28 / 53
28話
しおりを挟む
呆気なさ過ぎる。
病院を出てから小さな体の猫又姿に戻り、一目散に走りながらすずは呆然と思った。
40度を超えたら確かに猫でも発熱していると言える。猫の平熱はだいたい38度から39度くらいだし、41度を超えれば猫でも脱水症状などを起こして死んでしまうこともある。だがあやかしのすずには関係のない話だ。高熱どころか多少燃やされるくらいなら死なない。
だというのに人間は高熱でも死ぬ。少し湯をかぶったくらいでも死ぬと寿也は言っていた。呆気なさ過ぎる。
死は肉体と魂の分離でしかないと、白猫のユキは言っていた。肉体から分離した魂は次へと向かっていくのだと。それはすずも実感してわかっている。莉津子がそうだ。魂がまた次の生へと移っていく様をすずは目の当たりにして知っている。そんなことはわかっている。終わりではない。確かにそうだ。
でも、その時の「莉津子」は終わる。寿也だって莉津子の魂であっても莉津子ではない。今までの莉津子もそうだ。魂そのものを愛しているなら別にそれでも構わないと思うべきだろう。必ず出会える保証なんてないのにこうして何度も出会えているだけですごいことだし感謝すべきだろう。もし寿也がこのまま駄目だったとしても、またいずれ出会えるかもしれない魂を願い、待てばいいのだろう。
でも、オレは寂しい。
寂しいし悲しい。
すごく、悲しい。
走りながらすずは一瞬ぎゅっと目を瞑った。
何度も大切な相手が死ぬのを見送るのは、いくらその魂がいずれまた生まれ変わるのだと知っていても、つらい。
何故オレは人間じゃないんだろう。何故オレはあやかしになっちゃったんだろう。
こうして長生きできる体を喜ぶあやかしもいるだろう。だが簡単に死なない体を、すずはもどかしく思う。いっそ頭を誰か潰してくれないかとさえ思ったこともある。自分ではできない。怖いからではない。「莉津子」の死は怖いけれども自分の死は怖くない。そうではなく、人間界の生き物と同様に自死の魂は次へと向かえない。自ら生を放棄すると、完全に消滅するか、永遠にそこに留まるしかない。だから自分ではできない。それこそ二度と「莉津子」に会えなくなる。
寿也……寿也……待って。もうお別れなんて、絶対嫌だ……!
呆気なさ過ぎる。唐突過ぎる。
何で人間はそんなに弱いの。死が当たり前じゃないくせに。親しい人が死んだら残された人はたくさん目から水を流すくせに。
鳴宮神社に着くと、すずは一目散に九郎の気配を辿って走った。取り次ぎを待っている余裕すらない。何匹かの狐が何か言っていたが知ったことではなかった。ただ今回は九郎も気にかけていたのか、向こうからすずの前に現れてきた。
「九郎……っ」
「おすず。寿也は元気になったのか」
「死にかけてる……!」
「……」
「あの野狐今すぐ殺したい、けどそれどころじゃない。九郎、お前だって寿也を気に入ってただろ? オレからかうだけじゃなくて、寿也自身をからかって楽しんでただろ? 寿也を助けて!」
すがりつく勢いで一気に言ったが、九郎は真面目な顔をして黙っている。
「九郎!」
「……俺には寿也をどうすることもできない」
「はっ? 何で! お前の力なら人の生死くらいどうとでもできるだろ!」
「できるだろうな」
「じゃあっ」
「だが俺は神だ。個人的な理由で人間界の生物の生死を弄るわけにはいかない」
「何言ってんだ……何言ってんだっ? 元はと言えばお前のせいだろ……! お前がオレや寿也にちょっかいかけて、あんな野狐までかくまってやって、そのせいで寿也は関係ないのに呪いを受けたんだぞっ?」
「そうだ。……それでも」
「っ馬鹿野郎……! そんなで神なんて名乗るな! 気軽に絡んでくるな! 勝手野郎……っ、クソ! クソ!」
唯一の望みが絶たれた。すずは腰が抜けたようにその場に倒れ込んだ。
「手助けはできる」
