プリンセスサーチ

西崎 劉

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一 人間観察

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「……つるぎ、あんたね、その趣味どうにかならない?」
 場所は福岡・太宰府天満宮内、梅園ベンチ。時は土曜日、授業が半ドンの日である。
「だって、ミッちん、面白いじゃん」
 容姿上、振り返られる事には流石につるぎは慣れっこになっていた。彼女自身はどういう認識か自身を「恥ずかしい顔」と思い込んでいる。構内の廊下、商店街ですれ違う人々、駅のホームでは勿論のこと、みんな一様に、彼女を振り返り、顔を赤らめ俯くか、凝視したまま硬直する。
「わたしのこの顔って、そんなにみっともないのかな?」
 情けなさそうにつるぎがそういうと、つるぎの親友、乙爲弥月(おとなりみつき)は、
「男装も女装も完璧にこなせる得な顔をしているなぁ……と、みんなが思っているんだよ?」
 と、つるぎを突き落とすような事をあっさり答えてくれた。
「……それはちょっと、嫌な顔だな?」
 つるぎは、テレビの某番組に時々出演する、倒錯した趣味を持つ人々を思い出した。
「でも、ミッちん。わたしは女なんだから、女装って事ないんじゃない?」
 酸っぱい梅干しを予告なしに口に入れられた様な顔をしてみせると、彼女は笑う。
「だって、タキシードが似合う女の子って、ざらにいないと思うな。トレーナー、ジーンズというありふれた服装で、天神コアビル前を歩いていて、OL姉ちゃんたちから軟派されたのは誰だったっけ?」
「…………ど、どうせ、わたしはミッちんみたいに丸みの豊かな身体をしてませんよっ!ひどいな、ミッちん。胸が心細いの気にしているの、知っているくせに……」
  恨みがましくつるぎはブツブツ愚痴る。
「だーれも、胸の事は言ってないでしょうがっ!」
 弥月は、何のかんのと意地悪な事を言いつつ、実はこのつるぎの外見が好きで好きでたまらなかったりする。だから、わざわざこうして彼女の趣味の一つ、人間鑑賞、マン・ウオッチングに付き合っているのだ。
  そして、風間つるぎのもう一つの趣味がRPG系のゲームを攻略する事である。
 流石に発売日の初日に並んで買おうとはしないが、こまめに中古屋巡りをして、安価に気に入ったソフトを手に入れ、のんびりと攻略することに至福を感じる人間だった。
「おじいちゃんとおばあちゃんのにこやかな会話の風景。走り回る子供や、ちょっとおしゃれしたお姉さん方。あきらかにカップルと見える二人連れが、木々の間を歩きながら笑い合う。この日溜まりが、わたしに平和を実感させるのよ。……いいねぇ」
 うっとりとした口調でつるぎは言う。隣では、すでにこの変わった趣味の事をあれこれいうのを諦めた弥月が、土産物屋で買ったウソ餅とニッケ水を半分ほどお腹のなかに収めていた。その前にはうめがい餅を茶屋で甘酒と共に五個ほど平らげている。……どういう胃をしているのか不思議なくらい良く食べるのだ。食べる事が、この弥月の趣味の一つと言えなくもない。
 ふと、突然和やかに人の様子を観察していたつるぎが立ち上がった。
「どした?」
「あそこ、子供が騒いでいる……」
 つるぎが指を差した方向にはちょっとした公園があった。公園と言うにはおこがましいほど小規模のものだったが、ジャングルジムはあるし、滑り台もある。鉄棒も大中小と繋がってあるし、少し離れた所には、幾何学的にボコボコ穴の開いた表面がツルツルのセメントの固まりがでんと鎮座している。境内を挟んだ向こう側、天満宮の敷地から外れた場所に保育園があり、その横にフェンスに囲まれてあるのだ。保育園の中からでも、その公園の中が丸わかり出来るような、空き地にとりあえず作ったとでも言わない遊技場。
  弥月がつるぎの指の示す方向を追った先には、滑り台の下にあるお決まりの砂場があった。
「虫かなんかが出てきたんじゃない?」
