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29話
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こんなにそこそこの距離を何往復も走ったことはなかった。いくらあやかしでもきつい。肺が焼けつくようだった。それでも気力を振り絞ってすずは病院まで走った。
いつのまにか日は暮れ始めている。黄昏時だ。ほんの少しだけ、力がみなぎる気がする。金色の中、すずはひたすら走った。
まだ寿也と一緒にここの山を登ってもいない。海にも行っていない。全ての四季すら一緒に味わっていない。まだあまりにも早すぎる。
病院に着く頃には辺りは薄暗くなっていた。むしろ人間の姿のほうが中に入り辛そうだと判断したすずはそのまま忍び込むことにした。あまり悠長なことはしていられない。幸い、丁度脇にある小さな通用口から白い服を着た誰かが出てきた。すずはするりと入り込む。人間は気づいていないようで、構わず進んだ。先ほどと入った場所が違うが匂いで寿也のいる場所まで辿るように向かった。
集中治療室には特に誰もいなかった。寿也の母親が残っているかと思ったが、一般病棟でもない部屋だからかわからないが帰るよう言われたのかもしれない。どうやって中に入ろうかと逡巡していたが、また白い服を着た誰かがカートを押しながらこちらへ向かって廊下を歩いてくる。すずは慌てて廊下に置いてある椅子の下に隠れながら様子を見ていると、その人間はドアの脇にある何かにカードのようなものをかざした。するとドアが開き、中へ入って行く。すかさず、すずも急いで中へ入った。白い服の人間は病人の様子を順番に見ていった後、また部屋を出ていった。部屋には寿也を含め三人ほど人間がいるようだが皆寿也のように周りを気にする余裕などないだろう。
その時ふと九郎の声が頭の中で聞こえてきた。
『監視カメラは俺が少しの間だけ弄っておいた。入るのも楽だっただろう?』
監視カメラというものがよくわからないがすずが人間の姿でアルバイトをしている店に設置されているカメラのようなものだろうか。どうやらタイミングよく出入り口が開くのも運というわけではなさそうだった。
『いや、運だよ。お前は祈っただろう? だから運がついたって考えろ』
考えを読まれたようで舌打ちする。すると『苛ついている暇はない。早く力を使え。いくら俺でも要監視の患者がいる部屋のモニターを弄ったままにしておくわけにはいかない』と聞こえた。
……言われなくとも……!
すずは寿也が横たわるベッドの上へ飛び乗った。力の使い方はいちいち教わらなくとも本能でわかる。頭や足にあやかしの火が灯ろうとも気にせず気持ちを集中させ、すずは目を妖しげに光らせながら寿也を見つめた。
蘇生の力ということは死んだ者を生き返らせる力であるが、今の寿也はほぼ死にかけている。人間の病気などがわからないすずでも見ればすぐにわかる。命の灯は今にも消えそうだった。その灯にすずは自分が灯す火を与えた。文字通りというわけではないが、あえて形にするならそう表現するのが的確だろう。
「……寿也」
最初は中々定着しなかったすずの灯は次第に寿也の消えそうだった灯と混ざり合っていく。
別にあやかしの力を与えたわけではない。血を与えてもいない。というかそういった力をすずは持っていない。蘇生の力すら、九郎が増強させてくれたから辛うじて一度だけ使えただけだ。なので寿也は目が覚めても変わらず人間のままだ。
いっそ自分が人間になれないのなら、寿也をあやかしにできればずっと一緒にいられるだろうにと思ったが、すぐに打ち消す。
人間の持つ、この人の魂が持つ生き方が何より好きだ。だというのにあやかしになど、してしまえるわけがない。
安定した寿也の灯をホッとして眺めてから、すずはベッドから下りた。
「……す、ず……」
ふと小さく名前が呼ばれた。慌ててもう一度ベッドの上に飛び乗るが、寿也は目を覚ましたのではなさそうだ。
「……ニャァ」
寿也、もっと生きてね。
