入学初日に告白してきた美少女には、『好き』がないらしい。~欠けた感情を追い求めて~

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Chapter1 謎の少女

File4:愛情の押し売り

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 高校デビュー二日目は、散々な始まり方だった。こっぴどく叩かれた痕が、赤々と龍太郎の頬についている。もう三時間も経つのに、ヒリヒリして落ち着かない。
 元凶の少女も、同じ扱いを受けている。男女平等をこんな場面で使いたくはなかった。

 チャイムが鳴ると同時に、黒板に数式を書く教師が空気になった。率先して教室から走り出していくのは、数か月間クラスの決定権を持つであろう強面グループ。少女に対する龍太郎とは違い、独裁者である。
 この荒廃した高校に、学食の業者が入る訳がない。弁当は持参だ。容器の凹んだコンビニ弁当を袋からぶら下げるのを目撃したが、万引きのニオイが漂っていた。犯罪の見本市としてふさわしい。

(教室で、食べるのもなぁ……)

 やかましいヤンキー軍団こそ不在ではある。しかしながら、空気が換気されない。飯を一人黙々と食べ、勉強で成り上がる意志も、仲間で意気投合する活動性も持ち合わせない、無個性の塊だ。昼飯まで感化され、腐ってしまいそうだ。

(……空き教室にでも、行くか……)

 それだけでも嫌だと言うのに、龍太郎は名も無き少女にロックオンされている。教室で呑気に居座って、回避は不可能だ。

 自教室のフロア、三階の端。少子化の波に抗えなかった、古ぼけた一教室を発見した龍太郎。幸いにも、教室前を横切らずに到着できる。
 扉は木製で、動かそうとすると軋む。ナチュラルお化け屋敷である。

 適当な席に着いた龍太郎は、弁当を開き、思考の海に沈んだ。

(……あの子、名前も名乗ってないのか……)

 初対面で、少女の名前を尋ねそびれていた。

 それにしても、相手も相手である。愛している人に、自身の名前を覚えてもらいたくないのか。恋人の中核に、刻み込みたくないのか。龍太郎の希求するラブコメが、また一つ現実味を失う。
 向こうサイドにしか過失が認められないのなら、こうも膝に胸が当たるまで考え込むこともない。

(……なんとも、言えない……)

 龍太郎も龍太郎で、ドロドロに甘い展開を待ち望んでいる。チャンスボールを一打逆転サヨナラホームランにする機会を、裏に潜ませて探り続けている。
 『恋焦がれる人』と例えれば見栄えは良いが、所詮は『下心』だ。それ以上でもそれ以下でもない。
 窓の外に目をやると、ボールが跳ね上がっていた。早弁の連中が、グラウンドを占有しているのだ。規範は破るためにあるのだろうか。
 弁当の味が、全くしない。味覚に使われる細胞も、脳に緊急動員されてしまっている。

(……あの子に告白されてから、何もかもがおかしい……)

 彼女に、歯車を狂わされ続けている。忌避する自分がいると同時に、混沌を歓迎する龍太郎もいた。これまで下振れを引き続けてきた人生、次は当たる、と。ギャンブラーの末期症状に似ている。

 教室の扉は、光を透過しない。複数人で討ち入りに来られると、逃げ場所が失われる。三階から飛び降りる芸当は、無謀も甚だしい。

 龍太郎の目線の先で、その扉が開け放たれた。

「先客さん……はキミだったか。まあいい、お邪魔するね」

 脳に繰り返される、聞き馴染みのある浮ついた声。平凡な道から龍太郎の足を踏み外させた、手紙の送り主。

 彼女は、龍太郎の前の席を取った。髪の先端が、椅子の背もたれにかかる。カーブがかかった穂先は、遊び毛なくまとまっていた。
 確信犯か、偶然か。教室に入ってからの流れるような動作が、演技色を濃く映し出している。

