ランチパニック

西崎 劉

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僕と愉快な仲間たちと

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 僕の旅の始まりは、奇妙な一通の手紙だった。
  日本州四国地区愛媛在住だった僕は、それまでまさか故郷の地球を旅立つなんて少しも思っていなかったんだ。
 僕の名前は鹿島三蔵。
  結構渋い名前でしょ?  でも、もう一つシフォン=ローチェという名前も持っているんだよ。
  育ての親は鹿島三枝と源蔵。
  今年の夏と秋にそれぞれ、六十歳と六十三歳になる。
  鹿島のおじいちゃんとおばあちゃんは混じり気無しの黄色人種で、僕はどうみても白色人種……いわゆる白人だ。
  乳白色の肌に銀髪、淡い茶色の瞳って、黄色人種にはいないでしょ?  黄色人種の特徴は琥珀の肌に黒髪だし、瞳だって焦げ茶か、黒色だものね。
 瞳の虹彩の色……といえば、僕の場合、普通の薄茶とちょっと違うみたいなんだ。
  どうやら遺伝的なものなのか、光の加減によって、色々な色に見えるらしい。
  今、一緒に旅をしているゴンちゃんは、“赤い目”に見えたと言っていたし、サノスケちゃんは“黄金色”に見えたと言っていた。
  僕の一番の仲良しで、二つ年上のハッちゃんは、“緑色”だと言っていたけど……そうかなぁ。
  鏡を見る限りじゃ、ちゃんと薄茶色の瞳なんだよ?  外見的特徴を上げただけでも、これだけ違うのだけど、でもね?  誰が何といおうと、おじいちゃんたちは本当の家族だと僕は思っているんだよ?  おじいちゃんとおばあちゃんは僕の事を親しみを込めて“三蔵ちゃん”と呼ぶし、僕はおじいちゃんたちをおじいちゃん、おばあちゃんと呼んでいる。
 いつも言うんだ。
「血のつながりなんて、そう大した事はない」って。
  だから、これまでも、これから先もずっと僕の事を唯一の孫だよ、と言ってくれた。
 僕がおじいちゃんたちのとこに来た経緯は何か機会があったら話すとして、とにかく奇妙な手紙が、僕をおじいちゃんとおばあちゃんの元から宇宙へ旅立つ切っ掛けを作ったんだ。
 手紙の内容自体は、『どんな事があっても、“中央”へ近づく事が無いように』という忠告めいた事が、僕の姉と名乗る謎の人物から……どこらへんが謎かというとね、僕はこの手紙を貰うまで、姉の存在を知らなかったからなんだけど、その“姉”から貰った手紙が僕の家に届いた二日ほど後、僕にピアノのリサイタル・ツアーの参加案内状がスポンサーから届いたんだ。
  そうなんだ、僕はピアノがひけるんだよ?  しかも、それでお金を稼いでいるから、一応“ピアニスト”と呼ばれる立場に居るんだ。
  幼稚園の時に習ったピアノが切っ掛けかな。
  初めは一緒にピアノを習った友達たちと一緒に“発表会”に参加していた程度だったんだけど、僕のピアノに惚れ込んでくれた人が居てね?  その人の勧めで結構本格的な勉強をさせてもらったんだ。
  こういう世界って、横に繋がっているものだから、その人のいうまま、あちこちコンサートしている内に、今に至るんだけど……そのツアーの日程を見て、僕はおばあちゃんたちと顔を見合わせたんだ。
  だって、ツアーの最終目的地は手紙に書いてある“中央”を意味する場所。
“人工惑星・ダイトウ”だったんだ。
 偶然なのかな? でも、手紙が警告したのはこれだったりして。
 でも、このリサイタル・ツアーを企画したアクアライフカンパニーは、様々な星の動植物を売買する会社で、数ある星間貿易会社の中では、けっこう有名な会社なんだ。
 この手紙が来る前までも、関わりが時々あったから……どうなんだろう。
  僕は困ってしまった。
  師事している、リー=チェン先生の様子を見たかぎりでは、このツアーに参加する事は、ピアニストとしては名誉な事らしいし、何より“名”を売る事になるらしいんだけど……。
  でもね、宇宙へ出る事となったら、おじいちゃんとおばあちゃんの側を長期間離れる事になるでしょ?  今までに星外でのリサイタルのお誘いが無かったわけではなかったんだけどね。  そういう理由で断り続けていたんだ。
  だけど……どうしよう。
  この手紙がとても気になるんだ。
  何より、僕の“姉”かも知れない人が居る。
  会ってみたいと思った。
  それに……これは口に出しては言えないけれど、何故おじいちゃんとおばあちゃんの“娘夫婦”は、赤ちゃんだった僕を連れてここに来たんだろう。
