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二 妖精の国 上
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甘い花の香りがした。嗅いだ事の無い花の香りだ。薔薇に似ている気がしたが、薔薇の様にしつこいほど甘い芳香ではないから、多分違う花だろう。
つるぎは、ズキズキ痛む頭に悩まされながらゆっくりと目を開いた。柔らかい感触に戸惑いながら、ゆっくりと起き上がると、天蓋の付いた大きなベットに寝ているのに気がついた。細かな刺しゅうの入ったかなり豪勢な掛け布団。綿雲の様に軽くてフワフワの敷布団である。レースフリフリに縁取られたテーブルクロスが少し離れた場所にあって、その上に自分の制服が奇麗に畳まれて置いてあった。
「…………」
言葉が出ない。自分の状況が把握出来ないのだ。何か考えようと思ったが、ちょっと怖い気がした。これほどの環境変化にもめげず、つるぎが落ちついて居られるのは、気が動転しているからかもしれないと自身で納得させる。
見渡して改めて思うが大きな部屋だった。
畳二十枚分は有りそうである。それに相応しいやはり見たことの無い様な大きな出窓があった。もそもそとベットから這い出ると、出窓から外を覗いて、今度こそ現実逃避をしたくなった。地面のかわりに広々とした水面が目に映る。どうも、崖っぷちに建設した建物の内部にいるらしき事が判った。そして、その窓に映った自分の姿を見て、実際に触って確認をしっかりした後、貧血を起こしそうになる。自分が現在着ている洋服らしき物は、調度品や布団同様、恐ろしく高価な物と伺わせる細かな刺しゅうの入ったレースフリフリのネグリジェの一種だった。
「……………………………ここは、何処、なのかなぁ」
段々思考がしっかり自分自身を認識し始めた。トテツモナク異常事態が身の上に降りかかったという事も、自覚出来るようにまでなってきた。二度ほどつるぎは自分の顔を叩くと、もう一度、出窓から外を見た。そこには、つるぎが現実逃避したくなった、シロモノが湖の上を優雅に泳いでいた。一匹ではない。数えただけでも十五匹はいる。
「蛟…に、似ているかも」
蛇に似た体型に背鰭があった。恐ろしく巨大な動物で、その生き物は風に乗る様にしてユラユラと蠢いていた。時々、仲間同士で絡んだり、威嚇し合ったりしながら、どこか楽しげである。
水面に映る影から察するに、つるぎのいる場所は、そんな湖の中央に刺の様に隆起した岩場の上に建設された建物の中らしかった。
ピラピラの高価そうなその服を脱ぐと、学校の制服に着替えた。ポケットの中を調べたが、特に無くなった物はない。胸ポケットには常備している生徒手帳と小型の可愛い動物が側面に描かれたボールペンが入っていたし、スカートの襞に隠れたポケットには、財布とハンカチとちり紙が入っていた。
ぼんやり外を眺めていると、薄暗かった世界に光が灯りだした。朝が訪れようとしているのだ。
「……帰ろう。ここはトンでもない所だわ」
一息付いて、脱いだ物を畳んでいると、出窓の方からガラス戸を叩く音が聞こえた。振り返ると、先程湖で遊んでいた蛟モドキの内の小柄な一匹が顔を覗かせている。
小柄と言っても身の丈十メートルはありそうだし、身体の太さも直径三メートルは有りそうだ。初めはその大きさにギョッとして身を引いたが、よくよく見ると、瞳の無い赤一色の奇麗な目をしていた。畳んだ物を制服が置いてあったテーブルへ乗せると、思い切って出窓の窓を開けた。すると、それが窓からゆっくりと入り込んで来た。怖い物かと思っていたが、妙に人懐っこい。ゴクリと唾を飲んで、そっと手を延ばし、全身を豊かに覆う長めの淡い水色の毛を撫でて、確認するように見上げたが、嫌がった様子は見受けられなかった。
そればかりか、真紅の目を細め、気持ち良さそうに喉まで鳴らす。つるぎはクスクス笑いながら、近所の虎縞の猫を思い出していた。
自分の状況を忘れて目の前の大きな動物に懐いていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。その音に驚いて、水色の蛟モドキは空へ逃れる。空へ帰って行った生き物に対して、少々の未練を感じながら、つるぎは「どうぞ」と、答えた。
