黒の魅了師は最強悪魔を使役する

暁 晴海

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第一章

自覚する想い【テオ視点】

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基本、王立学院に入学した者達は全員寮生となるので、実家に戻るのは休日の土日や祭日、長期休暇だけだった。

いつも一緒にいた俺と離れ離れになってしまうという事で、兄は酷く落ち込んだ。(兄は父母の一存で、王立学院には入学していない)
なので、何となくここ数年避けていた夜の同衾を強請られた時、俺自身も兄と離れる事を寂しく思っていたので、苦笑交じりに頷いた。

「…テオ。土日にはちゃんと帰って来てくれよ?長期休暇もな!」

「分かっています。兄上」

「あ、でもお前の交友関係を制限する気は毛頭無いから!友達との予定があったら、そっちを優先していいからな?あと、好きな子が出来たら、そっちを真っ先に優先してやれよ?」

「…俺には家族が一番優先すべき存在です」

「いやいや、恋は人を変えるんだって!お前も誰かを好きになれば分かるさ」

「…兄上は、そういった経験がおありなのですか?」

思いがけず強張った声になってしまったが、兄はそれに気付く事なく笑顔を一転曇らせた。

「俺がいつ、どこで、可愛い女の子と出逢う機会があったってんだよ!?…残念ながら、本とかの受け売り!」

それを聞いた瞬間、あからさまにホッとした。そういえば兄はこの国では珍しく、恋愛対象は女性限定という思想の持ち主だった。

「それはそうと!明日は早起きして、お前の好きなお菓子を沢山作るから」

「期待しています」

「だから、俺が寝過ごしたら起こしてくれよ?」

「お任せください。…ですが、出来れば自力で起きる努力もなさって下さい」

「分かってるって!保険だよ保険。…そうだ!寝物語にお前が昔好きだった童話、話してやろうか?」

「もう子供ではないので、遠慮します」

そんな他愛のない会話をしながら、いつの間にか寝てしまった兄の無防備な寝顔を間近で見つめる。

染み一つ無いすべらかな肌。あの晴れ渡る夜空のように美しく煌めく瞳は、瞼を閉じてしまっているので見えないが、長い睫毛がとても美しい。

「………」

無意識に兄の髪の毛に指を絡ませる。

母親譲りで癖のない艶のある黒髪は、サラサラとしていて手触りもとても良い。形の良い唇からは、小さな吐息が聞こえてきて…。


――触れてみたい。


殆ど何も考えずにそう思った瞬間、ドクンと心臓が脈打ち、身体中の血が沸騰したように身体が熱くなった。
その衝撃で思わず勢いよくベッドから起き上がってしまう。

「ん…」

振動で兄が起きてしまったのかもと息を飲んだが、幸い兄が起きる気配はなかった。

だが、心臓の鼓動も身体の熱もどんどんと上がっていき、たまらなくなってそっとベッドから抜け出ると、水を飲もうと厨房へと向かった。

「…ふぅ…」

冷たい水を何杯も飲んだが、身体の熱は一向に収まらない。

兄と、この家お抱えの鍛冶師兼何でも屋のドワーフ、ジャンボロが共同作成した自動汲み上げ式井戸の水口から、直接頭に水をかけてみる。
髪の毛から夜着へと水が伝わり、全身ずぶ濡れ状態になってようやく頭の中が冴え渡っていった。

「兄上…」

そうして、長年胸の奥で抱き続けていた想いにようやく気が付く。

俺は兄を…ユキヤを、肉親として愛しているのではなく、情愛を交わす対象として愛しているのだと。

そう自覚した後、湧き上がってきたのは己に対する嫌悪感。

たとえ血が繋がっていなくとも、俺達は正式な兄弟。そんな相手に恋心を抱くなど、不道徳にも程がある。
また兄が自分に対し、俺にこんな気持ちを持たれていると知れば….。今迄向けていた愛情が消え失せ、忌避される対象になってしまうかもしれない。

兄を溺愛する父母…特に父などは、きっとこんな自分を許そうとしないだろう。下手をすれば廃嫡され、身内としてすら傍にいる事が出来なくなってしまうかもしれない。そんな事、絶対耐えられそうにない。

そうして己の気持ちを自覚した翌日から、俺は今迄のように兄に接する事が出来なくなってしまった。

だからこそ、絶妙なタイミングで王立学園に入学出来た事に感謝する。

そう、兄と離れ、学院で色々な人間に接する事で、冷静になれるかもしれない。この許されざる恋心を忘れさせてくれる相手に出逢う事が出来るかもしれない。…そう期待していたのだ。

だが、兄に対する気持ちは一向に薄れる事無く、寧ろ会えない日々に恋しさを募らせてしまう。気付けば指折り数え、週末の帰省を心待ちにする日々を送る始末。

なのに劣情を伴う恋心に対する後ろめたさから、会えば嬉しいのに上手く接する事が出来ず。また奔放で能天気な兄と接するたび、「自分はこんなに苦しんでいるのに」と理不尽な怒りが募り、八つ当たりのような冷たい態度を取ってしまうのだ。

俺に甘い兄は「まあ、そういう年頃だからな」と、俺がどんなに嫌な態度を取っても、いつも通りの愛情を向けてくれる。そうして自己嫌悪に陥りながら学院へと戻り、また兄を想う。この繰り返しだ。

兄は今も、肉親の愛情を惜しみなく俺に向け続けてくれる。

だが、そうではない。俺が欲しいのは、温かく柔らかい肉親の愛情ではなく、もっと激しく熱い…。劣情を伴うそれなのだ。

そんな悶々とした日々を送る中、学院に入学してから半年が過ぎ、時期遅れで新入生が入ってきたのが以前から噂されていた、この国の第二王子ローレンスだった。
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