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33話
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キレる必要などなかったとは思う。むしろ何でもないように流していれば、今頃葵は奏真の体にくまなく触れられていた。いいように触れられていたのだ。
髪を洗うことを他人にされると気持ちいい。それで奏真を寛がせつつ油断させ、次に同じく手で体を洗い出しても奏真なら流されていた気がする。例え何か言ってきても「他人の手のがきちんと洗える」などと適当なこと言えば「ふーん」という感じで文句は言わなさそうだ。たまに妙に頑固なわりに奏真は詰めが甘い。
たっぷりのボディソープを手に、無理やりでなく奏真の全てに触れる権利を得られていたというのに、自分は何をやっているのだろうか。ぬるぬるした手で首筋から脇腹、背中、胸元から乳首と堪能できたというのに。そうしてゆっくり奏真のものすらかわいがれたというのに。
奏真のものだと思うと、葵は自分にもあるといえども全く抵抗ないどころか、散々触れ倒すのも多分できる。できるというか、とてもしたい。そうしていつもは淡々としている奏真の、さすがに乱れるであろう様子を堪能したい。
それが手の届くところにあったというのに、葵はキレて台無しにしてしまった。普段なら演じるよりも容易く相手を転がし、自分のしたいようにしているというのに。
いや、これでよかったんだ。
自分に言い聞かせる。流して流させ、いいように楽しんでもきっと後で後悔する。好きだと最初に打ち明けたら演技だと思われた時のように、上手く好きにできると思ったところで結局大したこともできずに苛立ちや焦燥感といったものしか味わえなくなる。
おまけに、その後の奏真は少しいつもと違う感じがした。ようやく今度こそ理解したようで、困惑や警戒しているからだとは思うが、何となくそれだけではないように見えた。だからこれでよかったのだ。
とはいえそれに関しては葵の願望が入っていただけかもしれない。結局いつものように奏真は葵が浸かっている湯船に平気で入ってきた。一瞬、もしかしてほんの少しだけ意識してくれたのだろうかなどと期待を抱いてもいいのではと思った自分が馬鹿で甘かったと、葵は微妙な気持ちになった。
「皆とは仲いいの?」
ただ、寛いだようにバスタブに腕を乗せてもたれている奏真が突然そんなことを聞いてきた時は何の話だと思いながら少々珍しいなと葵は思った。今までなら関心を持つのは食べ物関連のことくらいだったし、奏真自らが食べ物以外で口にしてくることなど基本的になかったように思う。
少し唖然としつつも、先ほどといい何か変化でもあったのだろうかなどとつい、また期待してしまう。
「何だよ急に」
とはいえ口に出た言葉は素っ気なかった。期待しようが、聞かれた内容が葵にとってどうでもいいことだからかもしれない。
メンバーのことは嫌いではない。あんなろくでもない者たちだが、これでもずっと前から一緒に頑張ってきたし、何だかんだで気心は知れている。だがろくでもないものはろくでもない。
「……皆、仲よさそうだったし」
「は? いや、まあ険悪とかじゃねぇけど……別に仲よしこよしとかでもねぇ」
本当に何の話だと思う。だが奏真が「ベースの人とは?」と聞いてきた時にハッとなった。
「ぁあ? お前、マジであいつのこと好きとかじゃねえだろうな?」
ベースが一番よかった的なことを言われて根に持っているというか、ついそうではないかと思ってしまう。だが返ってきた言葉は「俺は恋愛に興味ないから」で、ある意味さらに酷い内容だった。
「否定するにしてもそれは俺に面と向かってはっきり言うなよ……! ったく。カンジと仲、いい訳ねぇだろうが。あいつだぞ」
本当に何が言いたいのだろうかと思う。別に葵がメンバーと仲よしこよしならほんわか嬉しくなる、といった気持ちを奏真が抱くはずもないだろうし、世間話をするタイプでは絶対にない。
「あいつって言われても俺、あの人のこと知らないし。それにあんた、あの人とキスしてただろ」