  ……その為に、命を落として……。
  僕は、小さく身震いをした。
  冷たくて寒かった。
 中央に行けば……この宇宙を管理している人工惑星・ダイトウに行けば、本当の事を知る事が少しでも出来るだろうか?  破片でもいい。
  辛い真実が待っていたとしても、僕は知りたかった。
  だから、僕はおじいちゃんに言ったんだ。
  様々な不安を置き去りにして……。
「……お土産沢山持って帰るから。 お手紙も書くから」
 おじいちゃんたちは、僕を見てあのあったかい笑みを浮かべてこう言ってくれた。
「おお! いってこい」
 そして、現在に至るんだ。
  ……初めにゴンちゃんに出会って、次にハッちゃんに出会い、次にサノスケちゃんに出会った。
  みんな強くて頭が良くて頼もしくて。
  何より美人さんで可愛くて。
  ……僕は、ただ音楽が大好きで、ピアノが引けるだけの子供で、守ってもらうばかりで、悔しくて。
「大好きだよ、みんなっ」
 って、言ってギュッと抱きしめる事と、みんなの為だけにピアノを引く事しか出来ないんだ。
 ……それにしても、なんでこんなに寒いのかな?
『マスター?  マスター。  起きてください……』
  遠くで、優しい声がする。
 ああ、この声は、ロンちゃんだ。
  普段は黒豹の姿をしていて、時々綺麗な女の人にもなる。
  ……僕の“歌”を聞いて初めて“平気”な人だったんだ。 僕の歌が、大好きだよって、そういって僕の友達になってくれたんだ。
  それに、人……なのかな?  まあ、いいや。  ロンちゃんはロンちゃんだもん!  ロンちゃんはね、僕たちが乗る宇宙船“白龍”の端末機で、ナビゲーターでもあるんだよ。  何故か僕の事を“マスター”と呼ぶんだけれどね。 何で“マスター”って、呼ぶのだろう。 いつも、三蔵でもいいっていっているのに。
『起きてください、マスター。  緊急事態ですっ』
 ……緊急事態?
 そう聞き返して、ふと目を開いた。



「……あれ?  ここ“何処”?」
 ロンちゃんが、頻繁に狙われる僕を心配して、腕に銀色のブレスレットを嵌めてくれた事が以前あった。 その腕輪に埋め込まれている飾り石から光が零れ、そこにお人形サイズのロンちゃんのフォログラフィが映し出されているらしい。 “らしい”というのは、この体制ではそのフォログラフィを見ることが叶わないからなんだ。
(どうりで、寒いと思った)
 腕は後ろに回されてグルグルに縛られていたので自由は効かなかったが、僕は自分が床に転がされている事は判った。 床が冷たいから、寒かったんだ。 おまけに身体も冷えるし。
 僕は身体を震わせて、一つくしゃみをする。
『  大丈夫ですか?  マスター……』
 心配そうな声がする。
「大丈夫、だよ? ロンちゃん。 でも、ここ何処だろう」
 僕はどうにか身体を起こすと、辺りを見渡した。 どうやら、何処か判らないけど、一つの部屋に閉じ込められたらしい。
「ロンちゃん。 みんなは?」
『……必死に探してくれていますよ? ……浚われた状況を覚えていますか?』
 僕は、こうなる状況になる前を思い出そうと首を傾げた。
 少し前の事を考えた。
「……ああ、そうだ。 リサイタルに出てたんだよ、僕。 クーロンのタイ=リーファスさんと、競演したんだ。  僕が静をやってね、タイさんが動をやったの。  すっごく面白くてね!」
『……マスター……』
「ああ、ごめんごめん。 脱線しかかっちゃったね? うん。 ちゃんと話すから、そんな悲しそうな声をしないで」
『…………』
「リサイタルが終わったのが、二時頃……だったかな? つまりね、僕とタイさんのピアノは午前の部だったんだ。 終わった後、タイさんと控室に向かってね、そこで綺麗な金髪のお姉さんが、僕とタイさんに薔薇の花束をくれて『いい、演奏でした』って、褒めてくれたんだよ?」
 僕はそこまでロンちゃんに説明してフト首を傾げた。
「……そのあと……眠くなったの、かな?気がついたら寒くて冷たくて。 なんでこんなに寒くて、身体が冷えるんだろうって思ったんだ。 そんな時、ロンちゃんが呼んでいる声が聞こえたから、目を覚ましたんだよ?」
 僕の状況説明に、フウッと大きくロンちゃんはため息をついた。
「……ハッちゃん、怒っているかな?」
 僕は、状況説明をした事によって、僕のツアーに付き合ってくれる人達の中で、一番歳が近いハッちゃんを思い出した。 ハッちゃんはとても料理が上手なんだよ? 今日も僕のお仕事、えっとリサイタルが終わったら美味しいランチを作ってくれるって、言ってくれたんだ。
