【高校生×OL】スターマインを咲かせて

紅茶風味

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1話-2

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 終業を告げる鐘が鳴った。パソコンを落とし、机の上を片付け、袖机にしまって鍵をかける。一連の動作を手早く済ませ、鞄を持って立ち上がった。いつもより素早い私の動きに周囲がわずかに顔を上げる。「お疲れ様です」と言えば、呆けた声で「お疲れ様です」と返ってきた。

 学童クラブは、会社のある駅から電車で三十分ほどかかる。定時は十七時半、お迎えは十八時から十九時まで。充分に間に合う。駅を乗り継いで向かい、到着したのは十八時を十分ほど過ぎたころだった。

 建物の横に掲げられている学童クラブの名前をまじまじと見つめ、二階建ての建物を見上げた。こういう場所に来るのは初めてだ。勝手が分からず、おそるおそるガラスの扉を押して開けた。

 そこには、すでにお迎えに来たであろう大人の人が立っていた。下駄箱前で学童の職員と思しき女性と話している。子供たちの賑やかな声が始終聞こえ、時折、右から左へと小さな姿が走って横断していく。

「こんにちは」

 どうしたものかと立ち尽くしていると、一人の女性が声をかけてきた。名札を首から下げているので、職員だろう。私を見る目が、少しだけ警戒しているように感じる。

「どうされましたか?」
「お迎えで来ました……あ、四倉|《しくら》悠希くんのお迎えで、えっと、お母さんから代理を頼まれていて」

 慌てるあまり、しどろもどろになってしまった。これでは不審だ。急いで鞄を開き、真希ちゃんから預かっていた手紙を取り出した。予め話は通してあるが、念のためと渡されていたものだ。差し出すと、女性が笑顔になって受け取る。

「お名前を伺ってもいいですか?」
「宮丘です。あっ、私、他人じゃなくて、お母さんとはいとこ同士で、苗字は違うんですけど、その」
「大丈夫ですよ」

 私の慌てっぷりがおかしかったのか、眉を歪めて笑われてしまった。恥ずかしい。もっとスマートに堂々とできないものか、と思いつつも、こんなこと初めてするのだから仕方がない。

「四倉さんからちゃんとお話は聞いています。悠希くん呼んでくるので、ちょっと待っていてくださいね」

 そう言うと、奥の部屋へと向かっていった。玄関から見えるだけでもいくつか開け放された扉が見え、更には二階へと続く階段もある。外から見た時にはそんな立派な建物には見えなかったけれど、案外大きな施設なのかもしれない。

「花ちゃんだ!」

 遠くから悠希くんの大きな声が聞こえ、私の方へと走ってくるのが見えた。その勢いのまま足元にぎゅっと抱きつかれる。

「お待たせ。帰ろうか」
「うん」
「あれ、鞄は……」

 薄手の上着は着ているものの、その手に鞄らしきものはない。小学校が終わってから直接来ているはずだから、ランドセルを持っていなければおかしい。

 顔を上げると、先ほどの女性が足早に近づいてきた。悠希くんの後を追ってきたのだろう。私が言うよりも早く、それに気づいて私と同じことを聞く。

「悠希くん、ランドセルは?」
「あおちゃんが持ってる」
「えっ、なんで」

 そう言うやいなや、奥の部屋へと走っていってしまった。探しに行ってくれたのだろうか。足元にしがみついていた温もりが、いつの間にか離れていた。つまらなそうに俯く顔に、屈んで目線を合わせる。

「お友達にランドセル預けてたの?」
「あおちゃんは友達じゃないよ」

 それは一体どういう意味だろう。思わず顔を歪めてしまった。この子に限って誰かを苛めるなんてことはしないと思うが、まだ幼いし、自覚が無いまま周囲に合わせてしまうことはあるかもしれない。

「あのさ、その子って」
「悠希」

 低い、男の人の声がした。呼ばれた本人が顔を上げ、「あおちゃん」と呼ぶ。驚いて身体を起こし、声の主を見る。そこにいたのは、ランドセルを手にし、首から名札を下げた青年だった。

