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第一章
第二王子への制裁
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その喧騒に、ウトウトと眠りに誘われていた意識がクリアになり、閉じかけていた目が一気に開く。
が、その喧騒はベルの姿を目にした瞬間、波のように引いてしまう。
息を飲む音が、静寂の中幾つも響く。
初めて見るであろう、闇の絶対的覇者。
下位悪魔にすら圧倒されていたというのに、それを遥かに上回る存在が目の前に在るのだ。階級は分からずも、確実に上位。いや、もしかすると悪魔公の可能性すら…と、分かるものは思ったかもしれない。
誰もが人外の王の圧倒的な存在感に魅入られ、そして恐怖し身動き一つ取れない。そんな中、ベルは騎士達に守られ青ざめているローレンス王子の元へとゆっくり歩いていった。
やがてベルはローレンス王子の1メートルほど手前で止まり、そのまま彼を無言で見下ろす。
「あ…ぁ…」
ローレンス王子の身体がガクガクと震える。
鮮血のような真紅の双眸から己のそれらをそらすこともできず、もはや死人のように顔が真っ白になっていた。
側にいる騎士達も王子を守ろうとしているのだろうが、まるで金縛りにあったかのように動けないでいる。
そんな王子を映すベルの双眸には、怒りも侮蔑も何も浮かんでいないように見える。
だが俺は、ベルが何をしようとしているのかを明確に察した。
きっと彼は、下位悪魔を不用意に召喚し、俺を傷付けた事に対してローレンス王子に制裁を加えようとしているのだ。
「…?!あ…ぁああああ!!!」
刹那、ピシリ…とガラスにヒビが入ったような音が鼓膜に届いた…ような気がした。と同時に、王子の口から絶叫が迸った。
「で、殿下?!」
「あ、が…っ!!僕の、目…..っ!!」
近衛騎士達の焦る声と、王子の苦痛に塗れた声が重なった。ベルは何もせず、ただ王子を見下ろしたまま立っている様に見えるが、王子は両手で自分の顔を覆い尚も悲鳴をあげている。
目を凝らしてみれば、顔を覆う手の間から細く赤い筋が幾つも伝っていて…。
(…!もしかして、王子の目を…壊した?!)
冷や汗が背中を伝う。魅了のスキルを司る王子の目を、ベルは何の躊躇もなく傷つけたのだ。しかも悪魔の持つ魔眼で容易く。
「い、いた…痛いっ!!あぁあ…!!」
痛みにもがき苦しむ王子を、騎士達は必死で悪魔から離そうとする。が、恐ろしいまでの威圧に再び体の動きを封じられてしまった。
まだだ。あの悪魔が、王子の目を傷つけただけで済ます筈がない。
俺を己の所有物にすると言って憚らないベルだ。王子はその執着する俺を傷つけ、殺しかけた元凶なのだから。
殺す気は無い…と思いたいが、おそらくは腕の一本や二本…いや、手足全てをへし折るぐらいやりそうで怖い。ってか、そんな事されたら、俺がここまで必死にやって来た事が台無しになる!