 だんだん目元が潤んできた。 だって、ハッちゃんは普段はおっとりしていてとっても優しいのだけど、料理が係わる事に関しては容赦なく厳しい人なんだ。
 料理を調理している時に、他の人が誤って用事を頼んだ場合や声をかけた時は、容赦ない飛び蹴りが入ったのを何度か目撃したし、作った料理をみんなに食べて貰う時に、食卓につくのが遅れると「料理が冷めちゃう」って、怒ってさっと下げちゃって、ご飯がその日抜きになっちゃうんだ。 僕、ハッちゃんの料理大好きだから、食事時間に遅れた事が無いんだよ? 勿論、いままで食事の時間帯に、僕を拉致しようとした人達や、ロンちゃんの本体・白龍のみてくれから小型の豪華客船とふんで海賊船から狙われたりした事があったけど、その日一日ハッちゃんの機嫌が悪くて、カップラーメンだったんだ。
 ふと、拘束していた物が外れて身体が自由になった。  僕を拘束していたもの……鉄製の鎖が重い音をたてて、足元に散らばる。
 僕は、これがロンちゃんの仕業だと知っていた。 擦れて赤くなった身体を摩りながら、腕輪から二、三センチほど宙に浮いている、ロンちゃんのフォログラフィに笑顔を向けるとお礼を言う。
「……有り難う。 本当に助かったよ」
『擦れて血が滲んでますね?』
「大丈夫だよ、ロンちゃん。 すぐこれくらいなら、治るから。 それよりロンちゃんの姿がハッキリしてきたけど、ここに近づいているの?」
 僕は立ち上がり、この部屋の出入口の方へ小走りして近寄った。
 腕輪の上のロンちゃんは、先程まで淡く透ける状態の上、手のひらサイズだったのに比べ、ミルクのみ人形サイズに大きくなっていたし、触ることが出来る様になっていたんだ。
 ロンちゃんが、この事に関して以前話してくれたんだけど、僕の腕に嵌まっている腕輪も端末の一つで、ロンちゃん自身も本体が感知する事が出来たら、行き来出来るんだって。
 つまり正式な実態という物がロンちゃん自身には無いんだそうだ。 有機化合物で出来たバイオノイドの端末は、船に残って誘導している一体のみで、僕の腕についている腕輪は、本体の“白龍”自身が、僕の身の安全を守るために新たに作ったものなんだって。
 ロンちゃんのように、自分の意思で動いたりしないけど、先程の様にフォログラフィで意思を伝えたり、ロンちゃんをその腕輪のある場所に転送したり出来るんだって。
「……扉の向こう側、うるさいね?」
 扉に耳をくっつけて外を伺っていると、扉の向こう側の行き来が激しくなり、怒鳴り声が聞こえてきた。  時々この部屋全体が大きく揺れる事もある。
『……マスターの、拘束されて気を失った姿が電磁パネルに映し出されて、ゴンちゃんが切れました。 マスターを拉致した犯人グループは、身代金を請求していましたが、ゴンちゃんは対応をハッちゃんに任せて、サノスケちゃんと一緒に小型機で飛び出して行ったのですよ』
 再び何処かで轟音が聞こえる。 廊下からは、その音のした方角へ走っていく多くの足音が聞こえてきた。
 僕の扉の前にも、警備の人がいたんだけれど、鍵が掛かっている事に安心したのかな? 何と話したのかは判らないのだけれど、騒動が起きている場所へ走り去って行っちゃったんだ。 すると、それを確認したのか、僕の肩を軽く押す手があって、振り向くと、見慣れたロンちゃんの姿があった。
『そろそろ、でしょうか?』
 そう呟いて、扉の電子ロックキーをアッサリ壊してしまったんだ。
 次に姿が溶けて大きな黒豹に変化すると、僕を見上げた。
『……はぐれないように、ついてきて下さい』
 ロンちゃんの言葉に僕は大きく頷いて、走りだした。
 部屋を出てみると、かなり凄い状態だった。 僕はロンちゃんに導かれて、迷路の様な廊下を走り抜けていく。 迷うことが無いのは、きっと、ずっと上空の何処かにいる白龍から電波を受信しながら出口に向かっているからなんだろうなぁ……。
「うわっ!」
 僕は慌てて柱の影に隠れた。  戦闘能力の無い僕は、みんなから言われている事、“敵に遭遇したら隠れる”を実行する。
「なんだ、こいつっ!」
 目の前に武装したの人達が現れ、突然飛び出してきた僕たちに驚いたらしい。 怒鳴りつけると銃を向けてきた。
「ロンちゃん!」
 ロンちゃんはすかさず、武装した者たちに飛び掛かる。 黒くて艶やかな身体がしなやかな弧を描いた。 低く走る時も、高く跳ねる時もとても奇麗なんだよ? ロンちゃんは、戦闘モードに身体の組織を変化させると、急激に伸びた爪と牙で、武装した男たちに襲いかかった。
 多勢に無勢だよ、ロンちゃん!