「帰るんなら、ちゃんと持って帰らないとダメだろ」
「ごめんごめん」

 目の前でランドセルを渡す姿を、呆けて見た。なんだ、大人だったのか。あおちゃん、だなんて愛称で呼ぶから、てっきり同じ年くらいの子だと思っていた。しかも職員とくれば、友達じゃないと言うのは当然だ。

 悠希くんがランドセルを背負って靴箱に駆け寄った。運動靴に履き替えている間、見送りの為かその場に残っている青年をちらちらと横目で見る。なんというか、とても綺麗な顔をしている。若く見えるけれど、この手の顔の人は年相応の老け方をしないから、実年齢は不詳だ。

 その目が、すっと私に向いた。まるでこちらの視線に気づいていたかのように自然と向き、次の瞬間、鋭く睨まれた。

「子供に変な遊び教えてんじゃねぇよ」
「は……?」

 思わず間抜けな声が出た。訳が分からず、ただ口を開けたまま固まった私から視線を逸らすと、青年は悠希くんに声のトーンを上げて言う。

「じゃあ、また明日」
「うん。じゃあね」

 そのまま私を見ることなく、背中を向けて奥へと歩いて行ってしまった。数秒呆け、心臓がどくどくと鳴り出した。驚きの余り、止まっていたんじゃないかと思う。次第に気分がどんよりと落ち込んでいく。なんだ、あの人、なんなんだ。

「悠希くん帰ろう」

 明るく言ったつもりが思いのほか感情が出てしまっていて、その暗い声音に悠希くんが不思議そうな顔をした。

 すでに暗くなった夜道を、並んで歩いて家を目指す。四倉家は学童から徒歩で十分ほどの場所にある。

「さっきのあおちゃんって人と、どんなことして遊んでたの?」

 極力、なんでもない風を装って聞くと、「え?」と不思議そうな声が返ってきた。

「遊んでないよ。今日は、友達とずっと鬼ごっこしてたもん」
「でも、帰り際一緒にいたよね」
「お迎えきたよって呼ばれたから、ランドセル持ってて、って渡して走って逃げたの」
「え。なんでそんなこと……」

 言いながら、まさか、と母親の姿を思い浮かべる。前に一度、似たようなことをされたことがある。

 四倉家の夕飯に呼ばれた日のことだ。二人で買い出しに出かけ、揃って大荷物を抱えながら帰路を歩き、あと少しというところで「ちょっと持ってて」と言って渡された瞬間に走って行ってしまったのだ。よくある彼女の悪ふざけなのだが、やられる方としてはただの迷惑行為でしかない。

「お母さんがいつもお父さんにやってるよ」
「やっぱりか……」

 子供は親の行動をよく見ている。彼女もまさか、自分の知らないところで息子が真似しているとは思ってもいないだろう。

「もうやっちゃ駄目だよ」
「なんで?」
「あんまり楽しくないでしょ」
「楽しかったよ」
「やられたら、楽しくないでしょ」

 私の言葉に黙り、少し考えたのか、「楽しくないね」と爽快に言った。分かってくれたような気がする。

「たぶん悠希くんのお母さん気づいてないから、教えてあげなきゃね」
「うん。言っとく!」

 家に着いた頃には、時刻は十九時前になっていた。子供の歩幅であれば、十分の距離も倍近くになる。渡されていた鍵で中に入り、電気を付けた。リビングには旦那さんからのメモが置かれていて、指示通りに冷蔵庫を開ければ夕飯が二人分、用意されていた。

 手を洗ってうがいをし、二人で夕飯を食べる。他愛もない話をしながら過ごしていれば、あっという間に一時間が経ち、旦那さんが帰宅した。何度もお礼を言われながら悠希くんに手を振り、家の玄関を出る。

 外の空気は冷たくなっていた。毎年秋は短く、あっという間に冬がくる。これから一か月間、この生活が続くのだな、とぼんやりと思った。ここから自分の家はさして遠くはないし、夕飯も用意してくれているし、何の苦もない。

 けれど、とあの青年の顔が頭に浮かんだ。べつに毎日会うわけではない。たとえ会ったとしても、お迎えの一瞬だけだ。そう思いながらも、少し憂鬱に感じている自分に気付いて、はぁ、と重い息を吐いた。

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