【高校生×OL】スターマインを咲かせて

紅茶風味

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1話-3

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***

「あ」
「あー……」

 翌日、昨日の失態を念頭に置きながら、今度は堂々と学童の扉を開いた。誰か近くにいる職員の人を捕まえて、悠希くんのお迎えです、と胸を張って言えばいい。そう意気込みながら周囲を見回し、目が合ったのはなんと件の青年だった。

「あ、あの……えっと、悠希くん、を」

 先ほどまでの威勢はどこへいったのか、結局この様である。また会うことになると思ってはいたが、昨日の今日で顔を合わせるとは油断していた。もしかして、お迎えの担当かなにかなのだろうか。

 青年は私の前に立ち、じっとこちらを見下ろしている。元々の身長差もあるけれど、玄関の一段の差のせいで更に高さが生じ、威圧感を覚える。

 嫌だな、早く連れてきてくれないかな。そう思っていると、突然、青年の頭が下げられた。私に後頭部を見せるかのような勢いで腰を折り曲げ、ぴたりと止まる。

「ごめんなさい」

 驚いて言葉が出てこない。狼狽える私を窺うように、頭を上げてちらりと上目で見る。

「昨日、俺、勘違いして酷いこと言った」
「……ランドセルのことですか?」
「うん。……あ、はい」

 言い直し、身体を完全に起こすと再び私を真っすぐに見る。鋭さがあるわけでもないのに、逸らしてはいけないと思わせるような意志の強さがそこにはあった。

「俺まだここきて日が浅くて、親御さんの顔とか全然覚えてなくて……。それで、あなたが母親だと思って」

 きっと、悠希くんに聞いたのだろう。昨日、迎えに来たのは親戚の人だよ、と。

 学童クラブの職員といえど、迎えに来る親の顔をいちいち覚えているわけではあるまい。昨日対応してくれた女性は私を初見だとすぐに気づいた様子だったけれど、きっとそれは、長年勤めている故だ。

「気にしないでください、お迎えきたら、普通は母親だって思いますから」

 小学生の子供がいるように見えるのか、と少し気にしつつ、申し訳なさそうに眉を歪めたまま見つめてくる青年に両手を振った。

「でも、あの遊びは良くないと思う」
「あ、はい、そうですね……。きつく、言っておきます……」

 悠希くんは、まだ帰り支度が終わっていないようだった。待っている間に書類の記入をお願いしたいと、青年は部屋の中に入るよう促した。靴を脱ぎ、スリッパを借りて後をついてく。

 案内された場所は職員用の事務室のような場所だった。忙しい時間帯なのか、他の職員の姿は無く、当然、子供の姿もない。賑やかな館内の中で、ここだけが切り取った空間かのように静かだ。

「そこ、どうぞ」

 青年は来客用と思われるソファを指さし、言った。腰を下ろして待っていると、部屋の隅の棚から書類を取り出し、戻ってきた。目の前のローテーブルに置き、向かい側に座る。

「これ、お迎えの人用の名簿。ここに名前と、緊急時の連絡先を書いてください」

 そう言って、何枚もの束になっている書類を私に向け、一番下の空欄を指さした。児童の欄にはすでに『四倉悠希』と記載されている。ボールペンを受け取り、上の段に書かれている他の保護者を真似て書いた。

 書き終わって返すと、今度はそれを見て青年が小さなカードに書き写している。私の名前を書いているようだ。

「何してるんですか? それ」
「お迎え用の保護者カード。一か月間だけだけど、これあった方が話が早いんで」

 顔を上げず、ペンを走らせながら言う。そういえば、真希ちゃんがそんなようなものがあると言っていた気がする。予め職員によって作成された保護者カードを提示することによって、不審者ではないかという疑いが生まれずに引き渡しが出来るというわけだ。

 保護者でもないのに、作ってもらっていいのかな。まぁ、昨日のような勘違いが起きない為にもあった方がいいだろう。この青年も、そう思って作ることにしたのかもしれない。

 ふと、首から下げられている名札に目がいった。ちょうど裏返っていて見えない。『あおちゃん』という愛称が頭の中に思い浮かぶ。

「はい、これ、次回から見せてください」
「ありがとうございます。あの、あおちゃんは」

 渡されたカードを受け取りながら言った。お名前なんていうんですか、と聞くつもりだった。けれど、私の言葉にぎょっとした顔で固まってしまった青年を前に、続きが途切れた。

「あ、ごめんなさい。悠希くんがそう呼んでたから」
「……それ、は……あの、子供たち用っていうか……。仲良くなれるように、そういうのあったほうがいいっていうから……その」

 言い訳のように言葉を連ねながら、顔がだんだんと赤くなっていく。大人に呼ばれることを想定していなかったのかもしれない。

 居心地悪そうに視線を泳がせる姿をじっと見つめた。こうして見ると、普段よりも一層に若く見える。最近入ったばかりと言っていたし、アルバイトの大学生かもしれない。

「お名前を聞こうと思ったんです」

 私がそう言うと、少しの間をおいて、あぁ、はい、と首にぶら下げている名札をこちらに向けた。『篠原葵』と書かれている名前を見て、合点がいく。なるほど、『あおい』で、『あおちゃん』だ。

「篠原さんは」
「さん付け気持ち悪いんで、やめてください」
「えーっと、篠原くんは、学生さんなんですか?」
「はぁ、まぁ」

 やっぱりそうか。今もそうだけれど、たまに言葉遣いが少し乱暴というか、社会に慣れていない感じがある。

 部屋の外から名前を呼ばれた。振り返ると、離れた場所で悠希くんが手を振っていた。傍で職員の女性が荷物を確認している。カードを鞄にしまって立ち上がり、篠原くんにお礼を言った。答えるように丁寧に頭を下げる姿を見て、根は良い人なのだろうと思った。

「今日は何して遊んだの?」

 帰り道、暗い空の下を二人で並んで歩く。十一月の夜は涼しく、冬の気配を感じさせる。

「遊んでないよ、宿題した」
「お勉強してたの? すごい、偉いね」

 ふふ、と照れ臭そうに、けれど自慢げに笑みを見せる悠希くんが可愛らしくて、私までつられて笑ってしまった。

「花ちゃんは、あおちゃんと何してたの?」
「えっと、お迎えの時に見せるカードを作ってもらったんだよ」
「ふうん」

 きっとあまり分かっていないのだろう。興味が無さそうに返事をすると、空を見上げて「最近寒いなぁ」と言った。それが母親の姿そっくりで、遠い地で仕事に励んでいるいとこの姿を思い浮かべた。

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