 僕は泣きそうに成りながら目を固く瞑った。
 今はこの建物の何処かにいる、強くて奇麗なゴンちゃんとサノスケちゃんに願った。
 ロンちゃんを助けて!
「待たせたね、さんちゃん」
 突然僕の斜め横の壁が轟音を立てて壊れて、不敵に笑ったゴンちゃんと、知的な微笑を浮かべたサノスケちゃんが現れた。
「サノスケちゃん!  ゴンちゃん!」
「ロンきち、お前は三蔵を連れて先に行ってな」
 ロンちゃんは、戦闘に慣れたサノスケちゃんとゴンちゃんに場所を譲ると、僕を背に乗せてゴンちゃんたちが出てきた壁の穴へ飛び込んだ。
「うわーっ、見事だね? ロンちゃん」
 僕はロンちゃんにしがみついたまま、時々ゴンちゃんたちが戦闘を続けている方向を振り返る。 だって、ゴンちゃんやサノスケちゃんは、とても強いのを知っていても、女の子なんだよ?
 ……時々ふと思う。 どうして、僕は男の子なのに、大好きなみんなを守る力を持っていないんだろうって。
 でも、考えても仕方が無いよね?
 僕は、今の僕自身を受け入れるしか無いんだから。
  建物の外に出てみると、赤茶けた大地が広がっていた。 僕は、ロンちゃんの背から背後に流れていく風景を気にしつつ、上空を見上げた。
「ロンちゃん、白龍だっ!」
『……前方の岩影を見てください。 ハッちゃんが居ますよ?』
 僕は、ロンちゃんに言われて上空に浮かぶ宇宙船“白龍”のちょうど真下にあたる場所を見てみると、たしかにハッちゃんが居て、元気良く手を振っていた。
「サンーっ!」
 僕も手を振りたかったけど、今の状態じゃ振り落とされるので、ハッちゃんの側に辿り着いて初めて軽く手を上げた。 ハッちゃんは、あのホニャとした笑顔で、僕の手を軽く叩く。
「ただいま」
「もう、心配したんだよ?」
 二つ年上のハッちゃんは、少し伸び上がる様にして、ギュッと僕を抱きしめてくれた。
「……うん。 御免ね?」
  ハッちゃんから、甘いお菓子の香りがした。
「ゴンちゃんは、ギュ、した?」
 僕は首をプルプルと横に振った。
「……ゴンちゃん、ごねるよ?」
「…………」
  ちなみに“ギュ”とは、今、僕がハッちゃんにしてもらった事なんだよ。
 みんなの中で一番僕が年下だから、みんなは僕を弟の様に扱っているんだ。
 ……特にゴンちゃんは、僕に酷く過保護なんだよ。  それを見て、サノスケちゃんが、面白くないって表情で、僕を見るんだ。  ……原因は判っているんだ。  サノスケちゃんは、ゴンちゃんが好きなんだよ。  ゴンちゃんはね、普段女の人の姿をしているんだけど、時々男の人にもなるんだ。  サノスケちゃんは、その男の人バージョンが大好きなんだよ。
 内心複雑なんだ。 僕はサノスケちゃんもゴンちゃんやハッちゃん、ロンちゃん同様好きだから……嫌われたくないんだけど、こういう場合、どうすればいいんだろう。
 僕がぼんやりしていると、突然横でハッちゃんが嬉しそうに「用意、できたーっ」って、言ったんだ。 何がだろうと思ってハッちゃんの方へ振り返って、僕は一瞬頭の中が真っ白になった。
「は……ハッ……ちゃん?」
 チラチラと舞うのは桜の花びら。 でも、僕は知っている。 先程まで、桜なんてそこに生えていなかった事を。
 よくみると、フォログラフィを投影する小型の機械がそえつけてあり、その下にはお弁当が広げられている。
「……ま、まさか?」
 ハッちゃんは、にっこり笑って当然の様に答えてくれた。
「そうよ。 今からお昼なのーっ」



 僕はハッちゃんがおかずを盛ってくれた小皿を受け取りながら、呆然と前方を見つめていた。
 そこには、先程僕とロンちゃんを先に逃がしてくれたゴンちゃんとサノスケちゃんが居て、銃撃戦を繰り広げている。