「……登川くん、その弁当は誰に作ってもらったのかな? 前の席? 後ろの席? それとも……」
「自作だ。……て言っても、具材を詰め込んだだけのものだけど」

 あからさまに、愛が重い。愛情かどうかの判定が微妙なのは棚に上げても、ヤンデレ気質が発現している。

 彼女が、桜柄の弁当包みをほどく。体育が無かったにしては、容量の大きそうな二段弁当が姿を現した。
 弁当の量に不信感を隠せない龍太郎に、彼女の目が輝いた。

「……これ、手作り弁当だよ。ほら、胃袋の大きさが二倍にならない?」

 下段に詰まっていたのは、粒が確認できない白米。均一にふりかけがかかっていて、どちらが主食なのか見分けかねる。
 料理センスが、あるのかないのか。黒焦げライスにマヨネーズが盛られた肥満まっしぐらのゲテモノと比べれば、何でも絶品に思える。因みに、その馬鹿ライスを食べさせられたのは龍太郎である。

「……キミのために、登川くんのために、作ってきたの。お・あ・が・り・な・さ・い!」
「……君の分は……?」
「ない!」

 笑顔でそう押し切られても、反応に困る。キチガイ力があれば、空腹の一つや二つ、克服できるとでも言うのか。冬も半袖ではしゃぎまわっていそうだ。

 毒が混入している……ことは無いだろう。手のひらで泳がすにしても、一途なバカにしても、彼女の得る利益が無い。
 寄せられた弁当タワーを、さりげなく押し戻す。龍太郎の容量は、弁当が二倍になることを想定していない。食べかけを返すのも気が引ける。

「……気持ちは分かるけど、この量は……」
「弁当を作ってあげてるということは、キミのことが好きだ、ってことだよ?」

 因果関係がひっくり返っている。給食調理員は皆、生徒を(性的に)愛しているという論理が成立してはたまらない。

(この子、『好き』が結果になってるよな……)

 愛しているから、挨拶をする。心が惹かれるから、弁当を作ってみる……。心情の変化が行動を伴うのであって、行動からステレオタイプが生み出されるのではない。

 彼女の瞳からは、『食べて』の一点張りを感じる。愛情の押し売りだ。

「……そうか、そういうことか……。味が物足りないんだね? そんな登川くんに、とっておきのおまじない!」

 いちいち、テンションが高い。語尾を強調しないと気が済まないタイプのようだ。

 彼女がカバンから取り出したものは、タバスコの容器だった。

(……新種だ……)

 マヨネーズ使いはマヨラーと言うが、タバスコ使いの呼び名を知らない。彼女の名前も知らない。
 隠し味にしては、タバスコは少々強烈すぎる。頭隠さず、尻隠さず。『おまじない』のふわふわした魔力でも、味覚は誤魔化せない。

 咄嗟に、龍太郎の手が弁当をひったくっていた。彼女が後始末して腹を壊されてはたまらない。

「……受け取ってくれるんだね。うれしーい」

 彼女の頬がすぼみ、下目遣いになった。いつもの機械音声は、機材不調で本人の肉声に差し替えられたようである。

(調子、狂うなぁ……)

 形式的な『彼女』の振る舞いをするなら、龍太郎も彼氏を演じればいいだけ。適当にあしらい、支障になりそうなタイミングで会話をぶち切る。配慮も、一切必要ない。

 龍太郎の完食を望む目の前の少女は、機械と生の声が混ざる。ふらっと態度に出る感情が、龍太郎を惑わすのだ。……それすらも欺瞞である可能性を抱えて。
 意志で受け取ったものを、改めて返却するのも決まりが悪い。彼女の浅知恵を高みで見物していたはずが、餌に釣られて格好の獲物になってしまっていた。

「……登川くんも、素直になったねー。これでも食べてくれなかったら、どうしようかと思っちゃった」
「脅した人が何を言ってるんだ……」

 彼女が、すくめた肩に顔をくっつけた。ただただ、『可愛い』という簡素しか出てこない。へんてこりんな告白が無ければ……。龍太郎は、まんまと船に乗っかっていたわけだ。結果は同じである。
 この少女は、表面に浮上しない魅力を蓄えている。冷やかしだと温度差マックスで始まった関係が、龍太郎から断り切れないものへと変形したのだから。
 固められた虚偽に、一握りの真実が紛れ込んでいる。作り物でない、スッピンの彼女が時折こちらに手を振ってくる。

