているなら別にそれでも構わないと思うべきだろう。必ず出会える保証なんてないのにこうして何度も出会えているだけですごいことだし感謝すべきだろう。もし寿也がこのまま駄目だったとしても、またいずれ出会えるかもしれない魂を願い、待てばいいのだろう。

 でも、オレは寂しい。
 寂しいし悲しい。
 すごく、悲しい。

 走りながらすずは一瞬ぎゅっと目を瞑った。
 何度も大切な相手が死ぬのを見送るのは、いくらその魂がいずれまた生まれ変わるのだと知っていても、つらい。

 何故オレは人間じゃないんだろう。何故オレはあやかしになっちゃったんだろう。

 こうして長生きできる体を喜ぶあやかしもいるだろう。だが簡単に死なない体を、すずはもどかしく思う。いっそ頭を誰か潰してくれないかとさえ思ったこともある。自分ではできない。怖いからではない。「莉津子」の死は怖いけれども自分の死は怖くない。そうではなく、人間界の生き物と同様に自死の魂は次へと向かえない。自ら生を放棄すると、完全に消滅するか、永遠にそこに留まるしかない。だから自分ではできない。それこそ二度と「莉津子」に会えなくなる。

 寿也……寿也……待って。もうお別れなんて、絶対嫌だ……!

 呆気なさ過ぎる。唐突過ぎる。

 何で人間はそんなに弱いの。死が当たり前じゃないくせに。親しい人が死んだら残された人はたくさん目から水を流すくせに。

 鳴宮神社に着くと、すずは一目散に九郎の気配を辿って走った。取り次ぎを待っている余裕すらない。何匹かの狐が何か言っていたが知ったことではなかった。ただ今回は九郎も気にかけていたのか、向こうからすずの前に現れてきた。

「九郎……っ」
「おすず。寿也は元気になったのか」
「死にかけてる……!」
「……」
「あの野狐今すぐ殺したい、けどそれどころじゃない。九郎、お前だって寿也を気に入ってただろ? オレからかうだけじゃなくて、寿也自身をからかって楽しんでただろ? 寿也を助けて!」

 すがりつく勢いで一気に言ったが、九郎は真面目な顔をして黙っている。

「九郎!」
「……俺には寿也をどうすることもできない」
「はっ? 何で! お前の力なら人の生死くらいどうとでもできるだろ!」
「できるだろうな」
「じゃあっ」
「だが俺は神だ。個人的な理由で人間界の生物の生死を弄るわけにはいかない」
「何言ってんだ……何言ってんだっ? 元はと言えばお前のせいだろ……! お前がオレや寿也にちょっかいかけて、あんな野狐までかくまってやって、そのせいで寿也は関係ないのに呪いを受けたんだぞっ?」
「そうだ。……それでも」
「っ馬鹿野郎……! そんなで神なんて名乗るな! 気軽に絡んでくるな! 勝手野郎……っ、クソ! クソ!」

 唯一の望みが絶たれた。すずは腰が抜けたようにその場に倒れ込んだ。

「手助けはできる」
「……ああ、そうだろうよ……人間の祈りに恰好ばかりの手助けを、な……」
「いいから拝殿まで行け。賽銭箱の真上に大きな鈴がある。麻縄が添えられている。鈴緒だ。それを振り動かして願え」
「賽銭なんてできない、持ってない」
「構わない。なくていい」

 未だに怒りがくすぶっていたが、すずは言われた通り拝殿まで向かった。手助けなどと言われても何の役にも立たないかもしれない。だが藁にも縋る思いだった。
 尻尾を一旦普通の猫の状態に戻し、すずは猫の姿のまま二本足で立ち上がると鈴緒をつかんだ。振ろうとしたが動かない。人間の姿でないと無理かもしれないが、また隠れて人間に戻って、とやっている時間が惜しくてすずは気合いを込めて再度振った。微かに鈴が鳴る。ホッとして一旦四本足に戻ってからすずは『寿也を助けて。寿也を生かして』と願った。
 祈る体勢のまま少しすると自分の中が熱くなった。力がみなぎってくる。

「……一体……?」

 唖然としていると、一旦見えなくなっていた九郎がまた姿を現した。境内だからか先ほどの九尾狐の姿ではなく人間の男の姿だ。

「祈りは届いた。……お前はまだせいぜい二百年程度しか生きていないあやかしだ。だがお前のような猫又はもっと長く生きれば蘇生能力を持つこともできる。もちろんそれでも熟練していかないと何度も使えないし成功する確率だって低いだろう。だがそれを今、能力として無理やり開花させた。無理やりだから一度だけだ。それも人間に見られないよう使え」
「……え?」
「頭が回っていないようだな? お前は一度だけ、寿也の命を助ける力を今持っている、と言ったんだ」
「っ」

 後から礼すら言っていないと気づいたが、すずはまた一目散に走り出していた。
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