「虫?……コガネムシの幼虫かな?」
 その小さな砂場を囲む様に、幼稚園児くらいの子供が集まってわいわい騒いでいた。
 その光景の原因を、憶測しながらつるぎと弥月が話していると、子供たちの内の一人が不意にこちらを見た。
「あっ!ジョシコウコウセイのおにいちゃんだっ!」
 その呼ばわりに、ガクウッとつるぎの力が抜ける。
「女子高校生のお兄ちゃんだってっ!」
 プッと吹き出すと弥月はゲラゲラ笑う。
「……お兄ちゃんじゃあなくって、オ・ネ・エ・チャン、でしょーがっ!」
 女である事を主張するのも虚しい気がするが、一応訂正を要求した。片手は、笑った弥月へ報復処置をしっかりと施している。
「いったぁーい」
「おにいちゃーん!こっち、こっち。奇麗なオネエチャンが水の中にいるのっ!」
 つるぎの要求は受け入れられなかったのか、変わらず「お兄ちゃん」と呼ばれ、ズブズブと地面の中へのめりそうな気分に成りながら、諦めた表情で自分に呼びかける少女へ顔を向けた。少女は、パタパタと走って来ると、両手で、つるぎをぐいぐい引っ張った。
「水たまりの中に、お人形が落ちてるの?」
 時々困った様子で背後を振り返るが、弥月はニヤニヤ笑いながら手をピラピラ振って見せる。つるぎは薄情なやつだと思った。
「ううん、お人形みたいに奇麗なオネエチャンがいるの」
 正面を見たまま、みんなの見ている場所へつるぎを引きずる様に引っ張って行く。つるぎは全く意味が判らなくて、顔を顰めた。
 先に集まっていた子供たちは、つるぎに気付くと一斉に振り返る。
「……じゃあ、水の中に歌手のブロマイドでも落ちてるんじゃないの?」
「ち・が・うーっ!違うもんっ!」
 少女はじたんだ踏みながら、初めて振り返った。そして、集まっている他の子たちに、自分たちが見るスペースを開けさせる。
「水の中のオニイチャン、動いてるんだぜ」
 つるぎは、やっと砂場の中心に来ると改めて子供たちが見ている物を見た。それは、不思議な水たまりだった。縦、一メートル強、横、五十センチ程の縦長のきっちりとした長方形で、表面はとても滑らかだ。小石を落とすとトッポンという音をたてて落ちる事から、水には違いないが、音から察するに、ちょっと深みがあるらしい。
 つるぎの横に立っている、野球帽の少年が、指を差した方向に、確かに人が映っていた。
 背後を振り返るが、誰もいない。いるのは、好奇心旺盛な幼稚園、小学校低学年の子供たちくらいで。
「……確かに、お兄ちゃんが二人いるねぇ。おまけに、動いているし」
 つるぎはチラリとソレを見た後、自分をここへ連れてきた少女の方へ振り返った。
「えっ、オネエチャンじゃないの?」
 つるぎは、身を乗り出す様にして、その水面を覗き込んだ。
「洋服がピラピラしているのと、女顔だから、勘違いしたのよ。これ、二人とも男……」
 一瞬、水面に映る奇麗な顔の青年と、つるぎの視線が絡んだ。青年は、鮮やかな笑顔を浮かべて手を延ばし……
「うわっ、うわわわわっ!なっ、なに、これーっ!」
 水面から白い繊細な作りの手がにょっきり生えた。その、白い陶磁器の様に滑らかな手は、一瞬身を引いたつるぎの襟首を掴むと、水中に引きずり込んだ。
(じょっ、冗談じゃないわよっ!)
  つるぎは奇妙な水中で、必死にその手を剥がそうと試みるが、見た目より力強いその手が、つるぎをしっかり捉えたまま開放せず、暴れた拍子にかなり水を飲んでしまった。
 鼻の穴や口から同時に入ったその水は、喉の奥でカッと熱を持つ。逃れる動作が苦しさゆえの足掻きに変わり……。
  ふいにどこからか花の芳香が漂ってきた。それを嗅いだのを最後に、不覚にも気を失ってしまったようだ。水上では、残された子供たちが、大騒ぎしながら懸命に水を掬ってつるぎを探している。つるぎは、霞む視界に、ベンチを立ってこちらへ向かって走って来る弥月の姿が映った。
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