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15話
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ずぶ濡れで家へ帰ると蒼羽がとてつもなく慌てた様子でタオルをいくつも持ってきた。下に敷いてくれたタオルの上に濡れた靴下を脱いで足を乗せると頭に別のタオルを被せられ、また別のタオルを渡してきながらぐしゃぐしゃと拭かれた。
「連絡くれたら傘持ってくのに」
「面倒だった……」
「面倒で済ますなよ風邪引くだろ! 確かに雨半端ねーけどずぶ濡れになってるとは思わなかったわ……。でも多少は濡れるだろーなって思って風呂沸かしておいたから今すぐ入れ」
普段優しい蒼羽だが少し強めの口調だった。兄らしく怒っているのかもしれない。それは今の唯翔にとっては感情を高ぶらせる一因となった。
「……ぃやだ」
「は?」
「兄さん……本気で好きな人、できたの? その人とデートすんの?」
蒼羽の子どもをかわいがるという妄想までしていたというのにこの有り様だ。情けなさを通り越して笑える。
「……ゆい? どこか痛いのか? 何でそんな顔して……」
「今まで軽い付き合いしかしてなかっただろ……なのに本気の人、見つけちゃったの?」
「っていうか、ゆい、そんなことより早く風呂に……」
「そんなことじゃねーし!」
そんなこと、などと言う蒼羽に対してカッとなった。頭にはまだタオルがかかったまま、唯翔は蒼羽に詰め寄った。
「いや、まあそれは……」
「本気で好きなの……?」
「いや、だからそれはだな……、つーかお前、いい加減な付き合いやめろみたいなこと言ってただろ。相手にも失礼だって。なら本気だったら……」
本気だったらいいかって?
そんなの、嫌に決まっている。むしろめちゃくちゃ嫌だ。
俺の兄さんなのに。
俺の兄さんなのに何で赤の他人が俺の兄さん取っちゃうの?
無理だ。兄さんの心も体も誰にもやれない。兄さんと誰かの結晶の子どもなんてきっとかわいがれない。毎日嫉妬と絶望に苛まれて息もできない。
生きていけない。
誰だよ、いつか結婚しても見守れそうだなんて考えた馬鹿は。
絶対に、無理。
「無理……兄さんの子どもかわいがるなんて無理」
「はい? 待って、それ俺どこまで本気な展開なの? たか、お前に何言ったの?」
蒼羽が引いたような顔をしている。いつもなら何も言えないはずの唯翔はだが、そんな蒼羽を見ても当然冷静になんてなれなかった。
「絶対に嫌だ。兄さんは俺の……俺だけの兄さんなのに……絶対無理」
「え、あ? え、っと、あれ? あ……? も、しかして今俺、めちゃくちゃ兄として思われて……?」
「兄じゃない! 兄なんて思ってない!」
「えぇ……っ?」
一瞬嬉しそうだった蒼羽がとてつもなくショックを受けたような顔をする。だが唯翔は構わずさらに詰め寄った。
「兄さんだけど兄じゃない……他の人になんてやれない」
「ゆい……? 何言って……」
「嫌だ。俺以外の誰にもあげないで。兄さんの心は欠片たりとも誰にもあげないで……」
激昂しているだけではなく、普段から自分の気持ちを口にすることがないせいで、何一つまとまったことを言えない。
恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす──
必死に鳴いて求愛する蝉はだが光ることなく、鳴くことのできない蛍は闇の中で身を焦がさんばかりに光っているところからくる言葉が浮かぶ。
口に出して言わない者のほうが心の中では深く思っていることの例えだが、そんないいものではない。唯翔の場合は深い思いは間違いないが、ただひたすら情けないだけだ。それでも今、ままならない思いに、本当に身を焦がしてしまいそうなほどの焦燥感を覚えていた。
「ゆい、以外の誰にも、って……」
蒼羽はだがひたすら戸惑っているように見えた。それがまたさらに高ぶる感情の一因となる。いつもなら気持ちを抑えようとするはずだが、今の唯翔にはできそうになかった。
「わかれよ、好きだっつってんだよ!」
「……え?」
無茶苦茶を言っているのは頭か心のどこか一部の冷静な部分では把握している。
わかるはずない。男同士血の繋がった兄弟なのだ。誰だってわかる訳がない。
それでも止まることはできなかった。まだ湿っている体を、戸惑っているせいか無防備な蒼羽に押しつけた。そのまま壁に蒼羽を抑え込むようにし、ぐっと顔を近づけて強引にキスをする。
「……っ? ちょ……っ」
ようやくハッとなったのか蒼羽が抵抗を見せようとするが、押し付け抑え込んでいるのを逃す気はない。誰ともしたことがないので喧嘩はどうかわからないが、力だけなら唯翔にだってある。ぐっと抑え込んだままキスを続けた。
喧嘩だけでなく、キスもしたことがない唯翔にとって、やり方なんてわからない。どうすれば正解かも、どうすれば上手くできるかも知らない。ただ高ぶった感情をひたすらぶつけるかのように唇を重ねていた。
また、大好きな蒼羽だと思うとひたすら味わいたくてさらに感情が激昂していく。
「ゆい……っ、待っ、ゆいっ」
キスの合間に蒼羽が呼びかけてくる。だが構わず続けた。兄に好きだと告げ、キスまでしてしまっている。もう引き返せない。
キスを続けながらも「どうする気だよ……もう二度と口利いてくれないどころか弟とすら思ってくれなくなる……」と動揺し泣き言を言っている自分もいる。だが「弟と思ってくれなくていい、だって好きなのに」とますます荒ぶっている自分もいる。
好きだという興奮と、何かを冒涜するかのような恐れに体が思い切りぶるりと震えそうだ。
「っゆい!」
だがとうとう蒼羽は唯翔を引き離してきた。
ああ……もう、終わりだ……。
蒼羽の顔を見られない。ようやく唯翔にじわじわと絶望が押し寄せてきた。
「連絡くれたら傘持ってくのに」
「面倒だった……」
「面倒で済ますなよ風邪引くだろ! 確かに雨半端ねーけどずぶ濡れになってるとは思わなかったわ……。でも多少は濡れるだろーなって思って風呂沸かしておいたから今すぐ入れ」
普段優しい蒼羽だが少し強めの口調だった。兄らしく怒っているのかもしれない。それは今の唯翔にとっては感情を高ぶらせる一因となった。
「……ぃやだ」
「は?」
「兄さん……本気で好きな人、できたの? その人とデートすんの?」
蒼羽の子どもをかわいがるという妄想までしていたというのにこの有り様だ。情けなさを通り越して笑える。
「……ゆい? どこか痛いのか? 何でそんな顔して……」
「今まで軽い付き合いしかしてなかっただろ……なのに本気の人、見つけちゃったの?」
「っていうか、ゆい、そんなことより早く風呂に……」
「そんなことじゃねーし!」
そんなこと、などと言う蒼羽に対してカッとなった。頭にはまだタオルがかかったまま、唯翔は蒼羽に詰め寄った。
「いや、まあそれは……」
「本気で好きなの……?」
「いや、だからそれはだな……、つーかお前、いい加減な付き合いやめろみたいなこと言ってただろ。相手にも失礼だって。なら本気だったら……」
本気だったらいいかって?