 雨の様に降り注ぐ銃弾。 近く遠くで響く爆音。 その度に降り注ぐ雨の様な砂。 苛立った敵が時々手榴弾が投げ込まれるけど、こちらにダメージを与える事なんて出来ないんだから。
 何故って? 今回はロンちゃんがバリアをキッチリ張っているんだ。
 ロンちゃんは、滅多に戦闘に参加しないんだけど、今回はとんでもない事に、戦場でのランチという事で、ハッちゃんが運び込んだ美味しそうな豪華ランチが駄目になってしまわないように、そして非戦闘員の僕が怪我をしないように頑張ってくれているんだよ。
 でも、敵からすると、物凄くふざけているかも知れないね。 だって、一方は決死の覚悟で戦っているのに、僕たちって満開の桜…(といっても、フォログラフィだけど)の木の下で、美味しそうなランチを取りながら戦っているのだから。
「ハッちゃん! なんて所にお弁当広げているのっ!」
  サノスケちゃんは、ハッちゃんがランチ・タイムをここでする事が決まった時点で、ゲッソリした表情で叫んだんだ。  非常識過ぎるって。  確かにそうだよね?  戦場でお弁当を開くなんてまず誰も考えないはずだもん。
「……あのな、ハチ。 普通、面倒を避けて逃げる事を考えるだろう」
 眉間に青筋を浮かべながら奇麗に並べられ、あとは食べるだけの状態にセッティングされたお弁当を指で示しながら、ゴンちゃんは顔を引きつらせる。 すると、ハッちゃんは、当然とでも言わないばかりにホニャと笑って一言いったんだ。
「えーっ、だって! 初めにお約束した“お昼”の時間なんだものぉ」
 僕は何も言えない。 ここで食べる羽目になったのは、僕が目の前で繰り広げられている戦闘の原因なんだから。
 この事がなければ、ロンちゃんの本体の白龍の甲板で、奇麗な景色を眺めながら、外の空気をいっぱいに吸いつつ、美味しいランチを楽しく頂いていたはずなんだからね。
 御免ね、ゴンちゃんにサノスケちゃん。僕、今回の事に限り、ハッちゃんを諌める事が出来ないよ……。
 ゴンちゃんとサノスケちゃんは、ハッちゃんを怒らせる事を、極力避けているんだ。
 だって、美味しい料理が食べられなくなっちゃうんだよね。
「ハチ。 唐揚げと、フライポテトをくれっ!」
「私には、ハッちゃんスペシャル・サンド!」
「はぁーい」
  ゴンちゃんと、サノスケちゃんのリクエストに、ハッちゃんは笑顔で答えると、手際よく渡す。 ちなみに、ハッちゃんスペシャル・サンドとは、バターとワインで炒めた厚切りの牛肉に、サラダ菜とポテトをフランスパンにザックリ挟んだもので、結構ボリュウムがあって美味しいんだ。 僕もパンは好きだけど、やっぱりご飯の方が好き。
  ゴンちゃんとサノスケちゃんは、片手間にハッちゃんの手渡した物を美味しそうに頬張りながら、岩の影に隠れつつ機関銃を操り、手榴弾を投げ、凄まじい音のする、バズーカを打ち込む。
 流石だよね、それで着実に敵を減らしていっているんだから。
 そんなとんでもない戦闘を繰り広げる背後で、食事をハッちゃんとする僕。  チラチラと淡く光る桜の花びらが美しいけど、なんかシュールだよなぁ……。
 僕は三人に気付かれない様に小さくため息をついた。 次にハッちゃんの前に広げられた様々な料理を入れたバスケットを見る。
 頃合いかな? と、僕は思った。
 敵にもこの状況って結構酷だと思っていたしね。
 うん、そうしよう。
「ロンちゃん。  あのね、僕……船に戻りたいな?  ねっ、ハッちゃん。  白龍に帰って、みんなでお茶したいよ」
 このセリフは、ランチをあらかた食べおえた時じゃないと、言えないんだ。
