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プロローグ 鏡の向こう側
しおりを挟む「この、金色の光の持ち主が我らの願いを叶えてくれるのか?ダスウエル」
床を這うほど長いプリズム色の髪と夢見る様な菫の瞳、そして、何処か華奢に見える体躯を持つ妖艶な容貌の者が、確認するように自分の隣に立つ者に聞いた。動くたびに彼を覆う光りの残像が瞬いて、見た者にため息を零れさせる。
「この数カ月、探してまいりました中で、これほど強い“力”を持った人間は他にはおりませんでした。この者の内包する“力”は、おそらく人間の範疇を越えております。兄上…いえ、フェスタスール王」
言い直した、弟に微苦笑を送る。
「二人きりの時は、兄でよい」
この国王の実弟は、対照的と言えるほどに精悍な面立ちにきっちりと刈り上げた淡い金の髪、そして兄、フェスタスール王国を治める国王と同色の菫の瞳を持っていた。体躯はがっちりと引き締まり、その肉体美は思わず見とれるほどである。
目の前に大きな鏡があった。それは何処かの空を見上げる様に映し、晴れた青空と漂う綿雲の光景を見せている。その様な空の縁取りは風に押され揺らめく木々。そして、所々に見える奇怪な建築物だった。その建築物に、カラフルな動きやすい服装を纏った人間の子供たちがたかって楽しそうな笑い声を上げて遊んでいる。それを見て、二人はプルリと身震いした。
「この種の生き物は、どうして平気でこの物質に触れるのだろう」
不快感を露にした国王は、細長い棒の様な物を組み合わせた建築物とそれにたかっている子供たちを示した。
「さあ。……あっ、目的の者が動きはじめました。今までの傾向からいたしますと、あと十五分少々で、このエリアに到着します」
よく見ると二人が見ている巨大な鏡には、精密な地図が浮かび上がっていて、沢山のいろんな光の点が、チカチカとその地図の上を点滅しながら動き回っているのが見える。その様はスポイドを使ってルーペに池の水を一滴垂らし、顕微鏡で覗いた時に見える、微生物の活動状況に何処か似ていた。
彼らが示した金の光の点は、他の光の点と比べ、大きさといい、光量といい、格段の違いを見せている。今は鏡の向こうの世界は昼間で、しかも、鏡の映している方向が、右でもなく、左でもない。真上だった。おかげで、その鏡に二重映しとなっている地図も、人、一人の内包する力を示す光の点も、光を帯びた、薄い水色の空をキャンパスにしていれば、見にくいことこの上もない。しかし、そんな空のキャンパスにほとんど溶け込んでいる他の光に比べ、彼らが見つけたその金の光は確実にその存在を誇張していた。その点の大きさも、他がゴマ粒ほどの点なのに比べ、白球の大きさは確実にあった。
それは彼らにしてみれば信じられないほどの大きさである。
「しかし、よくこれほどの力を持っていて暴走しなかった事か……それが不思議です。兄上」
ダスウエルは眉を顰め、隣に立つ兄を振り返った。
「不思議な事ではない。この金の光の持ち主が、それを暴走させない世界に生まれただけの事だよ。……おかげで、この者は普通に暮らせる。きっと、目の前の世界では、極普通の人間であれるのだよ」
そう答えて返した。と、この二人がいる部屋…鏡の間に通じる長い廊下を駆けてくる者がいた。流石に御前近くになると、歩き方が丁寧になり、鏡の間の敷居を跨ぐ頃には、内意はどうであれ、歩き方には落ち着きが戻っていた。
「王っ!フェスタスール妖精王っ!ティラ姫の…ミュースティラ第一皇女様の居場所が判明いたしましたっ!」
膝をつき、頭を下げ報告する者の額には冷や汗が流れていた。
「ティラは、やつらに何処へ連れ攫われたのだ?」
国王である第一皇子に変わって第二皇子ダスウエルが問う。
「はっ!……実は、真に申し上げにくい事なのですが、我らが国、フェスタスールに隣接するガーレスト王国経由でアマタスト王国へ姫を拉致した一団は逃げたと、ガーレスト国のトール湖に住まう貴婦人が教えて下さいました」
「……確かか?」
「確かも何も、トール湖に住まうかのご婦人は、東の果ての大陸に存在する、我らが同胞、シェリス=リー女帝の聖印を持っている者でございます。かの一族は我らに人間とはいえ、好意的です。情報提供は惜しまないと、そのご婦人からお言葉を賜って来ました」
「判った、その話は後で詳しく聞く。ご苦労であったな。下がってよいぞ」
「ハッ!」
ダスウエルはそれを見送った後、ため息をついて、兄の方へ振り返った。
見ると彼の兄は硬直している。彼は、振り返ったダスウエルに無言で鏡を示した。
「……向こうからも、こちらが見えるのですね。初めて知りました」
瞬間、息を呑んでダスウエルはゆっくりと息を吐きながらなるべく落ちついた口調で兄に言う。
示された鏡には、先程二人が見ていた異世界の空が映っていた。しかし、映っていたのはそれだけでは無い。カラフルな鍬の様な物を片手に持った人間の子供がじっと覗き込むようにして見ていたのだ。その子供は、後ろを向いて何かを叫んだ。するとワラワラと野次馬の子供たちが集まってきた。指を差したり、まじまじと眺めたり、様々である。と、その中の子供の一人が誰かに気付いたかの様に、自分の背後を振り返って呼んでいる様子だった。
彼は、この様子では今日も駄目かも知れないと、諦めかかっていたが、ふと地図を見ると問題の光の持ち主が、小さな光に伴われてこちらへ向かっていた。
「………あっ……」
鏡の中の子供たちが一斉に振り返った。振り返った先に金の光の持ち主が、立っていた。
少女…だった。それも、彼の目を奪うほど綺麗な霊波と容貌をかね揃えた。
その人間は、丸みに欠けたほっりとした体躯を持っていた。少年の様でそうでなく少女の様でそうでない、性別を感じさせない神秘的で中性的な姿。
鏡の向こう側でその者は、子供たちの相手をしていたが、子供らの指先が示すものを目で追い……そして、覗き込んで身を乗り出した。視線同士が瞬間、重なりあう。
「…………あ、兄上?」
ダスウエルはじっと見上げたまま、動かない兄の方を振り返り、ギョッとして声をかけた。
彼の頬には珍しい事に、朱が散っていた。ダスウエルはその様子に困惑を隠しきれない。 普段から人間を毛嫌いし、妹、ミュースティラが見初めた相手が人間と知った時、恐ろしいほどの勢いで反対したのだ。流石に、相手が彼の認める範疇に入る人間だった事と、ティラの駆け落ちを前提での脅迫に渋々折れたとのはそう昔の話ではない。 彼は弟の当惑に気付かず、熱にうかされた様な濡れた甘い声で呟いた。
「……気に入った……」
ダスウエルはため息付きつつ思った。
(……また、何か起こすかも知れないな。ティラの時同様に)
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