そんなの、嫌に決まっている。むしろめちゃくちゃ嫌だ。
俺の兄さんなのに。
俺の兄さんなのに何で赤の他人が俺の兄さん取っちゃうの?
無理だ。兄さんの心も体も誰にもやれない。兄さんと誰かの結晶の子どもなんてきっとかわいがれない。毎日嫉妬と絶望に苛まれて息もできない。
生きていけない。
誰だよ、いつか結婚しても見守れそうだなんて考えた馬鹿は。
絶対に、無理。
「無理……兄さんの子どもかわいがるなんて無理」
「はい? 待って、それ俺どこまで本気な展開なの? たか、お前に何言ったの?」
蒼羽が引いたような顔をしている。いつもなら何も言えないはずの唯翔はだが、そんな蒼羽を見ても当然冷静になんてなれなかった。
「絶対に嫌だ。兄さんは俺の……俺だけの兄さんなのに……絶対無理」
「え、あ? え、っと、あれ? あ……? も、しかして今俺、めちゃくちゃ兄として思われて……?」
「兄じゃない! 兄なんて思ってない!」
「えぇ……っ?」
一瞬嬉しそうだった蒼羽がとてつもなくショックを受けたような顔をする。だが唯翔は構わずさらに詰め寄った。
「兄さんだけど兄じゃない……他の人になんてやれない」
「ゆい……? 何言って……」
「嫌だ。俺以外の誰にもあげないで。兄さんの心は欠片たりとも誰にもあげないで……」
激昂しているだけではなく、普段から自分の気持ちを口にすることがないせいで、何一つまとまったことを言えない。
恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす──
必死に鳴いて求愛する蝉はだが光ることなく、鳴くことのできない蛍は闇の中で身を焦がさんばかりに光っているところからくる言葉が浮かぶ。
口に出して言わない者のほうが心の中では深く思っていることの例えだが、そんないいものではない。唯翔の場合は深い思いは間違いないが、ただひたすら情けないだけだ。それでも今、ままならない思いに、本当に身を焦がしてしまいそうなほどの焦燥感を覚えていた。
「ゆい、以外の誰にも、って……」
蒼羽はだがひたすら戸惑っているように見えた。それがまたさらに高ぶる感情の一因となる。いつもなら気持ちを抑えようとするはずだが、今の唯翔にはできそうになかった。
「わかれよ、好きだっつってんだよ!」
「……え?」
無茶苦茶を言っているのは頭か心のどこか一部の冷静な部分では把握している。
わかるはずない。男同士血の繋がった兄弟なのだ。誰だってわかる訳がない。
それでも止まることはできなかった。まだ湿っている体を、戸惑っているせいか無防備な蒼羽に押しつけた。そのまま壁に蒼羽を抑え込むようにし、ぐっと顔を近づけて強引にキスをする。
「……っ? ちょ……っ」
ようやくハッとなったのか蒼羽が抵抗を見せようとするが、押し付け抑え込んでいるのを逃す気はない。誰ともしたことがないので喧嘩はどうかわからないが、力だけなら唯翔にだってある。ぐっと抑え込んだままキスを続けた。
喧嘩だけでなく、キスもしたことがない唯翔にとって、やり方なんてわからない。どうすれば正解かも、どうすれば上手くできるかも知らない。ただ高ぶった感情をひたすらぶつけるかのように唇を重ねていた。
また、大好きな蒼羽だと思うとひたすら味わいたくてさらに感情が激昂していく。
「ゆい……っ、待っ、ゆいっ」
キスの合間に蒼羽が呼びかけてくる。だが構わず続けた。兄に好きだと告げ、キスまでしてしまっている。もう引き返せない。
キスを続けながらも「どうする気だよ……もう二度と口利いてくれないどころか弟とすら思ってくれなくなる……」と動揺し泣き言を言っている自分もいる。だが「弟と思ってくれなくていい、だって好きなのに」とますます荒ぶっている自分もいる。
好きだという興奮と、何かを冒涜するかのような恐れに体が思い切りぶるりと震えそうだ。
「っゆい!」
だがとうとう蒼羽は唯翔を引き離してきた。
ああ……もう、終わりだ……。
蒼羽の顔を見られない。ようやく唯翔にじわじわと絶望が押し寄せてきた。
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