 これは、僕だけが使える“必殺技”だったりする。
 ロンちゃんは、普段は本体の白龍と僕たちのサポートをしている。 つまり、本体と僕たちの通訳をやっている様な立場なんだ。
 システムのメンテナンスの指示したり、航海日程を本体の頭脳部分“メインコンピュータ”に伝えたり。 つまり、滅多な事件が起きないかぎり、限りなく非戦闘員に近かったりする。 滅多な事件。 例えば今回の様に僕が拉致されたりとか、本体に危害が加わった時とか。 ……そしてね、僕が“お願い”しないかぎりは。
「……お茶……かぁ。 そういえば、美味しい紅茶の葉を先日寄った星で手に入れたなぁ……。 じゃあ、お菓子も必要よね?」
 僕は、嬉しそうに色々と考えはじめたハッちゃんを見て、次にゴンちゃんとサノスケちゃんの戦況を見た。 敵は、しつこくしかも補充が効くらしく、倒した次にはもう増えているんだ。
 そろそろ、戦線離脱してもいいよね?
『……では、帰りましょうか?』
 ロンちゃんは、立ち上がると、軽く手を振った。 次の瞬間、ロンちゃんの本体から敵の本拠地へ真っ直ぐ巨大なビーム砲が打ち込まれる。
 ゴンちゃんと、サノスケちゃんは、呆然とした。 敵も流石に直接宇宙船から、小さな衛星だったら、軽く粉砕するビーム砲を打ち込んでくるとは思わなくて、かなり焦った様子だ。 今までの勇ましさは何処へやら……クモの子を散らすように逃げていく。
「……………ロン………………」
 深いため息を付いたあと、ゴンちゃんとサノスケちゃんは、ロンちゃんの方へぎこちなく振り返った。  振り返った先に、何事も無かった様子でお弁当を片づけているロンちゃんと、ハッちゃんが居て……。
「……さんちゃん?」
 僕は、苦笑するしかなかった。
「サンゾウ……あのな?」
 ゴンちゃんとサノスケちゃんは、次に僕の方へ振り返る。
 もう、このさいだから、謝っておこう。
「……ごめんなさい」
 ゴンちゃんは、僕を暫く見ていたが、次に苦笑してギュと片手で抱きしめてくれた。もう片方には愛用の銃が持っていたけど。
「ったく。 気をつけるんだぞ? サンゾウ」
 ゴンちゃんの横に立ったサノスケちゃんは、軽く僕の頭を叩いてフウッとため息をつく。
「今度からは、気をつけなくちゃ。 ね?」
 本当にそうだ。 だから、大きく頷いて、「判ったよ」
 と、答えた。
 本当にその時、真剣に注意しようと思ったんだよ? だけど………それから、数週間後。
 ある惑星に立ち寄った時、故郷の星に残して来た、おじいちゃんとおばあちゃんへのお土産を、商店街で物色している時に、いい香りがした。
 薔薇の香りだと思う。 その芳しい香りがした方向へ、僕は買い物の途中で振り返り……急に眠気が。
『……マスター……マスター! 起きてください』
 寒いなっと思った。 次に冷たいなとも思う。 そして……目が覚めてみると、僕の前に広がる景色は、僕の知らないところだった。
 それが意味するコト。 僕はガッカリした。
(結局僕は、必要最低限の約束も守れていないんだ)
 そう思って、深く深くため息をついた。
 ゴンちゃんたち、大騒ぎしながら、僕の事を心配しているのだろうなぁ……そう思いつつ。
 今度はちゃんと祈っておこう。 取り合えず、今度はランチの約束をハッちゃんとはしていない。 大丈夫だって。 だけど、外れて欲しい予感だけは、見事に“当たる”自分が泣けてくる。 僕は再びため息をついて、こう思った。
(……また、この建物の何処かが壊れるんだろうなぁ)
 って。







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