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2話-1
しおりを挟む昼休みの教室は騒がしく、女子生徒の甲高い声や男子生徒の騒がしい声が絶えず聞こえてくる。
「ねぇ、見てこれ。キャラ弁つくったの」
「なんだこれ……。ネコか……?」
目の前で弁当箱を広げ、会話をする二人を見た。小木と福本はこのクラスの生徒ではない。特に仲が良かったわけではないのだが、ある日、半ば強引に同じ机で昼ご飯を食べることになり、それ以来こうして昼休みになると時間を共に過ごすのが当たり前になっている。
小木が作ったという弁当を見た。中心に大きくキャラクターが模られていて、周囲にはブロッコリーとプチトマトが敷き詰められている。福本の言うとおり、猫に見えなくはない。それらしい耳もある。だが、顔が完全に人間のおっさんだ。
「かわいいでしょ」
「気持ちわりぃ」
「ひどくない? 彼女が作った弁当に対してひどくない?」
のんびりとした口調で小木が言う。箸を持つと、おもむろに猫のようなおっさんを突いた。
「ここを捲ると内臓が見えます」
「気持っちわりぃ」
いつも通りの二人の会話を聞きながら、コンビニの袋に手を入れた。朝、登校時に買っておいたものだ。菓子パンとジュースを取り出すも、なんとなく食欲が沸かなくて手を止める。
「篠原どうしたの」
小木が不思議そうに言った。
「なにが」
「元気ないじゃん」
「そんなことないけど」
「溜息ついてたよ」
気づかなかった。この休みの間、家でずっと言われていたから学校では気を付けようと思っていたのに、やはり油断すると出てしまうようだ。
なんでもない、と誤魔化し、紙パックのジュースを手に取る。ストローを挿して一口吸い、その苦みに驚いてすぐ口を離した。なんだこれ、野菜ジュースだ。間違えた。
「ほら、また溜息ついた」
「買うの間違えたんだよ。苦くて飲めない」
「子供か」
代わりに飲んでもらおうかと思うも、男に差し出すのは気が進まず、かといってその彼女に渡すのはもっと駄目だろうと、仕方なく口にする。こんなことなら、リンゴジュースが無かった時点で諦めればよかった。登校前、焦って適当に掴んだせいで間違えたのだ。
「お前、疲れてんじゃねえの?」
福本が白米を頬張りながら言う。大きな弁当箱いっぱいだったそれは、いつの間にか半分ほどが無くなっていた。
「バイト、毎日行ってんだろ」
「あー、保育園のやつだ」
小木が思い出したように声を上げる。保育園ではなく、学童だ。そう突っ込めば、ふうんと興味無さそうな返事が返される。
「週五で行ってんのか」
「基本はそうだけど、たまに土曜も行く」
俺の言葉に、二人は驚いたように感嘆の声を漏らした。高三の秋、大学受験を間近に控えたこの時期にアルバイトをしている生徒など他にはいない。学校自体がバイトを禁止していないから特に何も言われていないが、異質な視線はそこかしこから向けられている。
「そんな頑張んなくたって、大卒で受験資格もらえるんでしょ?」
二人は、俺が保育士を目指していることを知っている。昨年から決めていたことだ。担任の先生とも相談し、最短で保育士になれる道を考えて今に至る。
「経験積みたいんだよ。大学行ったら忙しくなるし、今が一番暇だろ」
「受験生が暇とかいうパワーワードよ」
「つーか、別に疲れてないし」
ほぼ毎日といっても、お迎えの時間帯だけだから大して長くもない。距離もさほど遠くはないし、一度家に帰る余裕だってある。取られる時間を考えれば、難関校を受験しようとしている同級生のほうがよっぽど大変だろう。
溜息の原因はそこではない。
「じゃあ、あれだね。恋の病だね」
そう言って小木が笑った。ふざけて言ったことだとはすぐに分かった。それなのに、急激に心が焦り、かあっと顔に熱が籠っていく。なんちゃって、と続ける小木に反応ができず、誤魔化すように俯いた。
「え」
「え……」
二人の呆気にとられたような声を聞き、たまらずに立ち上がった。顔を背けたままその場を後にすれば、「えーっ」と小木の大声が聞こえてくる。
教室を出て廊下を速足で進んでいく。なんだこれ、やばい、なんだこれ。顔が熱い、心臓の音がうるさい。頭の中に、あの人の顔が浮かんだまま消えてくれない。
勢いのまま昇降口を出て、校舎の裏側に周った。そこは人がほとんどおらず、一人になりたい時にちょうどいいのだと、卒業生である兄が教えてくれた場所だった。裏庭と呼ぶには狭い空間は、たしかに静かで邪魔がない。
校舎寄りの石畳にそっと腰を下ろした。途端に盛大な溜息が出る。顔の火照りは収まらないが、徐々に心臓の音が静かになっていく。風が吹き、少し冷たい感触が頬に当たって心地よい。
もう一度息を吐き、目の前の地面をじっと見つめる。金曜日の夜、家に帰ってからずっとこの調子だ。溜息が止まらなく、食欲も沸かず、半ば放心状態だった。頭の中にはずっと彼女の顔があって、そこに意識を向ければより一層に喉元が苦しくなった。
べつに初心うぶな子供というわけではないし、まぁ、そういうことなんだろうなとは内心では思っていた。けれど、ああして直球で「恋」などという言葉を向けられてしまうと、恥ずかしさが生まれて咄嗟に逃げてきてしまったのだ。
目を瞑れば、思い出されるのは四倉悠希の家に行った、あの時のことだ。悠希にせがまれて見せた花火を、まさか彼女にも見られているとは思わなかった。
焦る俺を余所に、彼女は目を大きくして輝かせた。すごい、と声を上げ、まるで子供のようにはしゃぐ姿は、普段の自信の無さそうな様子からかけ離れていて、思わず目を奪われた。あぁ、こんな風に感情を表に出す人だったのか。そう思った瞬間から、心の中に新しい思いが生まれ始めていた。
ぼんやりとその時のことを考えていると、遠くで予鈴が鳴った。昼休みが終わる。昼食をまだ食べていなかった。こんなことなら持ってくればよかった。あの状況で手にする余裕などなかったけれど。
戻ってさっさと食べてしまおう。立ち上がり、ズボンを払いながら速足で教室に戻る。自分の席にいくとそこに二人の姿はもう無くて、菓子パンと野菜ジュースが置き去りにされていた。ふと、そこに挟まれているメモに気付く。
『明日のお弁当はお赤飯にするね』
このふざけた言葉は明かに小木だろう。赤飯って、普通はめでたい時に炊くものじゃないのか。思わず握りつぶしてコンビニの袋に放り投げた。
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