改めてベッドから下りると、すずは部屋を出ようとした。だが猫の姿では開けられない。どうしようかと思っていると、この部屋に駆けつけてくる足音が聞こえた。慌てて隠れると「はい、今井さんの容態に変化が……」などとどこかへ連絡しながら白い服の人間が入ってくる。するりと外へ出ると、すずはまた「運よく」開いている通用口を使って病院から出た。
あれほど走り倒してふらふらのはずだが気持ちが高揚しているせいか、まだ走れそうな気がした。だがさすがにそれはせずに寿也の実家へ向かって歩いていると、途中人間の姿をした九郎が現れ、すずを抱き上げた。
「俺が運んでやろう」
いらない、と言おうと思ったがやめる。それくらいしてもらってもお釣りが出るくらいだと思い直し、すずは大人しく黙ったままでいた。
「大人しいな?」
「疲れたからな」
「……ヤコが申し訳ないことをした」
「は。あいつは今どうしてるんだ。殺してやりたい」
「とりあえず力を奪った。今のヤコはただの小さな子狐でしかない」
「だから殺すなと? だいたいそれなら最初から奪っておけよ」
「そうかもな。まあ、あいつはあいつなりに辛い目にあってきていてな。だからそのまま受け入れてやりたかったんだが、さすがに今回は俺も目を瞑ってやれない。寿也には改めて謝罪しよう」
「いいよ知ってるのはオレだけで。寿也は多分、お前らのせいだって気づいてない」
「そういうわけにはいかない。俺が俺である以上、ちゃんと話して謝罪させてもらう」
いい加減な阿保狐のくせに、鬱陶しいところで頑固だとすずはため息をつきながら思う。
「……ところで人間に化ける場合寿也の前では女になるくせに、何でオレの前ではいつも男になるんだ?」
礼を言わなくてはならないのかもしれないが、上手く言えそうになくて誤魔化すようにすずは聞いた。
「俺が出会った時のお前の主人も男だったし、男が好きなのかなって」
「本当にお前だけは大嫌いだ!」
いつのまにか日は暮れ始めている。黄昏時だ。ほんの少しだけ、力がみなぎる気がする。金色の中、すずはひたすら走った。
まだ寿也と一緒にここの山を登ってもいない。海にも行っていない。全ての四季すら一緒に味わっていない。まだあまりにも早すぎる。
病院に着く頃には辺りは薄暗くなっていた。むしろ人間の姿のほうが中に入り辛そうだと判断したすずはそのまま忍び込むことにした。あまり悠長なことはしていられない。幸い、丁度脇にある小さな通用口から白い服を着た誰かが出てきた。すずはするりと入り込む。人間は気づいていないようで、構わず進んだ。先ほどと入った場所が違うが匂いで寿也のいる場所まで辿るように向かった。
集中治療室には特に誰もいなかった。寿也の母親が残っているかと思ったが、一般病棟でもない部屋だからかわからないが帰るよう言われたのかもしれない。どうやって中に入ろうかと逡巡していたが、また白い服を着た誰かがカートを押しながらこちらへ向かって廊下を歩いてくる。すずは慌てて廊下に置いてある椅子の下に隠れながら様子を見ていると、その人間はドアの脇にある何かにカードのようなものをかざした。するとドアが開き、中へ入って行く。すかさず、すずも急いで中へ入った。白い服の人間は病人の様子を順番に見ていった後、また部屋を出ていった。部屋には寿也を含め三人ほど人間がいるようだが皆寿也のように周りを気にする余裕などないだろう。
その時ふと九郎の声が頭の中で聞こえてきた。
『監視カメラは俺が少しの間だけ弄っておいた。入るのも楽だっただろう?』
監視カメラというものがよくわからないがすずが人間の姿でアルバイトをしている店に設置されているカメラのようなものだろうか。どうやらタイミングよく出入り口が開くのも運というわけではなさそうだった。
『いや、運だよ。お前は祈っただろう? だから運がついたって考えろ』
考えを読まれたようで舌打ちする。すると『苛ついている暇はない。早く力を使え。いくら俺でも要監視の患者がいる部屋のモニターを弄ったままにしておくわけにはいかない』と聞こえた。
……言われなくとも……!
