黒の魅了師は最強悪魔を使役する

暁 晴海

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第一章

兄のユキヤについて【テオ視点】

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俺には二つ年上の兄がいる。



幼い頃からずっと一緒にいた。綺麗で綺麗でとても優しい、大切な兄が。





◇◇◇




物心ついた時から、兄は老若男女問わず誰からも愛されていた。

父母達からは肉親の愛情を。幼い頃から世話をしている老召使達からは孫に対するような愛情を。…そしてその他の者達からは、劣情を伴う狂気に近い愛情を。

ある時期まで、兄付きの召使達はそれこそ日替わりのようによく変わった。

後で俺付きの執事(こちらも老紳士である)から聞いた話によれば、男も女も兄に対してよからぬ感情を抱いた瞬間、片っ端から辞めさせられていたとの事だった。

そうしてある日を境に、うちの召使達は全て老人、もしくは兄耐性ある稀有な人材のみとなってしまったのだ。おかげでアスタール公爵家は別名『冬枯れの館』と呼ばれてしまっている。

そんな魔性の魅力を持った兄だったが、本人は至って能天気で庶民派な少年であった。

着飾る事を良しとせず、一般庶民が着るような簡素な服を好み、言葉も態度も高位貴族のソレではなく、それこそ一般庶民そのものと言った鷹揚なもの。しかも趣味は料理、主にお菓子作り。

…普通、高貴な身分の者はお茶すら自分で淹れようとはしない。

なのに兄の場合は、自分で作ったり淹れたりしているお菓子やお茶を、『味見』と称して家族や召使い達に振舞い、あまつさえ一緒に日向ぼっこをしながらお茶をしている始末。
流石に成人年齢になってからは、兄に「貴族たる者は…」と何度も口を酸っぱくして説教しているのだが、兄の行動は一向に改まる気配すらみせない。

兄の外見を聞き及んだ者達は憧れをこめて『黒の麗人』なんて噂している。だが、完璧な貴人像を描いていた者達は、もし本人を間近で観察出来たら皆一様に幻滅するかもしれない。それほど兄は、貴族としては規格外な人なのだ。

不思議な事に、それに対して、周囲は特に兄を諫める事はしなかった。
父母…特に俺に対しては躾に厳しい父ウェズレイも同様で、寧ろ好きにさせていた。

一度、何故かと聞いた事があるが、兄は4歳になった頃、突如精神バランスを崩し、半年近く誰とも口をきかずに部屋に閉じこもっていた事があったのだそうだ。

俺が部屋の前で「出て来て」と泣き続けていたのが、部屋から出て来る切っ掛けだったらしいが…。その時2歳にも満たなかった俺に、その記憶はない。

兄は昔も今も、俺にとても甘い。

自分の体質ゆえ余り外にも出られず、近しい年齢の友人も出来辛かった事もあり、兄は何かと俺と一緒にいたがった。

俺も美しい兄の愛情を一身に受け、共にと望まれる事がとにかく嬉しくて、時間の許す限り一緒に過ごした。学問を習う時も、武術も習う時も。寝る時さえも。

そして俺が幼い頃、兄はどの本にも載っていない面白い話を寝物語に沢山話してくれた。
愉快な話、冒険の話、鬼や妖怪といったモンスターが出て来る話。それらは今でも一語一句間違えずに話す事が出来る。

王立学院に入学した後、兄恋しさに思い付きで書におこしていたのだが、大商人を親に持つ学友が、たまたまそれを読んで「是非これの版権はうちの商会で!」なんて息巻いて言ってきた。
元ネタは兄だから、兄に許可を取ってくれと言ったら「どうやってだよ…」と絶望した顔になっていたが。

とにかく、俺は敬愛するセオドア母上に瓜二つの外見を持つ兄の事が、心の底から大切で大好きだったのだ。




――だが、いつからだろう。その『好き』が、別の感情に支配されるようになったのは。



本家であるアスタール公爵家には、分家が沢山ある。

その中でも本家に準ずる御三家と呼ばれる分家があって、それぞれが北伯、南伯、東伯と呼ばれている。それら分家には、俺や兄と年を同じくする従弟達がいた。

北伯グランス侯爵家の長子、エイトール。南伯ノウ侯爵家の長子、アドルファス。そして東伯パーカー家の次男、キーランである。

エイトール、アドルファスは共に兄と同い年。そしてキーランは俺と年が同じで、彼らは兄が十歳になった時、一度だけ開いた身内のみの誕生祭を切っ掛けに親しくなった。

そして両親…いや、母のセオドアが許可した事により、頻繁にではないが屋敷にこもっている兄に会いに来るようになった。

俺はその事が不満だった。

エイトール達は、数多いる従弟や親戚の中でも気の良い奴らだったから、彼ら自身に対しての悪感情は無い。
むしろ以前から親しくしていたし、兄も同い年の友人が出来て嬉しそうにしていたから、それは良かったと思っている。

だが、彼らと兄が親し気に話したり笑ったりしたりしているのを見ていると、どうしようもなく不快感がこみ上げてくるのだ。

兄と自分だけの世界に割り込んで来た邪魔者。…そう子供じみた嫉妬心を抱いているのだろうと、幼い頃は思っていた。

だが年齢が上がるにつれ、その不快さはどんどんと増していった。

兄が自分以外の者に笑いかけるたび、自分以外の人間の名を口にするたび、言いようのないどす黒い感情が胸に沸き上がってくる。

そのどす黒い『何か』の正体を自覚したのは、俺が王立学院に入学する前日だった。
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