つるぎは、ズキズキ痛む頭に悩まされながらゆっくりと目を開いた。柔らかい感触に戸惑いながら、ゆっくりと起き上がると、天蓋の付いた大きなベットに寝ているのに気がついた。細かな刺しゅうの入ったかなり豪勢な掛け布団。綿雲の様に軽くてフワフワの敷布団である。レースフリフリに縁取られたテーブルクロスが少し離れた場所にあって、その上に自分の制服が奇麗に畳まれて置いてあった。
「…………」
言葉が出ない。自分の状況が把握出来ないのだ。何か考えようと思ったが、ちょっと怖い気がした。これほどの環境変化にもめげず、つるぎが落ちついて居られるのは、気が動転しているからかもしれないと自身で納得させる。
見渡して改めて思うが大きな部屋だった。
畳二十枚分は有りそうである。それに相応しいやはり見たことの無い様な大きな出窓があった。もそもそとベットから這い出ると、出窓から外を覗いて、今度こそ現実逃避をしたくなった。地面のかわりに広々とした水面が目に映る。どうも、崖っぷちに建設した建物の内部にいるらしき事が判った。そして、その窓に映った自分の姿を見て、実際に触って確認をしっかりした後、貧血を起こしそうになる。自分が現在着ている洋服らしき物は、調度品や布団同様、恐ろしく高価な物と伺わせる細かな刺しゅうの入ったレースフリフリのネグリジェの一種だった。
「……………………………ここは、何処、なのかなぁ」
段々思考がしっかり自分自身を認識し始めた。トテツモナク異常事態が身の上に降りかかったという事も、自覚出来るようにまでなってきた。二度ほどつるぎは自分の顔を叩くと、もう一度、出窓から外を見た。そこには、つるぎが現実逃避したくなった、シロモノが湖の上を優雅に泳いでいた。一匹ではない。数えただけでも十五匹はいる。
「蛟…に、似ているかも」
蛇に似た体型に背鰭があった。恐ろしく巨大な動物で、その生き物は風に乗る様にしてユラユラと蠢いていた。時々、仲間同士で絡んだり、威嚇し合ったりしながら、どこか楽しげである。
水面に映る影から察するに、つるぎのいる場所は、そんな湖の中央に刺の様に隆起した岩場の上に建設された建物の中らしかった。
ピラピラの高価そうなその服を脱ぐと、学校の制服に着替えた。ポケットの中を調べたが、特に無くなった物はない。胸ポケットには常備している生徒手帳と小型の可愛い動物が側面に描かれたボールペンが入っていたし、スカートの襞に隠れたポケットには、財布とハンカチとちり紙が入っていた。
ぼんやり外を眺めていると、薄暗かった世界に光が灯りだした。朝が訪れようとしているのだ。
「……帰ろう。ここはトンでもない所だわ」
一息付いて、脱いだ物を畳んでいると、出窓の方からガラス戸を叩く音が聞こえた。振り返ると、先程湖で遊んでいた蛟モドキの内の小柄な一匹が顔を覗かせている。
小柄と言っても身の丈十メートルはありそうだし、身体の太さも直径三メートルは有りそうだ。初めはその大きさにギョッとして身を引いたが、よくよく見ると、瞳の無い赤一色の奇麗な目をしていた。畳んだ物を制服が置いてあったテーブルへ乗せると、思い切って出窓の窓を開けた。すると、それが窓からゆっくりと入り込んで来た。怖い物かと思っていたが、妙に人懐っこい。ゴクリと唾を飲んで、そっと手を延ばし、全身を豊かに覆う長めの淡い水色の毛を撫でて、確認するように見上げたが、嫌がった様子は見受けられなかった。
そればかりか、真紅の目を細め、気持ち良さそうに喉まで鳴らす。つるぎはクスクス笑いながら、近所の虎縞の猫を思い出していた。
自分の状況を忘れて目の前の大きな動物に懐いていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。その音に驚いて、水色の蛟モドキは空へ逃れる。空へ帰って行った生き物に対して、少々の未練を感じながら、つるぎは「どうぞ」と、答えた。
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