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第四章

パンケーキの思い出

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「はい、これで完成!」

「うわぁ…!」

「おお…!これは…!」

フライパンから皿にポンと乗せられた、丸いキツネ色のパンケーキがふるりと揺れる。

その上に、牛乳を振って簡易的に作ったバターをたっぷり乗せ、最後にふんだんにあった黒糖を使って作ったカラメルソースをたっぷりとかけて出来上がったのは、見た目も香りも極上なスフレパンケーキだ。

「”スフレパンケーキ”…。初めて見る食べ物です」

「こっちでは、こういうお菓子は無いのかな?」

「これよりも薄い、小麦粉を水で溶いてパンのように焼いたものはあります。お水の代わりにミルクを使い、卵とお砂糖を入れるだけで、全く別物になるんですね」

「それに気候的に、この国のお菓子は日持ちする干菓子が多いのです」

シェンナ姫とザビア将軍は、目の前のパンケーキをキラキラした目で見つめている。

故郷のフェレーラでは、パンケーキは割と一般的なお菓子の一つだった。貴族なんかは、めったくそ砂糖を入れた生地に、これまた鬼のように砂糖を加えた生クリームをたっぷりとかけて食べる。

しかし、庶民の方は砂糖を使う甘いパンケーキは、余程の祝い事やお祭りでしか食べられない。なので、甘くない砂糖無しのパンケーキをおかずと一緒に食事として食べる事が多い。

それで言えば、このカルカンヌ王国は砂糖の産地なので、多分庶民でもふんだんに砂糖が手に入るのだろう。なのに、こういった調理法が普及していないとはなんとも勿体ないことだ。

「泡立てた卵を使うのもポイントかな。普通はそこまでしないんだけど、そこは俺のこだわりで。それに普通のパンケーキは割と喉につまるから、こっちの方が口どけが良くて食べやすいからね」

それにとても美味しいし。

前世の日本でも、ふわふわパンケーキは俺の十八番で家族の大好物でもあった。で、実はこのスフレパンケーキ。今世の義父であるウェズレイ父さんの大、大好物なのだ。

俺は4歳の時に記憶を取り戻し、大混乱して周囲に大迷惑をかけた。一年後にようやく気持ちが落ち着いた時、俺は特に冷たい態度を散々取って悲しませたウェズレイ父さんに、何かお詫びをしたいと考えた。

そこで、父さんが仕事で部屋に缶詰状態だった時、このスフレパンケーキを作ってこっそり差し入れしたのだ。

見かけは子供でも中身は大人なので、火の扱いはバッチリだったのだけれど。当然と言うか、周囲は5歳の幼児が料理をするなんてとんでもない!とばかりに大反対して必死に止めた。

それでも最終的に折れたのは、4歳の頃の俺に戻ってしまうのではないかという恐怖と、顔やらなんやらの問題で家に閉じこもらざるを得ない境遇の不憫さ。加えて、初めて俺が口にした我儘を嬉しく思ってしまったからに他ならない。

「あのお小さかったお坊ちゃまが、パンケーキの乗った大きなお皿を落とさない様に、一生懸命旦那様の元にお持ちしたあの光景。大変に眼福…いえ、心温まる微笑ましいもので御座いました」

これはスフレパンケーキを作るたび、執事のジョナサンが決まって口にする台詞である。

今まで自分を拒絶していた愛息子が持ってきてくれた夜食。そして、食べた事のない食感と程よい甘さが絶品のパンケーキを「自分の為に息子が作ってくれた」と聞いて、ウェズレイ父さんは涙を流さんばかりに喜び、感激してくれた。

それが俺の初めての料理。

齢五歳なのに、誰も作ったことのないモノをどうやって?という疑問はあったろう。だが、あえて誰も突っ込まずに目を瞑ったらしい。

まあそれは兎も角。この事が切っ掛けで、俺は料理を作る事を大っぴらに認めてもらえたのだった。
尤も、「その代わりに」スフレパンケーキを作るのは、ウェズレイ父さんにだけと約束させられたんだけどね。

だけど数年後、例によってウェズレイ父さんの夜食にパンケーキを持って行ったら、うっかりセオドア父さんと鉢合わせしてしまったのだ。

「何だいそれは?」と顔半分に影を落とし、にっこり笑ったセオドア父さんの圧に俺は呆気なく屈し、かくしてスフレパンケーキの存在がばれてしまった。

その後、派手な夫婦喧嘩が勃発したのだけれど。聞きつけたテオもセオドア父さんに加勢して、ウェズレイ父さん2人にコテンパンにやられていたっけ。

まあ、それ以降は秘密が解禁となったので、「可愛い私のユキヤが私の執務室に『おしごとごくろうさまです、ちちうえ。はい、おやしょくです!』と言いながら、危なっかしい足取りでパンケーキを届けてくれた時、神が私を天に召す為に遣わした天使かと思った…!」と、事あるごとに自慢しまくり、俺を含めた身内や周囲を辟易とさせている。
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