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第六章

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「気を付ける事だな。物理だろうが精神だろうが、もしもに攻撃などしていれば、『彼の者』の生命力は一気に絶たれていた」

「………」

バティルが告げた言葉を反芻させ、思わず自分自身へ舌打ちしたくなった。

なんせ、ベルが止めてくれなかったら、俺は石の瘴気に煽られるがまま衝動的行為でグリフォンを死に至らしめていたのだから。

気を引き締めていたとしても、少しの油断で張り巡らされている罠に嵌る。それを身をもって実感した俺は、反省すると共に己を戒めた。

俺が冷静になったのを見届けると、漸くベルは腕から牙を抜いて穴が空いただろう肌を服の上からチロチロと舐め、傷を癒してくれた。

「ありがとう、ベル」

定位置である首へ緩く巻きつき、チロリと顎を舐めたベルに、俺は頬を緩め滑らかな身体を優しく撫でる。それから『目』の力を努めて抑えつつバティルを睨んだ。

『…あ。コイツバティルの目が!』

バティルの焦茶色だった双眼が、何時からなのか鈍いオレンジ色の光沢に染まってる。
奴が自身の『目』を使って俺の『目』を防御してるのか、果てまては攻撃のつもりなのか?俺には全く影響がないからよく分からないけど。

敵意も怒気も抑えている俺に伴い、バティルの双眼は次第に元の色へ戻っていく。
ただ、自分の『目』が俺に通用しないのを実際に目の当たりにした所為か、焦燥感を色濃く残して。

『やっぱり…』

図らずも奴が『目』を見せてくれたお陰で確信した。バティルの能力は俺より遥かに下だと。

それに反して杖に嵌っている黒石。あれは『呪い』の塊そのもので、俺すら油断の隙をついて精神干渉できる代物だ。バティル自身が創れる様な...ましてや扱える物ではない。

『だとしたら、アレを与えたモノは、砦の壁を構築したのと同一と考えて間違い無いだろう』

そう、ベルが言っていた人ならざる者。聖獣となった古のグリフォンに呪いを掛けられる「諸悪の権化」だ。

バティルが黒石を「発動させた」ように見えたが、それも今では疑問となる。

俺の能力を測る為なのか知らないが、挑発し怒りを増長させ攻撃を促して。よっぽど石の力に自信があったと言えばそれまでだけど、かなりの博打行為だったと俺は思う。

『もしかしたら...バティルが誰かに指示されてた…なんて、あり得るかな?』

『……………』

俺の心の声を聞いてるだろうベルにさりげなくお伺いを立ててみたけど、うんともすんとも答えてくれない。
何だよ、普段は喧しく怒鳴ったりする癖に!さっきの失態で呆れてるのか?なら助言くれとまで言わないから、鎌首横か縦に振ってくれないか…ってソッポ向くんじゃないっ!!

兎に角、このままじゃ「話し合い」は平行線もいいとこだ。

俺は『魅了』で姫を縛っていると脅し、バティルは『呪い』でグリフォンの生命を握っていると脅してきた。落とし所を探ろうにも、拮抗している互いのカードが下手を打てなくなっている。

さほど時間は経ってないが、周囲はどんどん暗くなり空気は冷たくなってきた。後少ししたら、明かり無しでは顔の表情もわからなくなるだろう。

後方で成り行きを見守る姫や将軍、ついでにオンタリオ側の兵達にも、不安が広がっているに違いない。睨み合っている俺とバティル達に「決断」が迫られる、そんな時だった。

「!?」

突如バサッバサッと上空から羽音が聞こえ、反射的に顔を上げる。

すると何処から現れたのか、闇夜の濡れ羽色をした大カラスが俺達の頭上を旋回し、ふわりとバティルの肩に停まったのだ。

『あの大カラス、ザビア将軍が言っていたバティルの使い魔か』

「――!お前…!?」

バティルは何処か戸惑った様子を見せ、何か言いかけたが咄嗟に口を噤む。そして無言で肩に乗った大カラスと目を合わせていたが、次第に眉根を寄せ表情も憮然となっていった。

『……ん?』

一人と一匹の沈黙したやり取りに既視感デジャブを覚える。なんかあれ…バティルとカラス、俺とベルの脳内会話でのやり取りみたいな事、してないか?

それからバティルは首を横に振り、肩の大カラスを睨み付けていたが、やがて悔しげに唇を噛んで俯いてしまった。

こいつら、主従の関係なんだよな?なんか、使い魔が主人を言い負かしたっぽく見えるんだけど…。って、ベルと俺も似たようなもんだから、気安い関係なのかもしれないか。

なんて考えてたら、バティルから視線を外した大カラスは次に俺へ顔を向けてきた。じっと見つめる双眼は、明らかに魔に属するモノだと知れる紅。それもベルと似通った、鮮血の様に凶暴な煌めきを孕んだ…吸い込まれそうに底がない危険な色だった。
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