すずは寿也が横たわるベッドの上へ飛び乗った。力の使い方はいちいち教わらなくとも本能でわかる。頭や足にあやかしの火が灯ろうとも気にせず気持ちを集中させ、すずは目を妖しげに光らせながら寿也を見つめた。
蘇生の力ということは死んだ者を生き返らせる力であるが、今の寿也はほぼ死にかけている。人間の病気などがわからないすずでも見ればすぐにわかる。命の灯は今にも消えそうだった。その灯にすずは自分が灯す火を与えた。文字通りというわけではないが、あえて形にするならそう表現するのが的確だろう。
「……寿也」
最初は中々定着しなかったすずの灯は次第に寿也の消えそうだった灯と混ざり合っていく。
別にあやかしの力を与えたわけではない。血を与えてもいない。というかそういった力をすずは持っていない。蘇生の力すら、九郎が増強させてくれたから辛うじて一度だけ使えただけだ。なので寿也は目が覚めても変わらず人間のままだ。
いっそ自分が人間になれないのなら、寿也をあやかしにできればずっと一緒にいられるだろうにと思ったが、すぐに打ち消す。
人間の持つ、この人の魂が持つ生き方が何より好きだ。だというのにあやかしになど、してしまえるわけがない。
安定した寿也の灯をホッとして眺めてから、すずはベッドから下りた。
「……す、ず……」
ふと小さく名前が呼ばれた。慌ててもう一度ベッドの上に飛び乗るが、寿也は目を覚ましたのではなさそうだ。
「……ニャァ」
寿也、もっと生きてね。
改めてベッドから下りると、すずは部屋を出ようとした。だが猫の姿では開けられない。どうしようかと思っていると、この部屋に駆けつけてくる足音が聞こえた。慌てて隠れると「はい、今井さんの容態に変化が……」などとどこかへ連絡しながら白い服の人間が入ってくる。するりと外へ出ると、すずはまた「運よく」開いている通用口を使って病院から出た。
あれほど走り倒してふらふらのはずだが気持ちが高揚しているせいか、まだ走れそうな気がした。だがさすがにそれはせずに寿也の実家へ向かって歩いていると、途中人間の姿をした九郎が現れ、すずを抱き上げた。
「俺が運んでやろう」
いらない、と言おうと思ったがやめる。それくらいしてもらってもお釣りが出るくらいだと思い直し、すずは大人しく黙ったままでいた。
「大人しいな?」
「疲れたからな」
「……ヤコが申し訳ないことをした」
「は。あいつは今どうしてるんだ。殺してやりたい」
「とりあえず力を奪った。今のヤコはただの小さな子狐でしかない」
「だから殺すなと? だいたいそれなら最初から奪っておけよ」
「そうかもな。まあ、あいつはあいつなりに辛い目にあってきていてな。だからそのまま受け入れてやりたかったんだが、さすがに今回は俺も目を瞑ってやれない。寿也には改めて謝罪しよう」
「いいよ知ってるのはオレだけで。寿也は多分、お前らのせいだって気づいてない」
「そういうわけにはいかない。俺が俺である以上、ちゃんと話して謝罪させてもらう」
いい加減な阿保狐のくせに、鬱陶しいところで頑固だとすずはため息をつきながら思う。
「……ところで人間に化ける場合寿也の前では女になるくせに、何でオレの前ではいつも男になるんだ?」
礼を言わなくてはならないのかもしれないが、上手く言えそうになくて誤魔化すようにすずは聞いた。
「俺が出会った時のお前の主人も男だったし、男が好きなのかなって」
「本当にお前だけは大嫌いだ!」
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