闇に光を

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9話

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 唯翔は既に何回目かわからないため息をまた吐いた。ベッドで寝返りを打つ。リビングのソファーでこれを繰り返していたが微妙に寂しくなって自室に引っ込んでいた。自室なら狭いからましかと思ったのだが、落ち着かなさは無くならない。

 ……プール、行きたかったな。

 蒼羽に「二人で行こう」とニコニコ誘われ、即断ったのは自分だ。

「いい歳した男ってだけでも微妙なのに兄弟でなんて行きたくない」

 嘘だ。

 本当はとても行きたかった。ものすごく行きたかった。蒼羽と一緒に過ごすということだけでも考えるだけでそわそわとする。別に何をするという訳でなくとも、そばにいるだけで嬉しかったりする。
 兄弟だからそれこそいつでもそばにいそうな感じがあるが、実際はそんなでもない。同居していようが朝や夜にほんの少し顔を合わせるだけの日も少なくない。
 ましてやプール。

 ……いや、無理だろ……。

 蒼羽の上半身を目の当たりにして、唯翔には平常心を保てるかどうかがわからない。水着だと思えば案外平気なのかもしれないが、憶測に賭けることはできない。

 男の……それも自分の兄に惚れてるとか……どう考えても異常だろ……。

 何があってもこれはバレてはならない。自分の立場がというのもあるが、何より絶対蒼羽に嫌われる。
 いつだって兄として甘い蒼羽に対し頼ってくれないと苛立ちを覚えるくせに、その甘い優しさがなくなるのは怖い。「ゆい」と笑顔で呼びかけてくれる蒼羽が、唯翔の抱いている気持ちを知った時に見せるであろう嫌悪した表情だけは何があっても見たくない。
 蒼羽は優しいから、もしかしたら嫌悪感を隠し、変わらず接しようとしてくれるかもしれない。だがこれでも自覚がない昔からずっと蒼羽を追いかけ、見てきたのだ。恐らくそんな蒼羽の優しさは目に余るほど見えてしまうような気がする。

「……何で……何で兄さんなんだよ……」

 他にも人なんて沢山いるじゃないかと心の中で叫ぶ。
 今まで誰も好きになったことなんてなかった。蒼羽が好きだと自覚したのはつい最近だ。それまでは普通に兄として慕ったり苛立ったりしているものだとずっと思っていた。だというのに他の誰にも気持ちが動かなかった。
 誰それがかわいいと言ってくる友だちにも「ふーん」で終わっていた。彼女ができたと嬉しそうにする友だちにも、初体験を済ませたという友だちにも「よかったな」で終わっていた。少しの興味も、羨ましさすら湧かなかった。
 自分はきっとあまり色恋に興味がないのだろう、そう思っていた。それで別に支障はなかったし焦りなど感じたこともなかった。
 告白されたことはあるのだが、どうしてもそんな気になれなくて断った。友だちは「付き合ってみないとわからないだろ」と言っていたが、別にわからなくてよかった。

 なのに……何で……。

 何故よりによって兄なのか。男というだけでも意味がわからないのに、血を分けた兄弟を好きになるなんて理解できない。

 俺、何考えてんの?
 色恋に興味なかったんじゃないの?

 いつからそういう目で蒼羽を見ていたのだろうと思う。小さな頃はひたすら蒼羽を追いかけていた。それは覚えている。
 自信に満ちていてコロコロと表情が変わり、何でもできる自慢の優しい兄だった。自分に持っていないものを全て持っている蒼羽に嫉妬したこともなく、ただひたすら追いかけていた。兄が大好きだった。
 そういえばいつからそんな蒼羽を見失っていたのだろう。追いかけるばかりではなく、頼って欲しいと思うようになったのだろう。
 もしかしたらそう思うようになった時には既に兄としてではなく、蒼羽として好きだったのだろうか。
 諦めるにはどうしたらいいのだろう。元々兄として大好きなのだ。それが恋愛として好きになってしまった場合、どうすれば諦められるのだろう。
 会わないとか避けるといったことは難しい。
避けるのはまだできるかもしれないが、蒼羽が悲しそうな顔になるのはできる限り見たくない。罪悪感しかないが、蒼羽は唯翔のことを今も弟として大切に思ってくれている気がする。そんな兄を避けるのは中々に心苦しい。この間家をつい飛び出した時もひたすら苦しかった。

 ……なのにどーやって諦めたらいーんだよ。

 部活でもするかと一瞬思ったがあまり興味がない部活を始めても、顔をあまり合わせないで済むかもしれないが多分ストレスが募って余計、欲求不満な気持ちになりそうだ。

 今でも欲求不満なのに。

 蒼羽を好きなことが理解できないし、何故だと泣きそうになる。だが相反するように「何で高人と二人でプールに行くんだよ」と腹立たしくも思っている。
 兄さん、前はちょいちょい違う女と出かけたり連れてきたりしていだだろとため息を吐く。
 だというのに何故幼馴染の男と二人でプールへ行くのだ。それなら兄弟の男と二人でプールへ行ってもいいような気がする。
 とはいえ彼女が今いないんだろうなと思うとホッとするし、もしいたとしても仲のいい幼馴染と出かける蒼羽がかわいいなどと思ったりもする。

 俺の頭ん中、矛盾だらけだよ……。

「しんど……」

 普通にその辺の女子を好きになっていればこんなに辛かったり混乱したりしなかったのではないだろうか。
 諦め方もわからないし、かといって進めていいはずもない。
 ふと窓を見た。真っ青な空が見える。何の迷いもなさそうな空だなと唯翔は思った。
 エアコンの効いている部屋と違い、今日も暑そうだ。蝉の声が今までずっと聞こえていたが、その声がいつの間にか途切れていた。
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