そして言われた、恐らく言いたかったのであろう言葉に葵は思わず湯船に顔を突っ込んでいた。
「な、にしてんの……」
「いや……。つかあれは演出! あとあのクソボケ野郎の悪ふざけ!」
「でもブルーレイで観た去年? か何かのライブではそういうこと、やってないけど」
「撮るとわかってるシーンで、んなことするかよ。あーゆー演出は直接コンサート来てくれてる人へのサービス! それにそういうとこ撮られてたまるかっつーの。編集だってしてある。あとな! 俺は基本的にサービスでもキスはしねぇんだよ! ほんっとあいつ、ろくでもねぇ……」
絶対に柑治は、奏真が見ているとわかっているからこそ葵にしてきた。普段はするなら厳だ。翠に行うといくら演出とはいえ後が怖いし、風太に対しては「犬を虐待してる気になるからしねぇ」とわけわからないことを以前言っていた。葵ならむしろ演出として誰かに絡むなら風太がやりやすいが、柑治にとってはそうではないらしい。そして葵に対しても「微妙に弄りがいがない」などとふざけたことを言っていた。
確かに厳は弄りやすそうな気はするが、葵としてはお堅くて煩いから演出としても避けたいと思う。だがそこは人それぞれだろう。
だというのに葵にキスをしてきた。悪意以外の何物でもない。
「サービス? サービスでキスなんてするものなの?」
「そーゆーこともあんだよ……、って違うからな! 俺は普段もヤり……好きでもねぇやつにキスなんてしねぇ」
少し普段の本音を漏らしすぎそうになって言い直した。少なくとも奏真に対してはヤりたいが先行しているのではない。好きなのだ。だから嘘ではない。
「好きな人にしかしないの」
幸い気づかれてなかった。
「当たり前だ」
「……じゃあ、前にキスどうこうって言ってきた時も……演技じゃなく好きだから……?」
「……そうだ。お、お前が悪いんだからな? 勝手に俺渾身の告白をそもそも演技だと思いやがって」
あの時演技だからと、無理やりキスしなくてよかったと内心ホッとしていると奏真が葵をじっと見てきた。
「な、何だよ」
「……ごめん」
「……は?」
「告白とか、色々勘違いしてて」
この奏真は本物の奏真なのだろうか。
好きな相手に思うことではないが仕方ない。今まで散々味わってきた奏真の斜め上対応に葵は毒されてしまっていた。
髪を洗うことを他人にされると気持ちいい。それで奏真を寛がせつつ油断させ、次に同じく手で体を洗い出しても奏真なら流されていた気がする。例え何か言ってきても「他人の手のがきちんと洗える」などと適当なこと言えば「ふーん」という感じで文句は言わなさそうだ。たまに妙に頑固なわりに奏真は詰めが甘い。
たっぷりのボディソープを手に、無理やりでなく奏真の全てに触れる権利を得られていたというのに、自分は何をやっているのだろうか。ぬるぬるした手で首筋から脇腹、背中、胸元から乳首と堪能できたというのに。そうしてゆっくり奏真のものすらかわいがれたというのに。
奏真のものだと思うと、葵は自分にもあるといえども全く抵抗ないどころか、散々触れ倒すのも多分できる。できるというか、とてもしたい。そうしていつもは淡々としている奏真の、さすがに乱れるであろう様子を堪能したい。
それが手の届くところにあったというのに、葵はキレて台無しにしてしまった。普段なら演じるよりも容易く相手を転がし、自分のしたいようにしているというのに。
いや、これでよかったんだ。
自分に言い聞かせる。流して流させ、いいように楽しんでもきっと後で後悔する。好きだと最初に打ち明けたら演技だと思われた時のように、上手く好きにできると思ったところで結局大したこともできずに苛立ちや焦燥感といったものしか味わえなくなる。
おまけに、その後の奏真は少しいつもと違う感じがした。ようやく今度こそ理解したようで、困惑や警戒しているからだとは思うが、何となくそれだけではないように見えた。だからこれでよかったのだ。
とはいえそれに関しては葵の願望が入っていただけかもしれない。結局いつものように奏真は葵が浸かっている湯船に平気で入ってきた。一瞬、もしかしてほんの少しだけ意識してくれたのだろうかなどと期待を抱いてもいいのではと思った自分が馬鹿で甘かったと、葵は微妙な気持ちになった。
