金の鈴

Guidepost

文字の大きさ
上 下
40 / 53

40話

しおりを挟む
「あの……っ」

 カフェを出たところで背後から先ほどの店員が寿也たちを呼び止めてきた。忘れ物でもしただろうかと寿也が自分を見下ろしている横で鈴が「早く帰ろう」とせっついてくる。

「でも店員さんが呼んでるよ」
「何かの勧誘かも」
「壺とか? はは、何でだよ」

 たまに鈴はよくわからないなと笑いながら寿也は「どうかしましたか」と店員の元へ向かった。

「……最近、ああいえ、えっと、と、友だちに……っひ?」

 友だちにひ?

 怪訝な顔で店員を見ると鈴のほうを見てどこか少し怯えているような気がする。だがメニューを見ていた先ほどと違って今は鈴が別に何もしていないことを寿也も把握していた。

 ……何だろう。まさか鈴の正体が見える、とか? まさかな。人間にそんな力、あるわけない。

 最近あやかしめいていて自分まで少々ファンタジーな脳になってしまったのかもしれない、と寿也は今の自分に浮かんだ発想に苦笑した。そもそも、もし万が一本当に正体が見えるような者なら本人もあやかしの可能性があるし、人間であったとしてもよほどの霊能力者的な何かだろう。ならば普段から何かしら見えていそうなものだ。別にすずの本来の姿を見てもそこまで驚くほどでもないのではないだろうか。実際寿也も本来の姿を見たことあるが、怖さや気持ち悪さといったものはなかった。飼い主である贔屓目を引いても多少ところどころが変わった大きな体の猫、といった感じではないだろうか。

 っていうかそんなこと考える時点で俺はもう毒されてる気がするな。

 慣れって怖いなと思いつつ寿也は店員に「どうかしましたか」とまた聞いた。

「い、いえ」
「? 大丈夫ですか?」

 本当に大丈夫だろうかと寿也は少し心配になる。

「はい、大丈夫です。いい人だな、あなたは。その、よかったら俺と友だちになって欲しいんですが」

 何で。

 速攻でそう言いそうになって寿也は一旦口をつぐんだ。とはいえ一旦つぐもうがどのみち何か言おうにも「何故ですか」くらいしか浮かばない。

「えっと、その、別に構わないんですが、理由を聞いても?」
「あなたがいい人だからってのもあるし、いい匂……いえ、大きな力を背後に感……じゃなくて、えっと、その、好きだなあと」
「はい?」

 何やらしどろもどろと言っていたが「好き」でまとめてこられた。しかも知り合いとさえ言い難い見たことのあるカフェの店員に客という程度の関係でしかない男に「好き」と言われてどう受け止めればいいのか全くわからない。

「寿也、帰ろう」

 おまけに一応今まで大人しく隣にいた鈴が店員ガン無視で帰ろうと促してきた。

「いや、ちょっと待って」
「こたつ入りたい」
「ああうん、それはわかったけど、ほら、この人が話してるとこだし……」

 正直できれば寿也も何もなかったことにして帰りたい。だがいくら不可解でも無視をして帰るのもかわいそうな気がしてできそうにない。

「す、すみません! 普段はそんなことないんですけど、俺、予期せぬことに対応するの下手で」

 それと今の流れとどうつながるのかが皆目わからない。

「今の流れとどうつながるのかわからないですよね。ほんとすみません。予期せぬことがあると上手く頭が働かなかったりで話も上手くできなくて。とにかく俺、すごくあなたが気になって居ても立っても居られなくて。なので友だちになってもらえませんか」

 一瞬自分の考えを読まれたのかと思った。支離滅裂な感じがあるのは、何がどう予期せぬことなのかわからないが、そのせいだということなのだろう。それはさておき「すごく気になって居ても立っても居られない」という言葉が寿也は気になる。どういう意味なのだろうか。もしかしてゲイか何かなのだろうか。

「あっ、いえ、その、俺、ゲイじゃないです。女の子大好きです。じゃなくて、その、別にそういう意味で好きだと言ったわけじゃなくて、えっと、確かに美味しそ、ゴホ。コーヒーの話とか日常の話とか、してみたいなあと思っただけ、です」
「え、あ、はい……」
「おい、ヘタレ犬」

 寿也が少々引き気味になっているとイライラしたような表情の鈴が前に出て店員を睨みつけた。

「い、犬? 冗談じゃない、犬扱いとかやめてくれ」
「煩い。じゃあ猿とでも言えばいいのか? あわあわと訳のわからないこと言って寿也困らせてんじゃないよ。お前みたいなやつ、どっか行ってしまえ」
「こ、コラ! 鈴。言っていいことと悪いことあるぞ。すみません、店員さん。失礼なことを……」
「……いえ。あの、俺の名前、山古覚って言います」
「はあ、やまこさん」
「覚って呼んでください」
「え、いや、でも」

 別に名前で呼ぶ間柄でもないですよねと言いかけて口をまた一旦つぐむ。

「これから名前で呼ぶ間柄になれれば嬉しいです。あなたの名前は?」
「今井寿也、です、けど……」

 横で鈴が「何で名乗るの、何で簡単に名前明かしちゃうの」とぶつぶつ言っている。

「としや。としや。いい名前ですね」
「……そうですか?」

 今時でもないありふれた名前だと思うのだがなどと思い、寿也は困惑気味に首を傾げる。

「ありふれてないですよ。いい名前です。あ、連絡先もいいですか」
「あの、でもやまこさん」
「覚です」
「でも」
「覚」
「……さとりさん。連絡先というか、俺とさとりさんは」
「友だちですよね!」

 おどおどした気弱そうな人という印象が先ほどからしていたのだが、全くもってそうではなさそうだと寿也は押され気味に思った。
しおりを挟む

処理中です...