「やめろ!これ以上彼を傷つけるな!!」
咄嗟に叫ぶと、ベルの指がピクリと反応する。
そうしてゆっくりと振り向いたベルは、必死に懇願する様に見つめる俺と視線を合わせた。
「やめてくれ….頼む….!」
「………」
闇の中浮かび上がるように煌めく深紅の瞳。風もないのに、緩やかにたなびく燻し金の髪。漆黒の翼も全てが….ああ…。恐いぐらいに綺麗だな…。
極上のルビーの様な深紅に見惚れるように、俺はベルと見つめ合った。何分経ったのだろう。…いや、何秒にも満たない僅かな時間だったのかもしれない。ふいに視線を逸らしたのはベルの方だった。
「まったく…調子が狂う」
苦味が混じった声で一言呟いた後、一陣の風が吹き上がった。黒い羽根が宙を舞う中、ベルが忽然とその場から姿を消す。それを確認した次の瞬間、目の前が真っ暗になった俺は、そのまま意識を手放したのだった。
が、その喧騒はベルの姿を目にした瞬間、波のように引いてしまう。
息を飲む音が、静寂の中幾つも響く。
初めて見るであろう、闇の絶対的覇者。
下位悪魔にすら圧倒されていたというのに、それを遥かに上回る存在が目の前に在るのだ。階級は分からずも、確実に上位。いや、もしかすると悪魔公の可能性すら…と、分かるものは思ったかもしれない。
誰もが人外の王の圧倒的な存在感に魅入られ、そして恐怖し身動き一つ取れない。そんな中、ベルは騎士達に守られ青ざめているローレンス王子の元へとゆっくり歩いていった。
やがてベルはローレンス王子の1メートルほど手前で止まり、そのまま彼を無言で見下ろす。
「あ…ぁ…」
ローレンス王子の身体がガクガクと震える。
鮮血のような真紅の双眸から己のそれらをそらすこともできず、もはや死人のように顔が真っ白になっていた。
側にいる騎士達も王子を守ろうとしているのだろうが、まるで金縛りにあったかのように動けないでいる。
そんな王子を映すベルの双眸には、怒りも侮蔑も何も浮かんでいないように見える。
だが俺は、ベルが何をしようとしているのかを明確に察した。
きっと彼は、下位悪魔を不用意に召喚し、俺を傷付けた事に対してローレンス王子に制裁を加えようとしているのだ。
「…?!あ…ぁああああ!!!」
刹那、ピシリ…とガラスにヒビが入ったような音が鼓膜に届いた…ような気がした。と同時に、王子の口から絶叫が迸った。
「で、殿下?!」
「あ、が…っ!!僕の、目…..っ!!」
近衛騎士達の焦る声と、王子の苦痛に塗れた声が重なった。ベルは何もせず、ただ王子を見下ろしたまま立っている様に見えるが、王子は両手で自分の顔を覆い尚も悲鳴をあげている。
目を凝らしてみれば、顔を覆う手の間から細く赤い筋が幾つも伝っていて…。
(…!もしかして、王子の目を…壊した?!)
冷や汗が背中を伝う。魅了のスキルを司る王子の目を、ベルは何の躊躇もなく傷つけたのだ。しかも悪魔の持つ魔眼で容易く。
「い、いた…痛いっ!!あぁあ…!!」
痛みにもがき苦しむ王子を、騎士達は必死で悪魔から離そうとする。が、恐ろしいまでの威圧に再び体の動きを封じられてしまった。
まだだ。あの悪魔が、王子の目を傷つけただけで済ます筈がない。
俺を己の所有物にすると言って憚らないベルだ。王子はその執着する俺を傷つけ、殺しかけた元凶なのだから。
殺す気は無い…と思いたいが、おそらくは腕の一本や二本…いや、手足全てをへし折るぐらいやりそうで怖い。ってか、そんな事されたら、俺がここまで必死にやって来た事が台無しになる!
「やめろ!これ以上彼を傷つけるな!!」
咄嗟に叫ぶと、ベルの指がピクリと反応する。
そうしてゆっくりと振り向いたベルは、必死に懇願する様に見つめる俺と視線を合わせた。
「やめてくれ….頼む….!」
「………」
闇の中浮かび上がるように煌めく深紅の瞳。風もないのに、緩やかにたなびく燻し金の髪。漆黒の翼も全てが….ああ…。恐いぐらいに綺麗だな…。
極上のルビーの様な深紅に見惚れるように、俺はベルと見つめ合った。何分経ったのだろう。…いや、何秒にも満たない僅かな時間だったのかもしれない。ふいに視線を逸らしたのはベルの方だった。
「まったく…調子が狂う」
苦味が混じった声で一言呟いた後、一陣の風が吹き上がった。黒い羽根が宙を舞う中、ベルが忽然とその場から姿を消す。それを確認した次の瞬間、目の前が真っ暗になった俺は、そのまま意識を手放したのだった。
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