「……ああ、そうだろうよ……人間の祈りに恰好ばかりの手助けを、な……」
「いいから拝殿まで行け。賽銭箱の真上に大きな鈴がある。麻縄が添えられている。鈴緒だ。それを振り動かして願え」
「賽銭なんてできない、持ってない」
「構わない。なくていい」
未だに怒りがくすぶっていたが、すずは言われた通り拝殿まで向かった。手助けなどと言われても何の役にも立たないかもしれない。だが藁にも縋る思いだった。
尻尾を一旦普通の猫の状態に戻し、すずは猫の姿のまま二本足で立ち上がると鈴緒をつかんだ。振ろうとしたが動かない。人間の姿でないと無理かもしれないが、また隠れて人間に戻って、とやっている時間が惜しくてすずは気合いを込めて再度振った。微かに鈴が鳴る。ホッとして一旦四本足に戻ってからすずは『寿也を助けて。寿也を生かして』と願った。
祈る体勢のまま少しすると自分の中が熱くなった。力がみなぎってくる。
「……一体……?」
唖然としていると、一旦見えなくなっていた九郎がまた姿を現した。境内だからか先ほどの九尾狐の姿ではなく人間の男の姿だ。
「祈りは届いた。……お前はまだせいぜい二百年程度しか生きていないあやかしだ。だがお前のような猫又はもっと長く生きれば蘇生能力を持つこともできる。もちろんそれでも熟練していかないと何度も使えないし成功する確率だって低いだろう。だがそれを今、能力として無理やり開花させた。無理やりだから一度だけだ。それも人間に見られないよう使え」
「……え?」
「頭が回っていないようだな? お前は一度だけ、寿也の命を助ける力を今持っている、と言ったんだ」
「っ」
後から礼すら言っていないと気づいたが、すずはまた一目散に走り出していた。
病院を出てから小さな体の猫又姿に戻り、一目散に走りながらすずは呆然と思った。
40度を超えたら確かに猫でも発熱していると言える。猫の平熱はだいたい38度から39度くらいだし、41度を超えれば猫でも脱水症状などを起こして死んでしまうこともある。だがあやかしのすずには関係のない話だ。高熱どころか多少燃やされるくらいなら死なない。
だというのに人間は高熱でも死ぬ。少し湯をかぶったくらいでも死ぬと寿也は言っていた。呆気なさ過ぎる。
死は肉体と魂の分離でしかないと、白猫のユキは言っていた。肉体から分離した魂は次へと向かっていくのだと。それはすずも実感してわかっている。莉津子がそうだ。魂がまた次の生へと移っていく様をすずは目の当たりにして知っている。そんなことはわかっている。終わりではない。確かにそうだ。
でも、その時の「莉津子」は終わる。寿也だって莉津子の魂であっても莉津子ではない。今までの莉津子もそうだ。魂そのものを愛しているなら別にそれでも構わないと思うべきだろう。必ず出会える保証なんてないのにこうして何度も出会えているだけですごいことだし感謝すべきだろう。もし寿也がこのまま駄目だったとしても、またいずれ出会えるかもしれない魂を願い、待てばいいのだろう。
でも、オレは寂しい。
寂しいし悲しい。
すごく、悲しい。
走りながらすずは一瞬ぎゅっと目を瞑った。
何度も大切な相手が死ぬのを見送るのは、いくらその魂がいずれまた生まれ変わるのだと知っていても、つらい。
何故オレは人間じゃないんだろう。何故オレはあやかしになっちゃったんだろう。
こうして長生きできる体を喜ぶあやかしもいるだろう。だが簡単に死なない体を、すずはもどかしく思う。いっそ頭を誰か潰してくれないかとさえ思ったこともある。自分ではできない。怖いからではない。「莉津子」の死は怖いけれども自分の死は怖くない。そうではなく、人間界の生き物と同様に自死の魂は次へと向かえない。自ら生を放棄すると、完全に消滅するか、永遠にそこに留まるしかない。だから自分ではできない。それこそ二度と「莉津子」に会えなくなる。
寿也……寿也……待って。もうお別れなんて、絶対嫌だ……!