(……脳内に、どんどん入ってくる……)

 心の芯が確固たる信念でそびえ立っていなかった。失意すら感じず入学した高校で、過ちに気付いた。心傷要素はあったが、それ以上に彼女の全てにぬめりながら侵入されていた。

「……箸の動き、止まってる。お腹、一杯になった?」
「……何とか、食べてみる……」

 どうして、彼女の無茶な要求を受け入れているのだろう。龍太郎にも、理解できていない。
 自身のものをしまい込み、彼女のお弁当に手をつけた。危険物の確認で中を探ってから、慎重に口へと運ぶ。
 少女の期待のまなざしが、一心に注がれていた。

(……ふりかけ……)

 白米があっても無くても、味が変わらない。素材本来の風味を粉々にする、評論家にとっての悪料理だ。
 龍太郎に、些細な評価は必要なかった。黙々と、咀嚼しては胃に流し込んでいく。

「……うん、ふりかけ」

 やはり、感想はこれだけだった。

 押しかけた少女は瞼を下ろし、ふぅー、と息を整えて、

「そこは、『おいしい』でしょ? りゅうたろう、くん?」

 内容物を噴き出しそうになった。彼女に命中してしまうところであった。

 『キミ』だの『登川くん』だの曖昧に表現していた彼女の、名前呼び。心が躍らないのは、今までの行いによるものである。

「……いきなり、名前呼び……?」
「この方が、親しみやすいと思って」

 なるほど……と納得したかった。説得力が、余りにも乏しい。

「それにしては、自分の名前すら名乗らないんだな……」

 彼女の肝心な呼び名が、紙で隠されている。何を狙っているのかはさておき、悪手なのは間違いない。

 名無し少女が、首を傾げる。

「……あれ、初対面で……。ああ、キミの苗字を間違えた時に、言いそびれてたかぁ……」

 軸を成す要素をうっかり忘れるとは、彼女の本気度がうかがえる。ラブコメでも、二日目になって名前が『???』の正ヒロインは見たことがない。
 龍太郎を苦しめる一種の原因にもなっていた、名前問題。顔だけが思い浮かぶのは、精神上の健康にも良くない。

「……前橋(まえばし) 美紀。あだ名は何でもいいよ、ミキミキでも、ミッキーでも……」
「……版権に触れないか、それ……」

 受け流しながら、龍太郎は記憶の底から疑問を引っ張り出していた。

 昨日、亜希の相談内容。『好き』が分からない、生きる世界の違う女友達のものだった。気落ちして足取りもおぼつかなかった亜希に、偽りのない本気の心配りを見たものだ。
 彼女が告げた、その少女の名前。

『美紀(みき)って言うんだけど……』

 擦れかけている内容と、人工愛情を売りつけてくる少女が関連づく。あらゆる物事が、映像を伴って龍太郎の脳内を駆け抜けた。

「……よし、美紀。友達で、あ……」

 亜希の名前を出しかけて、思いとどまった。

(……亜希の話だと、美紀は『好き』が分からなくて……)

 龍太郎の親友を持ち出してしまうと、美紀が動揺してもおかしくない。彼女の情報源は、おそらく亜希。何もかも計画をバラされたと捉えられれば、関係が焼き切れてしまうかもしれないのだ。

「美紀、ね……。本名で呼ばれるのも、悪くないかな……」
「ミキミキの方がしっくりくる、と?」
「うーん……。やっぱりミッキ……」
「だから著作権に引っかかるんだよ!」

 美紀が地獄耳でなくて助かった。

 もう少しだけ……。自然と結末が明かされるまで、カバンの中にしまっておくことにした龍太郎だった。
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