「皆とは仲いいの?」
ただ、寛いだようにバスタブに腕を乗せてもたれている奏真が突然そんなことを聞いてきた時は何の話だと思いながら少々珍しいなと葵は思った。今までなら関心を持つのは食べ物関連のことくらいだったし、奏真自らが食べ物以外で口にしてくることなど基本的になかったように思う。
少し唖然としつつも、先ほどといい何か変化でもあったのだろうかなどとつい、また期待してしまう。
「何だよ急に」
とはいえ口に出た言葉は素っ気なかった。期待しようが、聞かれた内容が葵にとってどうでもいいことだからかもしれない。
メンバーのことは嫌いではない。あんなろくでもない者たちだが、これでもずっと前から一緒に頑張ってきたし、何だかんだで気心は知れている。だがろくでもないものはろくでもない。
「……皆、仲よさそうだったし」
「は? いや、まあ険悪とかじゃねぇけど……別に仲よしこよしとかでもねぇ」
本当に何の話だと思う。だが奏真が「ベースの人とは?」と聞いてきた時にハッとなった。
「ぁあ? お前、マジであいつのこと好きとかじゃねえだろうな?」
ベースが一番よかった的なことを言われて根に持っているというか、ついそうではないかと思ってしまう。だが返ってきた言葉は「俺は恋愛に興味ないから」で、ある意味さらに酷い内容だった。
「否定するにしてもそれは俺に面と向かってはっきり言うなよ……! ったく。カンジと仲、いい訳ねぇだろうが。あいつだぞ」
本当に何が言いたいのだろうかと思う。別に葵がメンバーと仲よしこよしならほんわか嬉しくなる、といった気持ちを奏真が抱くはずもないだろうし、世間話をするタイプでは絶対にない。
「あいつって言われても俺、あの人のこと知らないし。それにあんた、あの人とキスしてただろ」
そして言われた、恐らく言いたかったのであろう言葉に葵は思わず湯船に顔を突っ込んでいた。
「な、にしてんの……」
「いや……。つかあれは演出! あとあのクソボケ野郎の悪ふざけ!」
「でもブルーレイで観た去年? か何かのライブではそういうこと、やってないけど」
「撮るとわかってるシーンで、んなことするかよ。あーゆー演出は直接コンサート来てくれてる人へのサービス! それにそういうとこ撮られてたまるかっつーの。編集だってしてある。あとな! 俺は基本的にサービスでもキスはしねぇんだよ! ほんっとあいつ、ろくでもねぇ……」
絶対に柑治は、奏真が見ているとわかっているからこそ葵にしてきた。普段はするなら厳だ。翠に行うといくら演出とはいえ後が怖いし、風太に対しては「犬を虐待してる気になるからしねぇ」とわけわからないことを以前言っていた。葵ならむしろ演出として誰かに絡むなら風太がやりやすいが、柑治にとってはそうではないらしい。そして葵に対しても「微妙に弄りがいがない」などとふざけたことを言っていた。
確かに厳は弄りやすそうな気はするが、葵としてはお堅くて煩いから演出としても避けたいと思う。だがそこは人それぞれだろう。
だというのに葵にキスをしてきた。悪意以外の何物でもない。
「サービス? サービスでキスなんてするものなの?」
「そーゆーこともあんだよ……、って違うからな! 俺は普段もヤり……好きでもねぇやつにキスなんてしねぇ」
少し普段の本音を漏らしすぎそうになって言い直した。少なくとも奏真に対してはヤりたいが先行しているのではない。好きなのだ。だから嘘ではない。
「好きな人にしかしないの」
幸い気づかれてなかった。
「当たり前だ」
「……じゃあ、前にキスどうこうって言ってきた時も……演技じゃなく好きだから……?」
「……そうだ。お、お前が悪いんだからな? 勝手に俺渾身の告白をそもそも演技だと思いやがって」
あの時演技だからと、無理やりキスしなくてよかったと内心ホッとしていると奏真が葵をじっと見てきた。
「な、何だよ」
「……ごめん」
「……は?」
「告白とか、色々勘違いしてて」
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