呆気なさ過ぎる。唐突過ぎる。
何で人間はそんなに弱いの。死が当たり前じゃないくせに。親しい人が死んだら残された人はたくさん目から水を流すくせに。
鳴宮神社に着くと、すずは一目散に九郎の気配を辿って走った。取り次ぎを待っている余裕すらない。何匹かの狐が何か言っていたが知ったことではなかった。ただ今回は九郎も気にかけていたのか、向こうからすずの前に現れてきた。
「九郎……っ」
「おすず。寿也は元気になったのか」
「死にかけてる……!」
「……」
「あの野狐今すぐ殺したい、けどそれどころじゃない。九郎、お前だって寿也を気に入ってただろ? オレからかうだけじゃなくて、寿也自身をからかって楽しんでただろ? 寿也を助けて!」
すがりつく勢いで一気に言ったが、九郎は真面目な顔をして黙っている。
「九郎!」
「……俺には寿也をどうすることもできない」
「はっ? 何で! お前の力なら人の生死くらいどうとでもできるだろ!」
「できるだろうな」
「じゃあっ」
「だが俺は神だ。個人的な理由で人間界の生物の生死を弄るわけにはいかない」
「何言ってんだ……何言ってんだっ? 元はと言えばお前のせいだろ……! お前がオレや寿也にちょっかいかけて、あんな野狐までかくまってやって、そのせいで寿也は関係ないのに呪いを受けたんだぞっ?」
「そうだ。……それでも」
「っ馬鹿野郎……! そんなで神なんて名乗るな! 気軽に絡んでくるな! 勝手野郎……っ、クソ! クソ!」
唯一の望みが絶たれた。すずは腰が抜けたようにその場に倒れ込んだ。
「手助けはできる」
「……ああ、そうだろうよ……人間の祈りに恰好ばかりの手助けを、な……」
「いいから拝殿まで行け。賽銭箱の真上に大きな鈴がある。麻縄が添えられている。鈴緒だ。それを振り動かして願え」
「賽銭なんてできない、持ってない」
「構わない。なくていい」
未だに怒りがくすぶっていたが、すずは言われた通り拝殿まで向かった。手助けなどと言われても何の役にも立たないかもしれない。だが藁にも縋る思いだった。
尻尾を一旦普通の猫の状態に戻し、すずは猫の姿のまま二本足で立ち上がると鈴緒をつかんだ。振ろうとしたが動かない。人間の姿でないと無理かもしれないが、また隠れて人間に戻って、とやっている時間が惜しくてすずは気合いを込めて再度振った。微かに鈴が鳴る。ホッとして一旦四本足に戻ってからすずは『寿也を助けて。寿也を生かして』と願った。
祈る体勢のまま少しすると自分の中が熱くなった。力がみなぎってくる。
「……一体……?」
唖然としていると、一旦見えなくなっていた九郎がまた姿を現した。境内だからか先ほどの九尾狐の姿ではなく人間の男の姿だ。
「祈りは届いた。……お前はまだせいぜい二百年程度しか生きていないあやかしだ。だがお前のような猫又はもっと長く生きれば蘇生能力を持つこともできる。もちろんそれでも熟練していかないと何度も使えないし成功する確率だって低いだろう。だがそれを今、能力として無理やり開花させた。無理やりだから一度だけだ。それも人間に見られないよう使え」
「……え?」
「頭が回っていないようだな? お前は一度だけ、寿也の命を助ける力を今持っている、と言ったんだ」
「っ」
後から礼すら言っていないと気づいたが、すずはまた一目散に走り出していた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~
白亜凛
キャラ文芸
ときは平安。
ひっそりと佇む邸の奥深く、
祓い姫と呼ばれる不思議な力を持つ姫がいた。
ある雨の夜。
邸にひとりの公達が訪れた。
「折り入って頼みがある。このまま付いて来てほしい」
宮中では、ある事件が起きていた。
オヤジ栽培〜癒しのオヤジを咲かせましょう〜
草加奈呼
キャラ文芸
会社員である草木好子《くさきよしこ》は、
毎日多忙な日々を送り心身ともに疲れきっていた。
ある日、仕事帰りに着物姿の女性に出会い、花の種をもらう。
「植物にはリラックス効果があるの」そう言われて花の種を育ててみると……
生えてきたのは植物ではなく、人間!?
咲くのは、なぜか皆〝オヤジ〟ばかり。
人型植物と人間が交差する日常の中で描かれる、
家族、別れ、再生。
ほんのり不思議で、少しだけ怖く、
それでも最後には、どこかあたたかい。
人型植物《オヤジ》たちが咲かせる群像劇(オムニバス)形式の物語。
あなたは、どんな花《オヤジ》を咲かせますか?
またいいオヤジが思いついたらどんどん増やしていきます!
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる